ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 第五話「ピオニア」 U.C.0083

アーサー・ドーラン戦記 ~宇宙世紀パイロット列伝~

第五話 新型機受領

U.C.0083 戦闘から5日後
月 グラナダ 地球連邦軍基地

 アクト・ザクとの遭遇戦から五日が経った。サラミス改級巡洋艦ケセンマはグラナダで足踏みをしていた。

 アクト・ザクは融合炉が爆発し跡形もなく消し飛んだ。回収できたのは装甲の一部と手放した武装のみ。手がかりになりそうな情報は何一つ得られなかった。

 オイカワ少尉のジムも融合炉に誘爆し月面で爆発した。アーサーの消火剤噴霧が功を奏し、オイカワ少尉は爆発前に救出できた。そう、救出できた。彼は自力で脱出できる状態になかった。
 コクピット内部は高熱で蒸し焼きになっており、生命維持装置が作動したものの途中で停止してしまった。幸いすぐに回収艇内で応急処置を行えたため一命は取り留めた。今はグラナダの病院に入院している。

 そのオイカワ少尉は昨日意識を回復した。面会はしばらく叶わないが、会話はできているそうだ。入院は長引くと聞いた。後遺症が残る恐れが高くパイロット復帰は難しいと医師は語った。

 長距離ビームの発射位置は特定できなかったが手がかりは掴んでいた。同時刻、月の引力に引かれて移動中の資源採掘用岩石からムサイ級を含む戦艦数隻が飛び立った。
 グラナダ基地からサラミス改級2隻で追尾中であるが続報が届いてこない。一昨日までは敵船団を補足していたようだが……

 アーサー達の当初の目的、調査対象の巨大デブリには、やはりジオン残党と思しき集団が潜んでいた。月周回軌道には月面に落下せず漂うコロニーの残骸が幾つか存在する。内一つからモビルスーツの活動痕と放棄された資材が見つかった。

 調査結果を受けて、月周回軌道上のデブリ移動スケジュールが見直されることになりそうだ。大きいものは破砕して運び去るが、それができないほど巨大なものは月面に落下させることになるだろう。

 連邦の一方的な決定に対し、月面各都市行政府から月面汚染、経済活動への悪影響を憂う反対の声が上がるのは火を見るよりも明らかだが、デブリよりも難民問題へ舵を切った所謂「人道政策への転換」を叫ぶ難民救済政治は、難民支援以外の議論の足を強烈に引っ張った連邦議会よろしく、戦後の月面都市再開発への反発感情と合わさって複雑な世論を形成していた。

 ルナリアンとて連邦市民である。世論が月を敵視する事態は避けたいはずだ。表面的に反対してみせるに留まるだろう。

 それに、明らかにオーバーワークな連邦軍の現状を鑑みれば、月に落っことして立ち入りを制限する以外現実的な手段はないのだった。


U.C.0083 同日
月 グラナダ アナハイム・エレクトロニクス社 オフィス棟

 此度の戦闘による損害はジム一機損失とパイロット一名の負傷離脱である。通常ならモビルスーツとパイロット補充にて埋め合わせがなされるところだが、今後の作戦行動に際し集団戦闘の見直しと戦力底上げの必要が認められ装備更新が決定した。
 司令部より新型装備受領命令を受け、アーサー・ドーラン少尉はアナハイム・エレクトロニクス社グラナダ工場を訪れていた。

 アクト・ザクとの交戦直前に受領した新型観測装置を搭載したヘッドユニットは、既に連邦軍装備開発計画の認可を受けていたが、改めて月管区開発工廠の正式計画へと繰り上げられた。それに伴い天文気象観測所には地球連邦軍外郭団体承認の手続きが行われる手筈となっている。
 取り急ぎ連邦宇宙軍月管区内の全ての軍事・研究施設との連携・協力体制構築、軍施設の無条件利用許可、テストスケジュールの優先割り当て等様々な便宜が図られることとなった。

 しかし、この月管区工廠というのがいささか……いや強烈に厄介な所であったのだ。工廠とは名ばかりで、実態は月の支配者アナハイム・エレクトロニクス内に作った連邦軍の飛び地であり、言うなれば体のいい窓口、早くも敷かれた天下りポストである。
 月を牛耳る軍需企業、結託して懐を潤す派閥軍人、その意を汲んで政治を回す軍閥政治家が出入りする……腐臭漂う伏魔殿である。

 月管区工廠の本部はアナハイム・エレクトロニクス社フォンブラウン工場内に間借りしている。グラナダに直接の開発拠点はなかったが、便宜的にグラナダ工場の試作機開発プロジェクトから人員と施設が割り当てられることとなった。

 天文気象観測所のプロジェクトチームは新型観測装置を「ピオニー(Peony)」と呼称していた。月管区工廠へはそのまま申請したようだ。問題がなければピオニーユニットとして登録されるだろう。
 今日はそのピオニープロジェクトから主任研究員がアーサーに同席していた。

「観測所でプロジェクト統括を務めます、コーダル・スガナミです。皆はDr.ナミと呼びます」

 旧世紀のアジア圏の名前なのだろう。標準言語での発音が難しく、アーサーは言われた通りナミ博士と呼ぶことにした。

「ピオニーは素晴らしいです。慣性航行中のシャトルの荷がモビルスーツなどと、よく分かるものですね」

 アーサーは素直に称賛した。データの写しは送っていたので戦闘時の挙動は知っているようだ。晴れやかな笑みを湛えている。負傷者の件を知らぬはずはないが、そこは研究員と兵士の違いなのだろう。遠慮がないことを咎める気にはならなかった。

「デブリには等速運動をしていないものも多くあるのです。完全に死んでいない機動兵器の残骸などは、何かの拍子に急にエンジンを吹かすことがあります。

「推進剤が残っていれば加速し続けることも……恐ろしい話ですが一年戦争でそんなデブリが増えていまして。

「ですから、軌道計算だけでは不十分なのです。」

 ナミ博士の言葉はもっともだ。戦火で運行本数が減ったにも関わらず、戦後三年半で運輸局の認知した重大事故は既に戦前までの累計を超えていた。
 航路の復旧はデブリ排除だけでは叶わない。ミノフスキー粒子の影響を軽減する高精度観測機器の普及と、事前予測精度の向上が不可欠だった。

「それにしても、航行物体の認識深度と予測値の出力が有意値を超えるようになってきたの、最近の話なんですよ。民間船が協力してくれたお陰で、ようやくデータが揃ってきたんです」

 突然何を言い出すのだろうとアーサーは訝しんだ。いや露骨に怪しんだ。

ーーつまり……自信作でもないのに搭載した と言ったのか??

 ナミ博士は言葉を続けた。

「テストケースの自動生成だけでは連邦軍の要求を満たせませんので、やっぱり生のデータが必要だったんです。
「戦前のデータじゃまるで使い物にならないでしょう?戦後に集め始めたデータが三年過ぎてようやく実を結んだといいますか。
「泥臭くやってきてよかったなってチームスタッフ一同、戦闘記録を検討しながら喜んだものですよ」

ーーなにそれ…………

 アーサーは言葉を失いかけたが辛うじて思考を止めずに踏ん張った。

「……つかぬことを伺いますが、我々の機体に搭載する前はどのようなテストを?」

「無人シャトルでピオニーユニットのみを頼りに月周回軌道を飛行する自律テストを繰り返していました。
「障害認知率は高かったんですよ! まあ回避率はどうしても下がるんですけれど……そこは有人機に搭載すれば問題ないかな、と!」

ーー問題大ありだよ! 何考えてんだこいつ?!

 有人飛行テスト未履行など正気ではない。無人シャトルの現在を想像するだけで鳥肌が立った。
 引渡し前の全飛行データとテストプログラムの消化項目を必ず取り寄せなければならないと、アーサーは固く誓ったのだった。


U.C.0083 同日 夕刻
月 グラナダ アナハイム・エレクトロニクス社 工廠

 サラミス改級ケセンマのモビルスーツは現在五機。全てRGM-79 ジムの前期生産型と呼ばれるモデルである。大戦末期に建造された機体と比べ運動性がやや劣る機種であったが、集団戦闘を想定した運用であれば質・量ともに劣るテロリスト相手に不足はないと思われた。

 しかし、アクト・ザクなる高級機をテロリストが運用している以上、低性能が露見している機体ではこの先心許ない。大破の原因が不意打ちとはいえ、五機でかかって一機仕留めるのに一機損失では、力不足は否めないというのがエンライト艦長の決断だった。

 ケセンマ初の大破は、艦長を司令部へ掛け合う気にさせる程の重大事であったのだ。

ーーこんな形で受領することになるとは……

 アナハイムのセールススタッフに案内されたのは造船施設を縦断した先、メンテナンス建屋の更に奥、窓のない不気味な区画をすぎた先だった。

 人気のない格納庫に複数の人型が林立している。地面に巨大な影を落とすそれを、アーサーが口を開けて見上げている。アナハイムの営業マンは既に何やら語り始めていたが右から入って左に抜けてゆく。一年戦争終盤、ソロモンに居並ぶジムの群れを見上げた時のように、己の小ささと戦争のスケールを見せつけられている。

 今このときまで無自覚だったが、アーサーはモビルスーツという機械に未だ慣れきっていなかった。

 “RGM-79C ジム改” RGM-79の後期生産型を元に設計が見直され、規格統一が図られたジムの改良型だ。しかし眼前の機体はシルエットが異なる。換装されたランドセルはジムカスタムのものだ。スラスターレイアウトが変更されているため以前より無茶がききそうに思えた。当然推力は増している。飽くまでカタログスペックの話ではあるが、アクト・ザクに食らいつける仕様だそうだ。

ーーしかし これは不気味だ。

 不思議なことにどの機体も頭部が見当たらなかった。


 傍らのウェポンラックの輝きはおろしたてと見紛うばかりだ。
 90mm口径のブルパップマシンガン。連邦宇宙軍のRGM-79標準装備として配備され始めた実弾兵器。予備弾倉をシールド裏に携行可能なため継戦能力が向上している。

 別のラックは見慣れぬビームライフルで埋まっていた。アナハイムの説明ではコアモジュールに様々なオプションを装着して戦況に対応させるための試作品とのことだ。聞けばフォンブラウンのプロジェクトで開発した新型ライフルの検討試作機だったものに、改良を施したモデルだという。改良項目は連射間隔の短縮と装弾数増加。元々の性能すら不明だが、普及品よりも高性能に違いない。

 この装備類は全てアナハイム・エレクトロニクス社からの提供だった。月管区工廠の手回しの良さは想像以上だ。特に新式のビームライフルはオプションだけでコンテナが溢れかえっている。
 これほどの高額装備、ルナツー所属部隊といえどおいそれとは使えまい。それがなぜ単なる巡洋艦一隻に、しかも特務部隊でもない自分たちに配られるのか。

「申し送りは済んだかね」

 アーサーの疑問の答えを持って細面の官僚が現れた。傍らにエンライト艦長を伴って。官僚は月管区工廠で財務を取り仕切ると言ったきり自己紹介をすっ飛ばして話し始めた。

「伝えるべき情報は三つだ。

「一つ。今後ピオニーは、月管区工廠直轄プロジェクトとなる。当面はグラナダで開発を継続する。
「二つ。ケセンマのMS隊は月管区工廠の評価試験部隊として活動してもらう。
「三つ。ケセンマの当面の作戦は消えた不明勢力の捜索・討伐だ。」

「質問してもよろしいでしょうか?」

 官僚に名を聞くべきか一瞬悩んでから本質的な疑問を口にした。

「たった今、評価試験を行うと伺いました。その上で不明勢力の討伐が任務というのは……」

 アーサーの言葉を遮って官僚が答える。

「評価試験を兼ねた任務である。」

 あっさりと恐ろしいことを言ってのけた。アーサーの反応を伺うともせず用件だけ告げたくてうずうずしているようだ。

「先の戦闘では少尉の判断力に疑問符がついた。シャトルがMS輸送艇である可能性を認識していながらコンテナを放置したな?」
「先任のオイカワ少尉離脱に伴い繰り上げでMS隊の指揮を執るべきところだろうが、君では役者不足かもしれん」

 “立てた板に水を流す”という旧世紀のことわざがある。口を挟む隙がない。無機質な事実の羅列がこんなにも心をえぐるものか……早口に釣られて早回しになる思考が、不甲斐なさと不愉快を加速した。

「しかし連邦軍には中隊長一人付けてやる余裕すらない。その上でケセンマには何としても成果を上げてもらわねばならぬ。
「そのための月管区工廠からのMS全機装備更新である。」

「他に質問は?」

 おいてきぼりとはこの事だった。沸いたばかりの不甲斐なさも何処へやら。何か言わなければこの場が終わってしまう確信があった。なにより艦長の眼差しがアーサーにぶっ刺さっていた。


「あの  ジム…の……頭は………?」




U.C.0083 更に2日後 正午
ケセンマ ブリーフィングルーム

 艦の主だったクルーが勢揃いしている。時間ぴったり、アソーカ・エンライト艦長が司令部からの最新情報を携えて現れた。

「6時間後、本艦は暗礁宙域へ向け出発する。作戦目的はジオン残党と思しき不明勢力討伐とアジトの発見である。

「先日交戦した不明勢力追跡の任にあったサラミス二隻が本日未明、補給艦とランデブーした。彼らの入手した情報と参謀本部の掴んだ情報を突き合せた結果、敵のアジトは暗礁宙域の極めて狭いエリアにあると結論された。
「判明している敵戦力はムサイ級二隻、パプア級一隻。内ムサイ一隻がサラミスとの交戦で沈んでいる。
「残るムサイとパプアを捜索しこれを討伐、敵アジトを発見するのが我々の任務である」

「皆知っての通り本艦は『RGM-79C』を受領した。また先だって月管区工廠よりピオニーユニットへ極めて革新的な技術が提供され、ピオニーユニットの信頼性が格段の向上を果たした。
「これを受けニューピオニーユニットを全機へ搭載、モビルスーツの呼称を改め、ジム・ピオニアとする」

 “RGM-79Pa ジム・ピオニア” 予備機を含めて六機。

 ピカピカのモビルスーツを乗せ、サラミス改級巡洋艦ケセンマはたった一隻で暗礁宙域へ乗り込むべく月を飛び立った。




ーー第六話へ続く


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