ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 第二話「暗がりに潜むもの」 U.C.0083

アーサー・ドーラン戦記 ~宇宙世紀パイロット列伝~

第二話 月に蠢く者 消えたジオン軍

U.C.0083
月 グラナダ市 地下街 喫茶店

 あかぎれの男は運び屋だという。男の話を要約すると次のようになる。男は月の地下街を仕切る組織に属しており、アナハイムエレクトロニクス社の下請け企業へデブリやジャンクの回収品、ジオン残党が手放したモビルスーツ関係部品の納品を行っているというのだ。

「もちろん、適法ですよ。御上の怒りに触れるようなことはしておりません」
「私は司法方の役人では……」
「はい。そうしたお願いではないのです」

アーサーはひっかかる物を覚えながら、話を最後まで聞くことにした。

「ご存じのように、地下には反連邦の動きがございます。私らも身元のはっきりした労働者で賄いたくは思っとりますが……」
「出入りがあると?」
「はい、残念ながら。 それくらいなら、まぁ良くはありませんがこのご時世です、よくある話なのですが、数ヶ月前から問題が起きていまして」

あかぎれの男は急くように続けた。

「協定ルートを外れた荷が動いているのです。それもアナハイムとは別の」
「協定というのは?」
「地下での取り決めです。ショバの仕切りのことですな」

なるほど、マフィアの揉め事か。アーサーは男に分かるようわざと表情を曇らせた。アーサーの不機嫌を読み取ってなお男は話し続けた。

「肝心なのは、商売相手がアナハイムではない所です。」
「地球でバブルに乗り遅れた重工業連中ではないですか? 参入規制が敷かれた後も悪あがきを続けておるようですが」
「そうした連中なら必ず動きは分かります。 私、“耳”はいい方ですから」

ーーこの男、“元”ジオンか……

 地球連邦の喫緊の課題は戦後復興である。復興政策の要は市民生活基盤再生、コロニー再建計画であるが、お世辞にも順調とは言い難い。もう一つの課題が邪魔をしていた。
 つまりは、ジオン残党狩りである。連邦宇宙軍の両手を塞ぐ大仕事の一つであった。
 月は土地柄ジオンシンパの拠点となり易かった。戦後すぐにテロリストの蜂起を未遂に抑え込んだ事件が起き、その後も戦前から存在した独立派が残党と手を組んでモビルスーツを持ち込んだ事件など後を絶たなかった。大規模な摘発は二度三度では済まなかった。
 ジオンシンパと言えども穏健派はおり、そうした者たちは見せしめに吊るされた仲間を見て考えを改めた。今や月に馴染む道を選ぶ者が増えつつある。月でのシンパの活動は下火になりつつあった。
 そして、恐らくこの男も。


 地下組織はまだ残っているが、主要組織は内偵が進んでいるはずだ。いくら連邦が腑抜けといっても、ジオンシンパの動きを見逃すはずがない。
 見せしめに潰して報道させたのだ、残存組織にしたって知っていて泳がせているのだろう。

「ジオンが動いている、と?」
「それならもっと周到にやるでしょう。私が気になるのは正にここなのですよ、ドーランさん。
「連中動きが派手なんですな。初めこそコソコソしておったのですがね、先月などは連邦艦の哨戒中に堂々と出ていきました。
「荷が適法ならばそれは良いのですが、グラナダを発して真っすぐフォン・ブラウン市に向かったのです。アナハイムの船でないのに、途中で載せ替えもせんのですよ」

「アナハイムの息のかかった企業なら当然のことでは? つまり、アナハイムはあなた方以外に自前でも回収を始めた、と。こういうことではありませんか」

「それもおかしな話でしてね。アナハイムの回収屋はもっといい漁場でやってるんですよ。コンペイトウやら静止衛星軌道やらを、連邦軍の護衛付きでね」

 アーサーにも話が見えてきた。つまりこの男は、アナハイム以外に月で兵器の製造、売買を企てている輩がいると言っているのだ。しかし、それならもっと簡単な結論が出るではないか。

「それは連邦軍ですよ。 建前上、民間委託の体を崩したくなくてそんなことをしておるのでしょう。
「ただでさえ一企業と近づきすぎたが為に運輸局や商工会の怒りを買っているのです。内にも外にも言い訳ばかり、そのうえ中小企業の仕事まで奪っていると知られれば、突き上げは避けられません」

「それもあって、動けなかったのです。確たる証拠と……貴方にお会いするまでは」

 あかぎれの男は一枚のフィルムを取り出して、店主に見えないようアーサーの膝の上へ置いた。監視カメラの映像のようだった。

「荷がデブリなら適法です。元請けの不活化保障を付して入港することができます。しかし……」

 フィルムは薄暗がりのコンテナを映していた。年端もいかない子供が十数名、コンテナへ乗り込んでいく様子を。

「……これをデブリと呼ぶ者は、いったい何者でしょうな」



 アーサーは世界がスローモーションになる錯覚を味わった。自分は何を見せられているのだ?なにが起きているのか。
 数分にも感じられた刹那、息を止めていた自分に気が付きアーサーは鼻から深く息を吸った。顔を上げると、店主がカップを運んできたところだった。

「お待たせしました。サイド3の茶葉が入るようになりまして。お口に合うとよいのですが」
「ええ。   頂きます」



 深夜。アーサーはシャワーを浴びた後、数時間床に就けずにいた。
 ろくに思い出せないタルトの味と対照的に、紅茶の熱が舌から離れない。華やかな香りは未だ鼻を抜けているように感じられた。残り香は楽しませてくれない。アーサーの心は未だカウンター席に囚われていた。

 アーサーはあかぎれの男との邂逅に作為を覚え始めた。あれは仕組まれた出会いだ。しかしどうやって仕組んだのか。当日になって思い立った地下への散策。狙い撃ちできる訳がない。
 いや、今考えるべきはコンテナの子供たち、コンテナの行方だ。そもそもあれは何だ。コンテナに詰め込むなど、不法居住者の強制排除であるはずがない。
 人攫い……人身売買か。何のために。あかぎれの男の言葉通りなら、船は堂々とフォン・ブラウン市へ入港している。ジオン残党の芸当にしては鮮やかすぎる。ならば企業か?アナハイムにしろ他にしろ、子供なんて手に入れてどうする気か。それとも連邦が噛んでいるのか?

 思考が止まらない。ア・バオア・クーの戦場を思い出した。仲間を死なせたくない一心で、身の丈以上のことをやろうとして、自分が止められなかった。
 アーサーは初めて、この世の闇を垣間見た気がした。


U.C.0083
月 グラナダ 地球連邦軍基地

 アーサーの仕事は連邦宇宙軍の最も大事なお仕事、その一とその二だった。一つに、デブリの排除である。戦後すぐは連邦軍以外まともに船が出せず、どこもデブリの処理にてんやわんやしたものだ。
 主に中小企業の稼ぎ口として積極的に参入を推奨した(わけではなく、暗に他の仕事などないと押し付けて回った)結果、大手コングロマリットの支店やら親方日の丸フリーランス組合がノウハウを蓄えて、瞬く間に連邦軍の手を離れつつあった。

 コロニーの残骸など巨大なデブリは、軌道予測が終わればあらかた放置、航路の邪魔になるものを都度排除といった具合である。
 しかし見過ごせないほど巨大なデブリというものもあった。コロニーのベイ部分や艦船ドックが丸々残っているとどうなるか。連邦宇宙軍の大事なお仕事その二と密接に繋がっている。

 即ち、ジオン残党討伐である。武装組織が潜めるほど巨大なデブリはジオン残党の根城になってしまう。現に定期航路を荒らす海賊行為が、ジオンを名乗る反連邦テロリストによって引き起こされていた。

 アーサーは連邦宇宙軍でジオン残党狩りを担う部隊の一員として働いていた。
 頻繫にモビルスーツ戦になるので、大戦を生き残ったパイロットの多くがルナツーやコンペイトウに集められ航路の警戒とテロリストの索敵・殲滅の為に動いている。
 アーサーの所属部隊はグラナダを拠点に月の裏側を警戒している。グラナダは地球から見て月の裏側、サイド3を臨む方角であり、大戦中中立を謡っていたがキシリア・ザビに抑えられていた都市だ。
 大規模戦闘なく終戦を迎えそれ故に戦力を温存していたはずのグラナダ駐留ジオン軍は、終戦間際に忽然と姿を消してしまった。
 ア・バオア・クーへ向かった艦隊の他に、確かに存在が確認されたグラナダ残留部隊は、煙のように消えてしまったまま、終戦から三年いまだに所在が掴めていない。


 キシリア・ザビ少将、ジオン公国の首魁ザビ家にあってギレン・ザビ総帥と軋轢があったと言われる女傑である。
 ニュータイプを戦力として重用したとの情報や、大戦終盤のサイコミュ兵器投入に関する彼女の関与が明らかになるにつれ、連邦軍は消えたグラナダ駐留部隊の存在を無視できなくなっていた。

 もしも姿を消した部隊がニュータイプ部隊だったとしたら……強力なサイコミュ兵器に対抗できる力はまだ育っていない。ホワイトベース隊を除き連邦にニュータイプ部隊はなく、そもそもホワイトベース隊がニュータイプ部隊であるとの噂もプロパガンダ的に体よく利用しているに過ぎない流言であって、連邦のニュータイプ研究は(少なくとも兵器運用という面だけを見れば)まだ結果を出せていなかった。

 グラナダ基地の連邦軍は目下消えたジオン残党の捜索を主任務としていた。


ーー第三話へ続く


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