ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 第三話「月の魔物 前編」 U.C.0083

アーサー・ドーラン戦記 ~宇宙世紀パイロット列伝~

第三話 ニューアントワープに巣くうジオン残党

U.C.0083 某日
月 ニューアントワープ市 天文気象観測所

 ニューアントワープ、グラナダの目と鼻の先にある月面都市である。閑静な住宅街を抱えるルナリアンのベッドタウンだ。
 軍事施設・工業施設が少ないこともあり、就職のためグラナダやフォンブラウンへ移り住む者もいる。行政機関の一部はグラナダ行政府の仕事を分担しているので政府関係者がやや多い。
 高所得者が多く市民の生活水準は高い。戸建て住宅が立ち並ぶエリアは、景観コードを遵守するよう求めるだけあって旧世紀の街並みを思わせる。フォン・ブラウン市ともコロニーの街並みとも違った、歴史ある景観を誇っていた。

 港は大きいが、地球やフォンブラウンからの荷は決して多くない。代わりにすぐそばのグラナダの大規模港湾施設に輸送を頼っている関係で、定期便が頻繁に行きかっている。軍関係施設は小規模な観測所があるのみで基地と言えるほどの能力はなかった。

 月の人々は大っぴらに連邦軍が駐留するのを嫌う。彼らは未だ独立志向が強い。強いと言ってもジオンほどではないが……
 その辺りを弁えているからこそ、表立って反連邦を叫ぶことはない。しかし本音は違う。

 連邦艦の寄港はいつだって極端に短い滞在期限を提示されるから、港湾係は口喧嘩が絶えない。汚らしい罵りあいが得意な者は早々にコンベアセクションへ異動する。後ろ盾の大きさ比べという、よりちっぽけな口喧嘩で事を収める手腕こそ、港湾係の必須条件なのだ。
 何事も他責・傍観・事なかれ。ルナリアンの心得であった。


 グラナダ側の都合でなんのかんのと早めに切り上げさせられる寄港にも慣れたが、もう少し根性を見せてほしい、とアーサーは口に出せない愚痴を何十回と反芻していた。
 グラナダにいるのに自宅へ寄れない寄港はストレスの元である。慣れつつある自らに活を入れるべきか、サイド6の家族の元へ移住を考えるべきか。さりとて地下街の件は無視できない。喫茶店のこともあればマンションを手放すのは余計に惜しい。いつもの堂々巡りであった。

新たな指令が下りグラナダを発したサラミス改級巡洋艦『ケセンマ』は、月の裏側を通過する大型デブリの調査・排除の為、ニューアントワープの連邦軍観測所でデブリの観測記録と新装備を受領する予定である。

 わざわざニューアントワープまで出向くのには、ルナリアンと連邦の微妙な駆け引きがあること想像に難くない。目と鼻の先のグラナダで受領すればよいものを、軍艦を見せつけるように入港するのだ。ニューアントワープ側の、更に言えばグラナダ行政府の後ろ暗い事情につけこみたい連邦軍の意向が垣間見えた。


 月面天文気象観測所。旧世紀の世界気象機関を起源とする連邦の天文観測機関の一つである。宇宙世紀以前、太陽風や隕石の観測・予測のため宇宙空間に複数設置された観測機器との通信を目的とし、主に月の裏側を担った観測所であった。
 現在、観測機器は戦火で失われほとんど機能していない。ミノフスキー粒子の影響甚大につき、専ら光学観測と官民問わぬ船舶等から寄せられる観測記録の集積分析が主な役割となって久しい。

 ミノフスキー粒子の通信機器への影響を回避・軽減する研究を独自に行っているが、成果は芳しくないようだ。
 光学観測の重要性が増した時代に注目を集めている光学機器メーカーと違い、素粒子や波の性質を研究しているとのことであったが、成果が伴わない研究所は連邦内で発言力が低下していた。

「機器はモビルスーツに搭載して運用します。パイロットは後程講習を受けて頂きます」
「マニピュレーターで握って使え、ということですか?」
「そうではありません。ヘッドユニットに装備するハードウェアと操作用インターフェースを追加するだけです」

 まるっきりテストチームの仕事である。得体のしれない装備で実戦などごめんだ。アーサーは訝しんだ。


U.C.0083 某日
月 ニューアントワープ市 外縁

 ニューアントワープからさらに外れた月の砂漠。グラナダ開設の極めて初期に使われた月資源採掘施設。ここで複数のモビルスーツが建造されたことを連邦軍が知ったのは、デラーズフリート蜂起、世にいう「デラーズ紛争」の後である。

 前大戦中、高性能・新装備開発と既存機体の性能向上を目的とした極秘計画が、ジオン軍内部に複数存在した事実が戦後の詳細な調査で判明した。その製造ラインは連邦軍に接収されたものを除き、機密保持のため全て破壊された……はずであった。連邦のあずかり知らぬところ、詳細な設計データと製造プラントの一部が運び出され、ジオン軍残党によって今日現在も稼働している。

 その一つが、渓谷の深く、入り組んだ地下採掘場跡で息を殺し佇んでいた。

 今、一機のモビルスーツが産声をあげる。

「いやはや。こんな形で受領するとはねぇ」
「コクピットの問題は解決しきれていませんが、現状でも9割近く……」
「いいんですよぉ私が乗るわけじゃないので。 動かしながら追い追い、でね」

 機付長の言葉を遮って、男は無関心な様子で掌を振る。小柄だ。童子のような可愛らしい顔、切れ長の目は薄く閉じられている。身体に吸い付くようなパイロットスーツの下は、不釣り合いなほど筋肉が盛り上がっていた。格闘家のような体つき、成人に違いない。しかし無邪気そうな顔面は見る者を騙す。
 年齢不詳の男は後ろに控える数人を舐めまわすように眺めてから機体に向き直った。

「お客様がいらっしゃいました」

 か細い声音が男を呼んだ。静まり返った地下に靴音が響く。護衛の兵士に誘われスーツ姿の男が現れた。笑顔を湛えているが本心からではなさそうだ。営業スマイルというやつだろう。しかしどこか余裕を感じさせた。よく言えばフランク、見た目通り受け取れば見下されている。そんな笑顔でスーツ姿の中年男は右手を差し出した。
 世に月の支配者と呼ばれ、専制君主を気取って憚らない者たち、すなわち……

「はじめましてアナ……」

「いやいやいや常務ぅ、今更自己紹介は結構ですよぉ。
「散々聞いておりましたからね、お声“だけ”は」

 儀礼的にも握手を交わす意思はなさそうだった。
 常務と呼ばれた男は表情を変えずに押し黙る。目の前の男がそれと分かるよう、嫌悪の情を視線に載せたまま。童顔男が意に介さず捲し立てる。

「ここでは賄えない部品のご協力、感謝申し上げます。
「勿論データは全て買い取って頂きますが、ご厚意とデータでお代はよしなに……ええ。助かりますぅ。ふふふ。
「あぁー……そうそう」

 何か言いかけて童顔男はわざと数秒、唇を真一文字に結んで見せた。会話の主導権を握っているつもりだろうか。ねちっこい話し方といい、人を苛つかせる技術で右に出る者はないと思えた。

「言えた義理ではないのですがぁ…… “あちら” にはもう少しマシなモビルスーツをお願いいたしますよぉ。
「我々と違って! お代をお支払いするのですから……ふふふふ」

「先方とは話がついています。貴方々への納入と同じではお身内相手にアシがつきかねません」
「あーら商売上手。  で合ってますよね?こういうとき」

「とにかく、月では遠慮してくださいよ。いざこざは宇宙(そら)で」
「ええ、ええ。心得ておりますよぉ。 常務」

 用は済んだとばかりに踵を返すスーツ姿を見送りながら、童顔男は目だけ笑って見せた。しかし、常務と呼ばれた男が立ち去るまで、後ろに控え続ける子供たちは誰一人笑っていなかった。


U.C.0083
月 ニューアントワープ市 外縁

 受領した新装備のテストを兼ねて、アーサー小隊は砂漠の上を哨戒飛行していた。月の砂漠はサイド建設の為にあちこち掘り返されている。採掘施設が解体されずに残っている場所も少なくない。戦後すぐ軍が調べ回ったが、調査後にテロリストが住み着いた恐れがある。それを匂わせる情報も掴んでいた。

 今回の寄港の真の目的、ニューアントワープ市に潜むジオンシンパへの示威行動と行政府への圧力。数ヶ月後に観艦式を予定していることから分かるように、連邦軍は力を誇示したがっている。戦勝国の威厳を誇るべく月やサイドでの活動を活発化していた。

 月は大規模戦闘こそなかったが戦闘は何度も起きた。大戦中、連邦に協力的なレジスタンスが機動兵器を運用した記録もある。月の裏側はジオン本国を臨めるため、連邦軍がマスドライバーを用いてジオンを狙う等、ジオン軍の抵抗が激しくなる理由もあった。
 ニューアントワープ近郊は不発弾、モビルスーツの残骸など未だ危険デブリが残っている。発着場や訓練場から遠いので危険は低いが、連邦軍の哨戒ルートがカバーしきれておらず民間人も寄り付かないため監視の穴が広くなるのだ。

「こちらマリアンナ。通信状態は極めて良好です。 これ観測機器なんですよね?」
「ミノフスキー粒子の干渉波を利用してるそうだよ。ミノフスキー干渉波形分析逆探知システムの小型試作機に相当するデバイスが、余力あるから他にも補正をかけてるって、研究員さん説明してたでしょ?」
「それでどうして通信がクリアになるのよ?」
「よくある統計推論モデルの利用じゃないってことだろう。復元系推論AIが優秀なんだよ、きっと」

ーーなるほど。  わからん。

 マモル曹長の説明を聞いたところで今一つピンとこないアーサーであったが、どうやらこのデバイスが優秀らしいことは分かった。
 装備の更新が滞っている現状、使えるものなら何であれありがたい。ジム改へのアップデートの話は影も形も見えてこない。ジムⅡ計画なんて初報っきりで音沙汰なし。いつになることやら……

 アーサー小隊はジム三機編成。アーサー・ドーラン少尉、マリアンナ・ジーノ曹長、マモル・ナリダ曹長の三名はソロモン攻略戦から轡を並べる気心の知れたチームだ。

 サラミス改級『ケセンマ』にはもう一小隊乗艦している。オイカワ少尉率いるオイカワ小隊は極東戦線を生き延びたつわもの揃いだ。練度が高く、信頼の厚い仲間で構成された頼もしい隊であった。
 彼らのジムは新型デバイスを装備していない。代わりに一足先にグラナダで受領した装備が渡っていたが、ビーム兵器の出力不足解消・継戦時間延長の名目で渡されたのが新型火薬採用の実弾装備というのは、本当にジオン残党を狩るつもりがあるのか疑わしい気にさせられた。

ーーコマンドのビームライフルはもっと優秀だって話じゃないか。そいつを回してくれりゃいいものを

 連邦軍のモビルスーツ配備事情など知る由もないアーサーの脳天気は、ヘッドユニットの為に追加されたモニター表示に引き戻された。
 高速移動物体ありーー小舟のようだがブリーフィング時に航行計画は見当たらなかった。モニターは慣性航行から重量と荷の予測を表示している。デブリの認知識別のための機能だったが、それ以上に有用なものかもしれない。

 71%ーークラス モビルスーツ

 無線の向こうでマモルとマリアンナに緊張が走ったのが分かった。身体が戦闘態勢を取る。ケセンマへ連絡、ニューアントワープへ照会を依頼する。アーサーは二人を上昇させ小舟の逃げ道を塞ぎつつ、慎重に自機を寄せた。

「こちら地球連邦軍 巡洋艦ケセンマ所属、アーサー・ドーラン少尉です。
「貴船の航行計画が提出されておりません。 貴船の所属と目的地をお教え願います。
「ニューアントワープへ照会を取りますので、通信へ返答願います。
「ご協力願います。 民間利用には事前申請が必要です。 航行計画が未提出の場合は速やかに提出願います」

 返答がない。ケセンマから該当船舶無しのメッセージが届くのと同時に、小舟がハッチカバーを開いた。上甲板が開かれて、大型コンテナが姿を現す。他の荷は見当たらない。
 小舟は未だ慣性航行を続けている。エンジンを吹かす様子はない。返答の意思は見て取れなかった。

 重々しいコンテナが舟から完全に離れて浮き上がる。不明船が止まる様子はない。マリアンナ機が不明船の頭を抑えにかかる。アーサーとマモルとマリアンナ、三機で小舟を取り囲んだ。

「こちらは地球連邦軍 巡洋艦ケセンマ所属 モビルスーツ小隊である。
「貴船は連邦法に違反している。 船を止め、航行目的を申告せよ。
「指示に従わぬ場合は、連邦法に則り臨検する」

 コンテナとの距離が離れていく。再びの呼びかけを無視する不明船に、アーサーがいよいよ接触回線で呼びかけようとマニュピュレーターを伸ばしたその時、投棄されたコンテナが開きだした。

 縦に回転しながら観音開きに封印が外れてゆく。垂直に立ち上がってしまったコンテナは弱い重力に引かれ、月面の渓谷へ落下し続けていた。
 コンテナカバーが動くにつれ、みるみる暗がりが剥がれてゆく。間を置かず紅い光が灯った。モビルスーツの一つ目が、アーサーを見上げ、睨み据えた。


画像解析。データベース照合。
機種該当ーー MS-11 アクトザク

 月の砂漠に、ジオンの亡霊が蘇った。



ーー第四話へ続く


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