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ウクライナ人の友達との思い出が色んな理由で忘れられない話

2020年、僕がイギリスに来てすぐの頃、世界は『普通』じゃなかった。言わずもがな、コロナウイルスのせいである。街に人は居ないし、運転手が手配出来ないという理由で郵便は届かないし、利用客が居ないのでバスや電車の本数は極端に少ない。それから、あんなアナログな手法で意味があったのだろうか?と思うが、薬局やスーパーでは、支払い時に電話番号を聞かれていた。あの頃は感染者を追跡するシステムが不十分だったので、誰がどこに行ったか記録する為に必要だったのだ。そんな時代を経て、少なくともイギリスは、徐々に『普通』を取り戻し始めている。街に活気が溢れ、観光客も増え、マスクを付ける人は居なくなった。そして大学生活の2年目が始まり、それまでのバーチャルな世界が嘘だったように、殆ど毎日学校に通う日々が訪れた。

さて、前置きが長くなったが、今回は、この留学生活で一番仲が良くなったブラッドという、ウクライナ出身の友人との話をしたい。

1年目、彼とはいくつかのクラスが一緒で、特にきっかけもなく何となくウマが合って、休み時間に他愛もない話をしたりしていた。2年目になり、ようやく対面での授業が始まって、初めてお互いを直接みた瞬間、お互いにオンラインで想像していた以上に背が高かったので、「え、君こんなデカかったんだ!」と、思いっきり笑い合った。(僕は意外とデカい。そんな僕くらい、彼も意外とデカい。)いつもはドシっと冷静なのに、その時ばかりは照れ臭そうに、モジモジしていた事が思い出深い。

ある日の帰り道。電車に揺られながら、何となく、今までの人生だとか、恋愛の話だとか、将来の話だとかになり、その流れで僕は彼に、「卒業したら、ウクライナに帰るつもりなの?」と聞いた。それまで明るく笑っていた彼の顔が曇った。自分でも情けなくなる程に無知で迂闊で、世間知らずだった。改めて説明するまでも無いだろうが、僕が彼にそう聞いた日からしばらくして、ロシアがウクライナに侵攻を始めた。彼の母親と弟は国外に避難し、彼の兄は国に残る事を決意し、多くの友人が戦闘に加わっている。

彼は少し黙ってから「帰れたらいいんだけどねえ」と呟いた。それを聞いて僕は、「そうだよねぇ」とか何とか返事をして、それから僕たちはまた、下らない話を始めた。

あの時の僕は、彼を傷つけてしまった、不用意にデリケートな事を聞いてしまった、と気付いていたのに、ヘラヘラと笑いながら、結局、彼の優しさに甘えた。すぐに謝って、何か気の利いた事でも言えれば良かったのだけれど、それが出来なかった。なぜなら、あの時の僕は、ウクライナで何が起きているのか、知らなかったからだ。だから、彼に対して、何をどうやって、どれくらい謝れば良いのか、分からなかった。

この日から僕は、ずっと戦争について考えている。せめてこれからの人生で、大切な誰かに、あんな顔をさせないで済むだけの常識くらいは身に付けたい。

<追記・2023年2月24日>
1年が経った。彼は元気で、相変わらずタバコばっかり吸っている。彼の家族も元気で、お母さんと弟は、去年の夏、ロンドンに引っ越してきた。「逃れてきた」という方が、政治的には正確なんだろう。お父さんは、彼が小さい頃に亡くなっていて、お兄さんはウクライナに残っているが、戦闘には加わっていない。ウクライナにいる彼の友達は戦闘に加わっているらしいが、その方々の安否は聞いていないし、これからも、彼から話してこない限り、僕から聞くつもりはない。

去年の彼は、見ているこっちの心が締め付けられる程に痩せていて、いつ会っても眼が鋭く尖っていたが、最近はそれも無くなった。この前、「大丈夫?」と聞いたら、彼は、「何をするべきか分かったから、俺はもう、何が起きても怖くない。」と言って、カラカラと笑った。そんな彼に、僕は、インスタント味噌汁をプレゼントしてあげるくらいしか出来なかった。日本食好きの彼が喜んでくれるからだ。

<追記・2024年2月24日>
2年が経った。彼は今、ロンドンよりも物価が安いスコットランドに住んでいて、演劇を続けながら、ウクライナ難民の方々の生活支援を仕事にしている。お金が貯まったら大学院にいって、『演劇と政治の関係性』について勉強するらしい。相変わらず彼は、サッパリしていて、まっすぐで、謙虚なのに、自信がある。こっちだって、負けていられない。

先日、ロンドンに来ていたので飲みに行ったが、「今日は眠いから、大事なことだけ話して、サッと帰るわ」と言われ、暮らしのことだとか、未来のことだとか、家族のことだとか、お互いに話したい事だけをパッと話してサッと帰った。このへんも、彼と気が合う理由だ。

春休みになったら、今度は僕が、スコットランドにある彼の家に行く。春のスコットランドは、薄手のセーターが要るくらいに冷え込むらしい。せっかくだから、新しい服を買って行こう。

下記は、ウクライナ緊急事態支援の募金先です。参考までにご覧ください。


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