催眠の定義を考える(催眠とは)

催眠に関わっていると、「催眠の定義はまだ確立したものがない。」、「催眠は仮説があるだけで、どの仮説が正しいかは分からない。」、「催眠の定義は人それぞれでいい。」、「定義や理論なんて深く考えない。」なん言説をよく聞きました。確かに、催眠の定義は研究者によって違いますし、確立したものがないのは事実です。

催眠の定義が様々なのは、実のところ、研究する視点の違いによるものだったりします。言い換えると、催眠に対する切り口の違いによるものと言えるでしょう。説明のレベルとかレイヤーの違いが、定義の違いになっているのです。掛かり手の内面に注目すれば、状態が定義に入るでしょうし、掛け手と掛かり手の関係に注目すれば、社会心理学やコミュニケーションが定義に入るでしょう。

様々な視点を統合した汎用的な定義を作ることは可能でしょう。その場合、多くの要素を入れるためにぼんやりとした定義になってしまいがちです。例えば、催眠研究で著名な成瀬先生の定義

催眠とは人為的に引き起こされた状態であって、いろんな点で睡眠に似ているが、しかも睡眠とは区別でき、被暗示性の高進および、ふだんと違った特殊な意識性が特徴で、その結果、覚醒に対して運動や知覚、記憶、思考などの異常性が一層容易に引き起こされているような状態を指していう

はよく使われますが、多くの要素を説明していて素晴らしいなと思う一方、複雑で少しむずかしいなという印象を持ってしまいます。

催眠を定義することの意義は、催眠を考える視点を明らかにして、催眠の実践における予測と制御を高めるためだと私は思っています。少なくとも誰かと競ったり、比べたりするものではないのは明らかです。

仮に催眠状態になると暗示に反応するという考えを催眠の定義とするとなら、それによって催眠が予測できて、かつ、制御できなくては、その定義は単なる文学になってしまうと思います。「催眠状態になれば暗示に反応する。そして、催眠状態は暗示に反応する状態のことです」は、トートロジーになってしまい、予測も制御もできないのではないかと思ってしまいます。

最近、私が催眠を人に説明するときの定義として、清水先生のものをよく使います。

「催眠者と被催眠者が催眠を行っていると互いに認識する状況において、被催眠者が催眠者から一連の誘導手続きを受け、行動や主観的体験の変化・変容を意図する暗示に対して反応することを求められ、被催眠者がそれに応じた反応や体験を示すこと」(清水、2017)

この定義を私なりに解説をしてみたいと思います。

「催眠者と被催眠者が催眠を行っていると互いに認識する状況において」

催眠の前提として互いが催眠であると認識しているとしています。これは大事なポイントだと思っていて、広い意味の催眠では、催眠は日常的に溢れているされるていて、宣伝や交渉など、相手思考や態度を変えるものを催眠に含むように言われることがあります。

私もコマーシャルやトイレの張り紙において、催眠暗示のレトリックやテクニックが使われていることを話すことがありますが、これを、催眠とするのか、それとも催眠のテクニックを使っていると考えるかというのは、催眠を考える上で大事なポイントです。

催眠誘導の方法に様々な心理学的テクニックが取り入れられ、その結果、それらのテクニックが使われれば催眠であるみたいな考えがネットとかでは主流になってしまったようなところがあります。しかし、それって本当に催眠? と冷静に考えれば、催眠とは言えないんじゃないかと思います。

被催眠者が催眠者から一連の誘導手続きを受け」

次に催眠誘導という手続きです。やはり、催眠で外せないのが催眠誘導です。この視点から、誘導という手続きとして効果的なものは何だろうみたいなことが考えられる訳です。

「行動や主観的体験の変化・変容を意図する暗示に対して反応することを求められ」

催眠暗示の部分です。こかで、「行動や"主観的"体験の変化」とされていて、行動は第三者から確認できるものもありますが、主観的体験は言語的な報告を持ってしか確認できません。性質の違う二つが入っているのが網羅的です。また、催眠が主観的なものという示唆も重要です。

そして、「反応を求める」のが暗示だとすれば、催眠暗示としてよく言われる、ほのめかす、示唆する、提案するなど違ったニュアンスになるのではないでしょうか。反応を求めるためには、指示もあるだろうし、提案もあるだろうし、ほのめかしもあるだろうということです。

「被催眠者がそれに応じた反応や体験を示すこと」

反応の部分です。ここで前段部分にある"求め"に対して"そのとおり反応する"のではなくて、"それに応じた反応を示す"とされていて、ここには掛かり手の解釈の余地というか裁量があると思えるところで、深いなと思いました。そして、やはり、反応や体験が示されなくては催眠は完結しないということも重要だなと思いました。

この催眠の定義には、何かしらの状態が必要とはされていませんが、これを状態が必要ではないと解釈せずに、状態はあってもなくてもいいと解釈することもできます。いずれにせよ必ず必要ではないというのは抑えるべきかなと思います。

こう読んでみると、清水先生の催眠の定義がスタンダードになると、催眠は○○だ問題に関する混乱は減りそうだなと思うところで、広まって欲しいなと思います。

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