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8252日記~おひとりハハ82歳と52歳の私のこと~ #2めくるめく兄への疑惑

父の葬儀を終えて、私が東京に戻り、その2日後に4つ年上の兄一家が自宅へ帰った夜、母から私に電話があった。兄は妻と一人っ子の3人家族で、母の住む家から車で1時間ほどのところに住んでいる。

ひどくか弱い声で、「私はあの子の育て方を間違えたんだろうか・・・」とつぶやく。「は?あの子??」母の言葉を待つ。

「お悔みでもらったお金がない。お兄ちゃんが盗っていったんとちゃうかな・・」

は?それはないでしょ。絶対、どっかに仕舞ってあるはず、と思ったけど、何が正解かはまだわからないこともあり、「兄ちゃんに電話して、どこに置いたか聞いてみたら?」と軽く言ってみた。

そうすると、母は、兄が持って行ったという根拠を言い並べた。聞いているうちに、母にそう思わせるようなことがあったんだな、ということが分かってきた。例えば、義姉の入院中、母が家事の手伝いにしばらく兄の家に滞在したときに、生活費を出してくれなかったらしい。

「あんたにもらったお金もないわ・・・」と言う。私は葬儀にお金を出さなかったから、帰り際に、何かの足しにして、とおいてきたお金のことだった。

それからさらに母は、父の遺産の心配をし始めた。父は相続について、常日頃言っていたことがある。不動産は兄と私に、財産は母に。母は兄に、父が言っていた通りでいいか?と聞いたところ、どうも兄ははっきり返事をしなかったらしい。兄はものごとをはっきり言えない質なのだ。ひとこと、それでかわまわない、と言えば母も安心するものを・・・。ちなみに私は、幼いころからそう聞いて育っていたので、何の不満がおこるわけもなく、それでかまへんよ。と答えていた。内心は、放棄したいのだが。

兄がはっきり言わないので、母は、家から出て行ってくれないか、と言われるんじゃないか、と心配しはじめた。そして財産も兄が持って行ってしまうのでは、と言い出した。

母の頭のなかに、老後2000万円問題もあったのだろう。兄に財産をもっていかれると、住むところを失い、破産するんじゃないか、生活できないんじゃないか、と不安になってしまったのだ。

は?お兄ちゃんが、家も財産もとりあげる、って心配しとるの?と聞いたら、心もとなく、うん。という。

母の思い込みにすぎず、兄がそんなことは考えていないにしても、「母親にそんなこと思わせるのって、長男としてどうなん?」と、思う。そこで母には、もし、兄がそういう行動を起こしたら、きちんと弁護士に入ってもらって、法的に処理してもらおう。と提案した。私の相続する財産は、お母さんに渡るようにするし、お母さんが今のまま家に住むことだってできるようにするから。ちゃんと財産は手元にのこるから生活の心配はないよ。と説明した。

それでも母は、兄への疑惑がつぎつぎに湧いてくる。それについて一つ一つ、対応策を検討してあげた。
でもね、お兄ちゃんはそんなこと考えてないよ。と、いちいち付け加えたけど。何度も何度も、同じ心配を繰り返す母に、同じ説明を返した。1時間半後、ようやく電話から解放されたのだった。電話を切るころには、声が明るくなっていて、ホッとした。最後には、お金は、兄が持っていったなら、それはそれでいいじゃないか、詐欺に遭うよりもずっとマシ。生前分与したと思えばいいじゃん。と言ったら、それもそうやな、と割り切ったみたいだった。家に住み続けることができるし、兄が家や財産を全て取り上げることはできない、と言ってもらえて安心したのだった。

最後の最後に、お金を入れて置きそうなところを伝えておいたところ、電話を切ってすぐ母からラインがあった。
「お金、あったわ。お兄ちゃんはやっぱりそんな人やなかった」。

・・・、私の1時間半はなんやったの?と言いたかったけど、「よかったね。お兄ちゃんはそんな人じゃないよ」とだけ返しておいた。

しかし、だ。やっぱり、老いた母をここまで心配させているのは、兄の言動に起因がある。兄には、母を心配させないように言葉を尽くすように仕向けること、母にはお金の管理をしっかりすることを自分の宿題にした。

翌日、再び、母から電話があった。

「やっぱり、お兄ちゃんは家も財産もほしいんやろか」と言い出した。そして、昨日と同じ心配と疑惑を口にし始める。

昨日のやりとりを忘れてしまったのだろうか?ボケた?と思ったが、どうやら、一日ひとりで過ごしている間に、兄に対しての疑念がむくむくと湧き出て大きくなったらしい。ここで、昨日話したでしょ、そんなことないから。と突き放してはだめなんだろう。母の心に、そんなことはないんだ、としみこませなくてはならない。この会話は、これから数日繰り返されるだろう、と、理解した。

ひとりで過ごすことは、ヒマなのだ。「ヒマ」というのは、余計なことを考えさせる。兄に対しての疑念が生れては、「ヒマ」がそれを大きく育てていく。そして、どうしようもなくなって、私に電話してくる。

兄に電話して、聞けばいいものを、と思うが、母と兄は似ているがゆえ、衝突する。お互いに言葉が圧倒的に足りないのだ。そして、物言いが単刀直入。だから、母は兄に電話をして聞くにしても、言葉選びに失敗する。その習性を母も私も知っている。だから、母は兄に聞けない。それに、もし兄から、家から出て行ってくれ、財産は3分の一わけてくれ、と言われたら・・・と怖がっているのだ。

昨日と同じ疑惑を訴える母。昨日と同じ解説をする私。同じ会話が1週間続いたあと、ようやく、めくるめいた兄への疑惑が解消されたのだった。


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