ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 第四話「月の魔物 後編」 U.C.0083

アーサー・ドーラン戦記 ~宇宙世紀パイロット列伝~

第四話 ジム対アクト・ザク決着 容赦のない残党狩り部隊と卑劣なテロリスト

U.C.0083 某日
月 ニューアントワープ市 外縁

 投棄されたコンテナが開くにつれ、その暗がりが剥がれてゆく。間を置かず紅い光が灯った。モビルスーツの一つ目が、アーサーを睨み据えた。
 コンテナから現れたモビルスーツは連邦の識別信号を発している。

 画像解析。データベース照合。
 機種該当。 MS-11 アクト・ザク

 MS-06-R1 並びに MS-06-R2 “ザクⅡ 高機動型”
 『その姿ザクにしてすでにザクにあらず』
 戦後の連邦軍士官学校にあってはモビルスーツ概論、戦術論の教本に必ず掲載されるジオンの名機である。しかし、目の前にいるこいつは更に始末が悪い。

 “MS-11 アクト・ザク” ザクⅡを母体に開発されているが、エンジン出力は “RX-78 ガンダム” を上回る。ビーム兵器を扱える大出力と、マグネットコーティングを施したフィールドモーターによる機体反応速度の劇的向上のおかげで、一年戦争中のどのモビルスーツに対しても優位に立てる恐ろしい運動性を獲得するに至った。化け物中の化け物だ。
 量産配備が間に合っていれば、宇宙要塞ア・バオア・クー攻略戦の結果が違っていた可能性を指摘する研究者さえいるほどである。

 しかしその運動性の高さ故に、生身では耐えられない高G負荷と繊細な操縦を要求する暴れ馬となってしまった。フルスペックで扱えば搭乗者の身がもたない欠陥機である。
 マグネットコーティング技術流出の経緯は未だもって不明だが、連邦製技術を用いたジオンの高性能モビルスーツ、前大戦の集大成といっても過言ではない。
 ある意味で、未だ癒えぬ一年戦争という宿痾の化身と言えた。


「所属不明機のパイロットに告ぐ。 貴官の所属と官姓名を名乗れ。
「貴官の行為は重大な連邦法違反である。直ちにモビルスーツを停止せよ。
「直ちに武装解除し着陸せよ。我の指示に従え。繰り返す、武装解除し着陸せよ」

 返事はない。アクト・ザクはコンテナから四連奏マシンガンを拾い上げ右手に構えた。

「重ねて警告する。武装解除せよ! 従わねば戦闘の意思ありとみなし撃墜……」

 言い終える前に、アクト・ザクのマシンガンが火を噴いた。弾丸がジムをかすめ飛んだ。照準が甘いのか射撃は左に逸れた、よもや威嚇射撃ではあるまい。
 アーサーはジムを急上昇させながらビームライフルをドライブした。

「発砲を確認した、撃墜……!!!!」

またもや言い終わる前にマズルフラッシュが瞬いた。警告は無意味だ。アクトザクはコンテナの前を浮遊して動こうとしない。

「救難……信号……援護要請……」

 不意にスピーカーが弱々しく震えた。国際救難チャンネルを受信したようだ。システムは即座に発信先を特定、ヘッドアップディスプレイに送信先がマークされる。
 探すまでもなかった。目の前の機体にレスキューマーカーとアラートマーカーが重なり合って灯っていた。

 アクト・ザクは急上昇してジムを追い抜こうとーーいや、追い抜かれてしまった。一拍遅れてジムを急上昇させる。かと思うと、アクト・ザクは機体を宙返りさせ渓谷へ急降下した。

ーー逃げる気か?

 その先に本隊が?頭をよぎってアーサーは肝を冷やした。アーサー小隊はジム3機。もしもアクト・ザクの援軍など現れるなら……勝ち目は無いと思えた。
 振り切られる前に、地形を利用して囲い込む。一気に叩く。追いかけ続ければこちらが不利だ。

「ドーランよりケセンマ、モビルスーツが発砲した! 応援を請う」
「了解、オイカワ隊を向かわせる。 無理はするな、数で押せ」

 マリアンナに不明船を任せ、アーサーはマモルを連れジム二機でアクトザクを追った。

ーー先にコンテナを抑えるべきだった! 俺のミスだ!!

 迂闊な自分が仲間を殺すかもしれない。瞬間、体中の毛穴から汗が噴き出た気がした。


U.C.0083 某日
月 ニューアントワープ外縁 砂漠上空

 コクピットにビームライフルの銃口を突き付けられていた。どうすることもできない。
 自分は命令に従っただけだ。この後どうすればいいか聞かされていない。逐一指令が来る、そう言われていた。言われていたのに、通信は数分前から途絶えていた。

「動くな。撃墜許可は出ている。
「ジオン残党だな?目的は何だ!」

 接触回線で恫喝されている。こんな時どうすればいいのだろう。作戦目的はモビルスーツの輸送。連邦軍に捕捉されたらコンテナを投棄して指示を待つ。ヘルメットは指示があるまで決して脱いではいけない。他に何を言われたんだっけ……

「答えろ! 目的は何だ!
「モビルスーツは何機ある! 仲間はどこにいる!」

 女性の声だ。勇ましい。去年よりずっと前、いつだったか、こんな勇ましい女性に会っていたような気がする。恐ろしい、恫喝されている。それなのに何故だか嬉しくなってしまう。きっと優しい人なんだ。
 返事をしてみようか。

「……ン」
「なに?」
「ジークジオンって 言ったの」

 モビルスーツの頭部がコクピットを覗き込んだ。パイロットは怒っている。そんな気がした。


U.C.0083 某日
月 砂漠 渓谷上空

 アクト・ザクは直線機動が早すぎた。機体をよじる妙な動きとAMBACを駆使して減速なしに渓谷すれすれを飛び進んだ。追いつけない。上空からジム二機で圧をかけ起伏に追い込むつもりが、敵に誘導されるがまま開けた場所まで出てしまった。敵が自由に動けるうえ見晴らしがよすぎる。この速さで動き回られては足を止めることすらままならなかった。

「ドーラン! 生きてるか」
「オイカワ!? 一機だが速い、渓谷を抜けられた」
「任せろ。抑える」

 渓谷を飛び越えて前進したサラミス改級ケセンマから、オイカワ小隊が追い付いた。進行先で合流するコースだった。
 オイカワ小隊はジム二機を上空、一機をすぐ下へ浮かせたフォーメーションで広目に距離を取っていた。オイカワ隊の中へアクト・ザクを追い込む。当たらなくていい、動きを制限するだけだ。

ーー残党の手がかり。逃がすものか。

 アーサーもオイカワも敵を生け捕りにする心づもりだ。アクト・ザクは高級機、一般配備の機体ではない。消えたグラナダ駐留軍の手がかりかもしれなかった。二年半追い続けたキシリアの尻尾、捕らえてみせる。

 ヘッドレストから照準装置を引き出し、照準環にアクト・ザクを捉え直す。ヘッドユニットに搭載された観測装置のコンピュータが、ディスプレイに敵の動きを予測してARを投影した。即座に照準が追随してロックオンが完了する。会敵からの僅かな時間でアクト・ザクの動きを捉えている。AIが優秀という話だが、ひょっとしたらとんでもないお宝やもしれぬ。アーサーは脚部に当てるようビームライフルをドライブした。
 縮退されたメガ粒子が解放される刹那、アクト・ザクが背部スラスターとサブスラスターを大袈裟に噴かして真横にスライドした。ビームは虚空を照らして失せた。

ーーなんて動きだ。分かったのか?

 常識外れの反応に苛立ち熱くなる。思考が走りそうになったが、有利なのはこちらと思い直す。落ち着けばいい。ここからは5対1、数で押し潰す。
 直後、マモル機の放ったビームが敵機の逃げ道を塞いだ。続けざまに二発、逃げた先を挟まれる形に後方からのビームだ。敵は肝を冷やしたのだろう、機を起こした。辛抱たまらず無理やり振り切ろうと敵機が上昇する。アーサーの、オイカワ達の思う壺だった。

「狩るぞ!!!」
「「おおおおお!!!!」」

 オイカワ少尉が叫ぶ。小隊が叫ぶ。ジオン残党狩り部隊が牙を剥き宙を駆けた。


U.C.0083 某日
月 砂漠上空 巡洋艦ケセンマ ブリッジ

「子供だと?」

 アソーカ・エンライト艦長が普段決して出さない素っ頓狂な声に、ブリッジクルーは皆振り返ってしまった。マリアンナ・ジーノ曹長が報告を続ける。彼女の言葉は簡潔だった。

「パイロットは子供です。他に乗組員はいません。
「投棄されたコンテナはザクタイプモビルスーツ一機とマシンガンらしき武装を格納していました。
「コンテナは地上に落下、以後動きなし。シャトルに他の荷は見当たりません」

 ジーノ曹長は、爆発物の恐れありとしてコンテナに近づけないでいる。

「回収艇で爆発物処理班を向かわせる。曹長は引き続きシャトルを頼む」
「戦闘はどうなりました?」
「オイカワ隊が合流した。丁度いつものが始まったところだ」

 ジーノ曹長から安堵の息が漏れた。多勢に無勢、情け容赦ない攻撃。仲間を庇い合い敵を翻弄し、組織力で容赦なく叩き潰す。連邦軍がこの三年間続けてきた戦法だ。
 サラミス改級巡洋艦ケセンマは、就役以来ジオン残党狩りを続けてきた。艦載機に大破、被撃墜は一度もない。二隊でかかって取り逃がした敵はいなかった。今度もきっと。

「オイカワ機よりエマージェンシー!」

 オペレーターの声が安堵の空気を切り裂いた。オイカワ少尉のジムがエマージェンシーを発し、数秒後シグナルロストした。

「急行する! 回収艇出せー!!」

 アソーカ艦長は被弾覚悟で艦を前進させた。


U.C.0083 某日
月 砂漠上空

 アクト・ザクの上昇する先をオイカワ隊のジム二機が塞ぐ。前方からオイカワ機、後方からアーサー機とマモル機がライフルを放った。出鱈目な動きで回避されたが、鳥籠は完成した。
 アクト・ザクは堪らず減速し背中を見せた。後方上空しか逃げ道はない。こちらの思う壺だ。二小隊連携フォーメーションの一つ、後は四肢をもぐだけだ。

 背中を見せたアクト・ザクは急制動をかけたかと思うと頭上のジムへ向けてマシンガンを放った。ジムのシールドが弾け飛んだ。もう一機が庇うように前へ出る。その動きを見越していたように真っすぐ無傷のジムへ突っ込んでいく。

「二人は下がれ。俺が取る」

 オイカワ少尉は部下を下がらせアクト・ザクと対峙する。アーサーが同調しオイカワ機より先行して上昇をかけた。マモル機は敵機と高度を合わせるように旋回しながら水平方向の退路を断っている。皆冷静だった。

 アクト・ザクがマシンガンを捨てた。通常のそれより一回り大型のヒートホークを構え、オイカワ機目掛けて突っ込む。オイカワ少尉もライフルを手放しビームサーベルで斬りかかった。
 一合目が弾け飛ぶままに機体を捻って二合目を打ち込む。姿勢を崩されたまま鍔迫り合いになるのを嫌ったアクト・ザクは小さく回り込むようにオイカワ機の背後を狙う。バックパックに懸架したもう一本のヒートホークを左手に構え、二刀流で斬りかかる。

 ジムはビームサーベルとシールドで二刀流をいなしつつ、決して自分の重心を崩さない。対するアクト・ザクは重々しいヒートホークを滅茶苦茶に振り回し、隙を晒し始めた。

「…射…点確認……誘導……」

 スピーカーは敵パイロットの声を拾っている。張りのない声だ。声変わり前の男児のようだった。


 アーサーは一機で敵機の頭上を抑えている。オイカワ機の呼吸に合わせてビームを放つ。仲間たちもオイカワ機の隙を埋めるようにライフルを放っている。
 アクト・ザクは出足を抑えられて加速できずにいた。AMBACを駆使して回避しているが明らかに動きが鈍い。自由は奪った、次で仕留める。
 オイカワ少尉が打ち込むそぶりを見せる。事前に取り決めた合図であった。アクトザクが身を捩って懐に飛び込んだ時、ジムは目の前から姿を消していた。

ーー終わりだ

 頭上のアーサー機、水平からマモル機、斜め下方より更に二機の集中砲火が一斉にアクトザクを襲った。
四本の火線に晒され両脚の膝から下が吹き飛ぶ。ランドセルは火を噴いた。
 足を止めたアクト・ザクにオイカワ機が止めを刺す。漆黒の宙にビームサーベルが光の弧を描き、アクト・ザクの左腕を切り裂いた。

「3、2、1、今」

 スピーカーが不穏な台詞を拾う。ブラフか?増援か?迷い、判断が遅れた。
 状況に変化なし。敵機は呆けていた。アーサーは融合炉の誘爆を避けるように慎重にビームの出力を落とし、距離を詰めながらライフルで頭部を狙う。ロックオン完了を電子音が報せた正にその時、遥か上空より一筋の光がアクト・ザクめがけて差し込んだ。眼前のオイカワ機を重ねるように。

 アクトザクの胴体が貫かれた。光はそのままオイカワ少尉のジムへ降り注ぎ、胸部を貫通しランドセルへ抜けた。
 長距離ビームによる狙撃だ。ヘッドアップディスプレイが発射方向に警戒を促す。狙撃元は特定できていない。オイカワ機は動きを止めている。アクト・ザクは大きく流れていた。

「っっ散開!    オイカワー!!」

 返事はない。オイカワ機からエマージェンシーが発信されている。コクピット付近への被弾に反応してオートで作動する仕組みだ。パイロットが自ら信号を発せない状態にあることを示していた。

 アーサーは自機をオイカワ機に寄せながら、モニターに神経を集中した。敵の位置を探りながらオイカワ少尉を救出するために。ヘッドユニットのおかげでレーダー有効半径は格段に向上していたが、ミノフスキー粒子濃度が濃く手がかりが掴めない。

 モビルスーツを二機貫く強力な長距離ビームが二射目をすぐに撃てるだろうか。時間はきっとある。助けられる。アーサーは心が強くなるのを感じた。不安が首をもたげる前に勇気が身体を満たしていく。
 マニュピュレーター付け根から消火剤を噴射し渓谷へ急降下する。オイカワ機の表面温度が急激に下がっていくが、コクピット内部の状況が依然分からない。
 味方機が上空へライフルを放つ間、オイカワ機の爆発に警戒しながら呼びかけを続けた。


U.C.0083 某日
月 上空 浮遊岩礁

 クエィカー大尉は満足気に足元をみやった。見たところで何も分かりはしないのだが、戦果はしっかり受信していた。アクト・ザクのラストシグナルと共に。

「まるで手応えがありませんねぇ。こんなものですか?」

 自機の放ったビームは “アクト・ザク目掛けて” 真っすぐに飛んで行った。その先に敵機がいると信じて。無論アクト・ザクもだが。
 どうやら機体に乗せた誘導装置は上手く働いてくれたようだ。小さな爆発光が二つ観測できた。

「連射は無理ですね。まあ壊れなかっただけ良しとしましょう。
「月にもう用はありません。 引越しです!」

 民間船に偽装したジオン残党のモビルスーツ輸送船。実在するアナハイム・エレクトロニクス系列企業の船籍を持つそれは、月を離れ暗礁宙域へ進路を取った。
 月の裏側に差し掛かりつつある資源採掘用岩石から飛び立った、複数のムサイ級巡洋艦と共に。




ーー第五話へ続く


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?