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2021年10月2日 01:35
33 2階へ上がると私の部屋には女たちがいて、振り返って私を見たきり口をつぐむ。机の上には小さなプラスチックのトレイがあって、歯形の残るかじりかけのイチゴが、つやつやと山になっている。 私の部屋で、と思ったが声にならず、部屋を出て階段を下りる。2階部分の手すりは片側が外れかけていて、体重をかければそのまま落ちてしまうだろうと思う。私はふと、子どもの顔をした従兄弟が落っこちていくところを想像する
2020年2月17日 03:12
32 彼女が出て行きたがっていたことを私は知っていた。校内では文字通りすべての人々が、残らず彼女を目を眇めて見上げてはゆらゆらその手を伸ばしていた。 5階も4階も同じように音を立てていた。氷が軋む音に似ていた。みんな悲しんでいるのだった。どの人もそれぞれ彼女について自分の話をした。私は階段を駆け下りたが彼女は私の行くところには既になかった。 誰も彼女を押しとどめられなかった。お前たちが悪いと
2019年9月24日 03:41
31 教室にはまだほとんどのひとが残って、軽やかに話し込んでいる。通り過ぎた一団から低い笑い声が上がって、いっぱいの顔の中から私は、そばかすのある男の子ひとりしか見つけることができない。 欠席した**君の家へ行くために校庭を抜ける。背の低い女の子がいつもの優しい笑顔で、私の手を引こうとついてくる。 私たちは**君の家へたどり着く。**君の両親に親切に迎え入れられて、私は尋ねる。**君はどこ
2019年4月5日 11:23
29 冷酷な独裁者として知られるディミトリは、絵画の中では常に力なき者として描かれた。痩せこけた体に襤褸をまとい、村人、特に女たちによって追い立てられるディミトリという構図は、画家たちに好んで用いられたものであるが、中でも特にこの作品はユニークで、目を凝らすと、箒や鍬を握る女たちに混じって、農民を象徴する緑の布切れを果敢に振り回す、愛らしい黒猫の姿を目にすることができる。30ⅰ 赤い廊下
2019年1月14日 01:56
28 折りたたみ式の小さな机に向かって、正座して弁当を食べていると犬が帰ってきて、見ると赤い曼珠沙華を一輪くわえている。座った形をしている、と横からだれかの声がして、相づちを打って私はそれを机の上に置き、いつの間にかまた小さな陶器になってしまった犬も、手に取ってくるりとそちらへ向けてやる。 母が来たので半分ほど中身の残った弁当箱を差し出して、里芋の煮っころがしと肉じゃがを指さして、これがもうあ
2018年10月5日 07:13
25 一斉に席を立った人々でロビーはごった返していて、私はそれを掻き分けるようにしてようやく母のところへたどり着いたが、席へ何かを忘れていたことにそこで気が付いた。私たちは外で落ち合う約束をして別れ、母の姿はすぐ人ごみの向こうへ見えなくなった。 見たことのないひとの顔が大きく写されたポスターを横目に見ながら私はまた人々を押し退けて来た方へ戻り、重い扉を引いて中へ滑り込んだ。 かわいそうに、
2018年7月25日 03:57
24 教室の戸は残らず閉められていた。廊下は冷たく生い茂って上履きの底が擦れる音だけが加速しながら私を追いかけた。どこか一室から先輩の優しい声がしたが私はまっすぐ走った。 博物館の入り口で追い抜いた団体客が降りていく階段について話す声が私に追いついたのは私が、ゆっくり閉まろうとする階段室の上顎の二本の牙を滑るようにくぐり抜けたときだった。私だけを飲み込んで口はつぐまれて、私は長い長い長い階段を
2018年4月23日 04:56
20 友人は私の少し前を歩いて行く。とても長く会わなかった彼女の手は私の手を引く代わりに数枚のメモ書きを握りしめているが、遅れて歩く私からは何が書いてあるのか見ることができない。 友人はでたらめに街の中を横切り、次々扉を開いては振り返って私を確認する。覗き込むと室内の人々は話すのをやめ、開いた口も持ち上げたコップもそのままぺったりと固まって私を見つめるので、私は毎回かぶりを振ってそこから離れよ
2017年10月1日 09:42
16 海沿いに建つその建物は見たことのない造りをしていて、不規則に並んだ狭い座敷をいくつも通り抜けたかと思えば突然外の浮橋をぐるりと渡り、広い板張りの部屋を抜け、いつのものか分からない家財道具の積み上げられた土間にいて、薄暗い廊下を延々歩き、私はひたすら彼らのあとをついて歩くだけだった。 彼らは道々、暗い顔をして彼らの息子について話し続けていた。***さんたちが相槌を打つのを横目に、私は先導す
2015年6月10日 04:29
夢を見た。私は文芸部員の一人であるようだった。ある部員を除いた12人ほどで共謀して彼を殺した。全員がそれぞれ短い話を書き、それに従って殺人は行われた。殺人計画を連作したのだ。被害者は部屋から出てこられないようにされ、食糧を様々な偶然に見せかけて全く与えられず、じわじわと衰弱死させられるはずだった。私はそれほど重要ではない役回りで、この物語が本当の終盤に差し掛かるまでずっと彼の味方であるふ
2017年4月7日 03:33
1 近所に住むという女性が夕飯時に訪ねてきて、うちのヘビイチゴが盗まれた、盗ったのはおたくじゃないか、と言う。 応対していた母がこちらを見る。 心当たりのないまま見回すと本棚の上に小さなカゴがあり、中には確かにイチゴが入っていて、わたしはぎょっとする。 女性は続けて言う。 盗んだ人間を見た者がいて、70歳代の老女だった、おたくのおばあさんじゃないのか。 ここに住んでいるのはわたしと母の