見出し画像

追憶の庭

あなたがこの地にいたことをおもい
今 私もここにいることを
ひしひしと感じる

この階段を踏みしめ
この回廊を通りぬけ
この絵を見上げたか
あなたが身を翻したのは
この石段のどこであったか

かつての記憶をたどっては
どこかで追いつけはしないかと
かすかな期待を捨てられずにいる

その厚いカーテンの陰から
その先の小部屋の書斎から
ひょっこり現れはしないかと見まわしては
隣りの礼拝堂で祈りを捧げてはいないかと
青ざめながら
ひっそりとした静謐ながらんどうに
幾度めか知れないため息をもらす

だから私は歩いていけるのね
ここに来ればかつての日々が迎えてくれる
川面に映る城影はゆらめいて
その輝きを伝えてくれる

このベンチで
この井戸で
この庭で
この隠し小部屋で
むかし 何がおきたか
誰も語りはしないその面影を
静かに克明に教えてくれる


ここは道標
行くべき先を示してくれる
何が起こっても驚きはすまい
決して

行こう
そしていつか至るその時まで
あなたを探し続けるだろう
ここに確かにいたあなたの面影が
私にはっきりと示してくれる
今あなたは無事でいると。

戻れない日々に
珠玉を落としてきたことに気づいたら
拾い上げるために
前に進もう

この虚空に青い花を捧げたいなら
歩めよ
時が満ちるその時まで

固く握りしめた手を押し開いて
そっと砂粒を一握り
大切に守りながら
歩いていこう

語りかける石段に耳を澄まして
その堆積に敬意を表する

ほら
ここにも
あなたのいた道がある

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?