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プレー解剖 バレットのオプションを削り取ったパナソニック。サントリーの打つ手は?:パナソニックワイルドナイツ対サントリーサンゴリアス(5月23日)<4>

 日本選手権決勝、パナソニックワイルドナイツ対サントリーサンゴリアス戦のレビューの最終回は、「プレー解剖」2回目としてパナソニックのディフェンスとサントリーのアタックについて。


ライリーを上手く使ってオプションを増やしたパナソニックのアタック

 その前にまずパナソニックのアタックを簡単に振り返ってみよう。

 以前も書いたように、パナソニックのアタックの特徴は常に複数の選択肢を保持することと、13番ディラン・ライリーをディフェンスラインの外側に突っ込ませていくオプションをしばしば使うことにある。

 サントリーとの決勝戦は先発のスタンドオフが松田力也だったので、上記の記事を書いたときの山沢拓也とは違うが、この日もやはりそうだった。

(1枚目)
 まず、やや近めの位置にスタンドオフが立つ。

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(2枚目)
 スクラムハーフは、横に並ぶ9シェイプのフォワードにパスをするか、スタンドオフにパスをする。スタンドオフは、キック、右に並ぶ10シェイプへのパス、12番へのパスの3つの選択肢を持ち、ディフェンスを見ながらオプションを選択すると言うのが基本的な攻撃のかたちだ。

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(3枚目)
 スクラムハーフが9シェイプのフォワードにパスした場合も、パスを受けたフォワードは、そのままクラッシュしてラックを作るだけでなく、その外に走りこんでくる13番ディラン・ライリーへのパスという2つのオプションがある。

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(4枚目)
 この試合の場合は、前回も見たように、パークスのキックが鍵だった。だから、10番松田がパスを受けた場合は、ハイパントを蹴るか、あるいは12番パークスにパスをする形が多かった。パークスは、詰めてくるディフェンスの裏に蹴るオプションと、隣を走るライリーにパスする2つの選択肢がある。

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 つまり、9シェイプのフォワードにパスをしようと、10番松田から12番パークスにパスされようと、ライリーが突っ込んでくるオプションがあると言うことだ。このライリーのランオプションの存在が、サントリーのディフェンスを難しいものとしていた。

 と言うのも、前回書いたとおり、パークスのキックが効果的だった理由は、パークスにボールが渡るとディフェンスがラインスピードを上げて突っ込んでくるからだ。

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 この時、サントリーがラインスピードを上げずにキックに備えた場合は、ライリーにフリーの形でボールが渡り、強いタックルをできずにゲインされる可能性が高い。

 それを防ぐためには強いタックルに入るためにラインスピードを上げなければならないが、そうなると裏にキックされる、と言う形で、サントリーディフェンスは難しい二者択一を迫られた。

 その中でパークスは、サントリーの裏をかくオプションを選択することができた。キックが有効だったことは前回触れたが、ライリーのランも6分や18分に使っていて、18分はトライ寸前まで行っている。

バレットの外側のスペースを潰す:パナソニックのディフェンス

 次にパナソニックのディフェンスを見てみよう。この試合の最初の衝撃は、開始早々の5分にライリーがインターセプトからトライしたことだが、これはこの試合のパナソニックのディフェンスコンセプトの成果だ。

 まずインターセプトのプレーの前、2分のサントリーのアタックとパナソニックのディフェンスを見てみよう。

(1枚目)
 プレーの起点はサントリーボールのスクラム。球出しのタイミングで12番の中村亮土がスクラムサイドに走りこんできた。合わせて右ウイングの中靏隆彰が左サイドに移動、スタンドオフバレットのすぐ内側に付いた。

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 この、まっすぐ走りこむ中村のデコイランと中靏の移動は、パナソニックのディフェンスの意識を内側に向けさせ、外側にスライドできないようにするためのものだ。

 その上でスクラムハーフ流はバレットにパスする。バレットは内側の中靏に返すオプションもあるが、素直に外側の13番中野将伍にパスをする。この時のサントリーのムーブは、単にバレットから中野にパスをするのではなく、パスを出したばかりのバレットがループして外側に動き、中野からリターンパスを受け取るというものだった。

 つまり、中村と中靏の動きでパナソニックのディフェンスを内側にピン留めし、空いた外側のスペースを攻めようとするものだ。


(2枚目)
 これに対してパナソニックは次のような形でディフェンスした。まず、走りこんできた中村は無視してしまう。その外側の12番パークスはバレットをノミネートしつつ、闇雲に詰めない。

 一方、パークスの外側のライリーはトップスピードで走りこんできてバレットの外側のスペースを埋め、中野に迫った。

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(3枚目)
 その結果、ライリーはトップスピードで中野にビッグタックルを決める。ただ中野はまともにタックルを受けつつも、ループして後ろに回ったバレットにパスを通す。
 この段階でサントリーの方が外側で数的優位(オーバーラップ)を作れているので、バレットはそのまま縦に突破し、決定的なチャンスを迎える。

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 結果的にはインゴールの直前でノックオンがあってサントリーは得点できなかったのだが、有効な攻撃だった。

 ただ、パナソニックディフェンスのコンセプトがこのプレーで明らかになっている。それは、バレットそのものにはそれほど強いプレッシャーをかけないものの、外側のスペースを埋めていくというものだ。

 なおこの時、パナソニックの野口は、バレットがキックした場合に対応できるポジショニングを取っている。

 同じアタック・ディフェンスのパターンが見られたのがまさに5分のケースだった。

(1枚目)
 まずパナソニックボールのラインアウトをパナソニックがキャッチできず、サントリーボールのラックになる。このターンオーバーに素早く反応して、サントリーはアタックライン、パナソニックはディフェンスラインをあっという間に構築する。

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(2枚目)
 流はキックの選択肢もあったが、10番バレットにパスアウト。この時、パナソニックの内側のディフェンダーは特にバレットにはプレッシャーをかけに行っていない。

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 しかし、外側のディフェンダー、つまり12番のパークスと13番のライリーが猛ダッシュしてバレットの外側のスペースを潰しに来た。


(3枚目)
 バレットは1人飛ばしたパスを放るが、まさにそこを狙ってライリーが走りこんできて、インターセプト、サントリーのラインの裏側に出てインゴールまで走りきった。

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 この2つのプレー。1つはサントリーがトライまで行き、もうひとつはパナソニックがトライを取ったわけだが、いずれもパナソニックのディフェンスのコンセプトは同じだ。

 内側は詰めず、バレット本人にも強いプレッシャーはかけないが、バレットの外側のスペースを潰す。なのでこのインターセプトは偶然ではなく、パナソニックが狙っていた形が、パナソニックにとって最善の結果になったと言うことだ。

 実際、この2つのプレーだけでなく、パナソニックはずっとバレットの外のスペースを潰しに来ていた。

 これに対して、バレットも対応する。

 このあとしばらくしてから、外側にパスするのではなく、キックか、あるいはランでのクラッシュを選択するようになった。

 ただし、キックはパナソニックも準備して後ろのスペースをケアしているから決定的なチャンスは作れなかった。ランも、ディフェンスがむやみに突っ込まずに確実にタックルで止めようとしていたから、そこから状況を打開することができなかった。前半のパナソニック優位の大きな理由は、このような形でパナソニックがバレットのプレーオプションの1つ(=パス)を削り取ったことにある。

スペースを取り戻す方法は?:サントリーの後半のアタック

 しかし後半になって状況は大きく変わる。前半攻めあぐねていたサントリーが見違えるようなアタックを見せるようになった。

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 これは、点差が開いて(前半23-7)、サントリーがリスクを取って攻撃しなければならなくなったことが理由の1つだが、サントリーがパナソニックのディフェンスに対応してアタックの形を変えたことが大きい。特に、バレットの立ち位置を工夫していた。


(1枚目)
 後半になって、バレットは前半よりもやや深い位置に立つようになった。つまりパナソニックのディフェンスとの距離を広げた。トライにつながる41分の攻撃では、バレットの前にナンバーエイトを立たせて、デコイの形を取らせることでパナソニックのディフェンスの注意を分散させた。

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 バレットが深い位置に立つことで、バレットからパスを受ける外側の選手たちもパナソニックのディフェンスラインとの距離を取ることができる。こうやって、パナソニックのタックルが届かないところでボールを動かし、外側のチャンネルで勝負する攻撃を仕掛けた。


(2枚目)
 あるいは、バレットの脇にフロントドアとして10シェイプを立たせ、そこにディフェンスを引きつけて裏を通して12番の中村にパスして攻めるというパターンもあった。

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 外側は、スペースもあり、敵味方ともプレイヤーの数が少ないので、突破もできるが捕まったときにターンオーバーされるリスクも高い。しかし、前半と同じ攻撃をしていても埒のあきようがない。逆転を狙ってリスクを取り、サントリーはパナソニックディフェンスを飛び越して外側で勝負する選択を取った。それが功を奏しての後半の反撃だ。

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攻守の駆け引きまとめ:サム・ケレビ欠場の重み

 以上のような駆け引きを簡単にまとめると下記のように表現できる。

(1枚目)
 まず、パナソニックディフェンスは、バレットの外側のスペースを狙って潰しに行く。そうなるとバレットはキックも使ってくるので背後のスペースもきちんとケアする。そうすることで、バレットのオプションを減らし、前半を優位に運んだ。

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(2枚目)
 しかし後半になって、サントリーは、バレットの立ち位置を下げ、パナソニックのディフェンスラインから距離を取るようにした。そしてボールを素早く外に運び、外側で勝負した。
 この日のパナソニックのディフェンスコンセプトでは外側へのスライドは限られるから、この形で逆にサントリーが優位に立ち、3トライ奪って5点差まで詰め寄った。

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 ただ、こう言う展開になると、サム・ケレビの欠場はサントリーにとって実に痛かった。突破力があり、タックルで捕まってもオフロードパスでつなぐスキルの高いケレビは、外側で勝負するゲーム展開にうってつけの切り札だ。

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 しかしコンディション不良なのか、この試合にケレビはベンチ入りしていなかった。後半のサントリーのアタックの形を見る限り、もしケレビが出られていたら、もう1つトライを取り、サントリーが逆転していた可能性は低くない。

 こうしてみると、点差だけでなく、お互いのアタック、ディフェンスの戦略がしのぎを削り合った好カードだったことがわかる。まさに決勝戦にふさわしい、濃密な試合だった。試合の勝敗を分けた要素はいくつかある。そのどれかが変わっていても、勝敗はひっくり返っていた。それくらい、伯仲したチーム同士の好ゲームだった。

 これでトップリーグは終わり。ラグビーのレビューもしばらくおやすみと言うことになる。

(終わり)