見出し画像

ひとやすみしてみる

これは僕が324連休をいただくまでの物語だ。

2019年4月、そこそこ名の知れた企業のグループ会社に新卒カードを駆使して精一杯の背伸びをして入社した。

22年間生きてきた平成が終わるっていうのに目標や夢はなく、唯一内定が出た一社に入社したというだけの進路だったが、大学の部活仲間の中では一番就活がうまくいっ(たと思ってい)たし、名の知れた企業の看板を背負っているという事実が、名刺の青い企業ロゴの文字だけが、僕の自尊心をなんとか保ってくれていた。

入社時の同期は自分を含めて9人。
今後の人生の長きにわたるライバルであり、大切な仲間である存在だ。


歯が浮いて飛んで行ってしまった。
5人が東京配属、1人が名古屋、僕は2人の同期とともに大阪に配属された。

1人は関西圏だが実家は遠い女の子。社宅も近所だし一人暮らし同士助け合えたらいいなとか思っていたが、あんまりそういうことはなく、いつの間にか寿退社してた。

もう1人は実家が大阪の生粋の関西人。男。実家住み。
こいつは嫌いなので書くことがない。ありすぎてない。
大阪の楽しかったこと思い返してもこいつがちらついてなんか嫌な感じになるので、本当にやめてほしい。

名古屋の子は関西の大学だったので僕と勤務地が逆だったらお互い大変健康に今でも勤続していたんじゃないかと思う。1年目から病んでた。異動が多く3,4回は部署が変わっていた。可哀想。

3年間しかまともに働いてないので、仕事の進め方、仕組み・面白みを理解する前に辞めてしまった。

就活の時点で営業職が向いてないのは分かってたけど私文体育会系・軸なし就活生なので内定もらえただけ凄いことだった。何にもない僕を採用してくれてありがとう。


1年目

最初の上司はバナナマン設楽みたいな人だった。
部署の売上の多くを担っていて、2つのチームの主要顧客をいくつ抱える営業マン。課長試験を受けていた。
今思えばかなり手厚く面倒を見てもらっていて、営業の第一歩目の自己紹介のやり方、電話の取り方、月間のアポの埋め方もアドバイスをもらっていた。用が無くても「近くまで来たんですけど~」で訪問できる関係を作るように教わった。

「営業は足で稼ぐ、客と仲良くなって情報を取る」そんな営業スタイルの設楽さんから引き継いだ担当店は新しい担当の僕が仲良くなるのが下手だったせいで前ほど情報を教えてくれなくなった。
半年後、担当店のいくつかを僕に引き継ぎ、課長になった設楽さんは家族の待つ東京に転勤していった。

1人で営業に回るよう放りだされた僕は常に社内にいるだけの人になった。
新製品提案はどうするべきなのか、ただ行くだけの営業はなんて言って訪ねたらいいのか、数学がわからない時のように目の前のことでいっぱいになって、何がわからないかわからなかった。
もちろん先輩上司はたくさんいて、サポートしてくれるのは分かっているが持ち前の内気な性格がそれをさせない。それすらもどう相談していいかわからなかった。

客から問合せがあれば対応するし、なんせスケジュールが真っ白なので喜んで訪問予定を入れる。が、新たな提案や期限の決まってない仕事に関しては自ら進んで動くことはできなかった。
格好だけの目標に設定した訪問件数もただの数字でしかなく、ほとんど毎月未達で報告していた。

何もしていないうちに感染症が流行し、テレワークが始まった。
家で仕事なんてことになったら何もしないのにも拍車がかかる。
朝は出社時間のギリギリに起きてベッドの中から「おはようございます。在宅勤務を開始致します。―8:58」とチャットに流しておしまい。午前中は電話を受けた場合のみ対応、午後は15時くらいからメールを見たりしていた。毎日。すごいな。


2年目

そんな仕事量で過ごしてたら2年目になり担当が増えたので外回りに出なくても時間が吸われていった。
相変わらずとことん仕事はしていなくて、ギリギリになって焦って。

担当店の売上の大多数を占める顧客の仕様変更があるとかで、全部の品番抽出して、利率や面積求めるためにエクセルポチポチ作ったりしたのは楽しかった。仕様変更にかこつけて原料値上げ・利率UPを落とし込んだ見積書通った時はなんか申し訳ない気持ちになった。
仕様変更も全品番一斉にするわけではないから客に情報聞きに行くんだけどなかなかはっきり教えてくれない。
何度も通ってしつこいくらい確認して切替え時期を探った。
開発、設計、製造、色んな部署の人に会った。
そういえば開発の試験見せてくれるって言ってたけど見ないまま辞めちゃったな。

別の顧客から包装資材のクレームがあったりした。
昨年も起こって改善されていないらしい。(翌年も起こって大変なことになる)
正直しらねーよと思って昨年の報告書(夏場、湿度の問題で発生することがあります。)を持って対応していたら怒られが発生した。
さすがに一人では対処に困ったので所長と共に出向いたが、ものすごい剣幕で怒られが発生した。
資材屋に原因を聞いても報告書の通りのことしか言わないし、最終的には古い機械で作ったからだ、もう使わない。として報告し、それ以降は不具合はなかったようだ。(翌年も起こって大変なことになる)

そんな感じで以外とやることやりながらも大サボりの在宅勤務を続けていたら
僕に連絡しても連絡取れない、客からの依頼にも対応しない、頼んだことをやってくれないとして、営業事務さんたちの間で
「マジで仕事してないんじゃないの、ウチらの仕事やらせて分からせよ」運動があったとか無かったとか。

実際緊急事態宣言が明けて2週間ほど、事務さんと同じ発注業務をすることになった。あれは在宅でサボっていたらとても終わる量じゃなかったので異動にならなくて本当に良かった。


3年目

気が付いたら1年後輩で入ってきた関関同立卒の野球部はハキハキしていて仕事も良くできる、立派な営業マンになっていた。
3年目になり、更に担当店を引き継いで仕事がよくわからないまま毎日が過ぎていくばかり。

社会情勢の影響で値上げを余儀なくされた製品を抱えながらも対象製品がわからない、顧客管理をしきれていないからどこの顧客に納入しているかわからない。
所長全面協力の下、何とかすべての値上げ交渉を終え、情けなさで疲弊しているころ、包装資材のクレームが発生した。正確には、していた。

気が付いたらまたもやものすごい剣幕で怒られていた。
今すぐ来いの電話だった。
一ヶ月前に不具合あるから代替品くれ、と依頼があったから資材屋に納入してもらうように頼んでいたのに、その代替品でも不具合が発生。
本当にラインが止まると脅されて、一先ず不具合のものをこちらで使えるように処理して使ってもらうように不具合品を持ち帰って加工した。
毎日毎日、細いポリチューブにブロワーで空気を通してカットして束ねる。3週間くらいやった。

購入先の資材屋を変更してから不具合は起きないようになったみたいで、もっと早い段階で変えとくべきだった。なんで3年連続で不具合でるんだ。報告書で原因示されてもう発生しません。って言われたら信じちゃうよね~。
次の資材屋が決まったころ不具合起こした資材屋から、無理くり作った代替品の請求どうするんですかとか、おたくのボリュームの仕事なくなったらうちどうしたらいいんですかとかたくさん電話が掛かってきていたけど、持ち前の先延ばしで無視していた。

いろいろ片付いて落ち着いてきたころ、所長から面談呼び出しされて、
「最近仕事どう…?大丈夫…?その、メンタルとか…」なんて心配されて
そんな顔やばいですかー!?って笑い話してたら




なんか一週間後、会社行けなくなっちゃった(笑)

金曜日に休み初めて、土日経過しても行けなかった所長に行くように言われた健康診断だけは行った。心斎橋大丸の駐輪場で所長に電話して、ゆっくり休むよう言われた。

病み休み

そこからはなんにもせずに過ごした。
家のすぐ下のコンビニに行くのも面倒だし、頑張って行ってもごはんは何の味もしない。味のするもの食べるのしんどいから塩むすびと水が大好きだった。
たまに鳴る社用携帯は資材屋だったりほかの既存客だったりしたけど、ごめ~ん(泣)と思いながら無視した。思い返すときち~。心にくる。

最寄り駅よりも近いメンクリは待合室でかかってるクラシックがうるさいし、会社休む証明のために診断書が欲しいのにウチでは出せないと言われ、行かなくなった。
気分の楽な時に友達に聞いた梅田のクリニック予約してずっとそこ受診してたけど、2週に一回いつもより少し早く起きるようがんばって梅田に出て、受診が終わってヨドバシをフラフラして人混みに疲れて家に帰って寝てた。赤ちゃんじゃん。

衝動的に動くことが多くなり、処方された抗うつ薬を飲んだら突然「明日温泉行こう」と思い立って、夜中に城崎温泉の近くのホテルをとった。
翌朝案の定動くのも嫌で、泣きながらバイクに跨って向かった。
行ってみると当然楽しいので、まず一歩目を出せないのが本当にしんどい。

それ以外の日はゲームばっかりして過ごした。面談の産業医にも寝てばかりじゃなく身体を起こしていなさいって言われてたし。
K/D 0.6くらいのFPS初心者だったのにAPEXダイアまで行った。
半年休んでダイアかよ、自分の限界感じてさらに悲しい。ゲーム下手だな。


春がきて

冬が終わり、4年目になるはずだった春が来た頃、ある求人を見かけて応募、転職することになる。

思い返してみたら、今の自分がいかに何もできないか実感してとても焦る。
どう考えても1年目の僕よりも対人能力・集中力が欠けまくっている。電話に臆せず出られるようになったくらいだ。

今だってそう。何したらいいかわからないのに聞かずにひたすらネットサーフィンとTwitterの末に継続する気配のしないnoteなんて書き始めている。居眠りしているよりはマシだろうと言い聞かせながら。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?