ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 第六話「暗礁宙域」 U.C.0083

アーサー・ドーラン戦記 ~宇宙世紀パイロット列伝~

第六話 暗き海原に大義の旗が翻る

U.C.0083 6月某日
旧サイド5 暗礁宙域 ジオン軍残党拠点 茨の園 近傍

 連邦軍がジオン軍に大敗を喫した、一年戦争劈頭の艦隊戦、即ちルウム戦役。その亡骸の佇む海。しかし、船の墓場と呼ぶにはいささかスケールが大きすぎる。
 旧サイド5ルウム。人工の大地に根を張り、子々孫々繁栄を夢見た人類のフロンティアは今や見る影もない。戦火に焼かれたコロニーと夥しいデブリ。岩石、モビルスーツ、戦艦、航宙機、家、車、学校……

 ここに人の帰りを待つ灯りはない。魂の抜け殻と文明の痕跡が凍り付いていた。

 サイド5の名で呼ぶ者はもうおらず、人々は『暗礁宙域』と呼んでいた。


 暗礁宙域に張り巡らされた通信用プローブ、巧妙に偽装された岩石の一つが、デラーズフリートを名乗るジオン軍残党組織から返答を返すまでの間、クェイカー・モウィン大尉はムサイのシートであくびを嚙み殺していた。

 グラナダ地下街の志願者と月採掘場製のMS、アナハイム製の軍需品に連邦軍作戦計画など少なくない手土産を持参した訳だったが、受領の返答に随分と待たされるものだ。もっとも、自分とて物資を頂戴する身ゆえ、積み込み完了までは気が抜けないのだが。

 物資搬入完了の合図とほぼ同時に茨の園より受信した。返事はテキストで返された。つまり……

「顔も見たくない ということですか。さすがですね」

 予想していたとはいえ、よもやここまで潔癖症とは。クェイカー大尉はおかしくなって顔が綻んだ。

 デラーズ一派はフォンブラウン市で暗躍していたがいささか目立っていた。アナハイムに潜り込んでいるのはジオンだけではない。連邦のスパイ、戦前から存在する月独立派、彼らへの抑えがきいたのはクェイカー大尉の尽力であり、連邦にパイプを持たないデラーズ如きが事を成せるなどと、思い上がりも甚だしい。そう考えていたので、義理堅い古株ならではの礼の一言もあるかと期待していたが、やはり石頭は石頭だったようだ。

『禁足地につき早々にお帰り願う』 謝辞一言添えて寄こさぬ傲慢。相変わらずギレン親衛隊の厚顔不遜は度を越している。

 心配しなくても、彼らと違い連邦につけられる間抜けではないのだ。ムサイ一隻を囮に追跡部隊はまいてきた。ニュータイプ部隊の実力を分からぬ愚か者たち。所詮はギレン派、夢想家どもの寄せ集めなのだ。

「ニュータイプの真価を解せぬ旧人類め」

 真実争いのない世を導ける者は我らの他にない。キシリア・ザビの先見性はニュータイプ研究のみにあったわけではないのだ。曖昧なニュータイプ論に数値的な指針を与えた、そのことにある。キシリア様は愚民が愚民のままニュータイプへ変革する可能性をすら見越しておられた。即ち人工ニュータイプである。グラナダの被検体はお世辞にも完成品とは言えなかったが、一般兵では到達できないステージへ上がる可能性をみせていた。一方サイド6の研究所は天然ものに固執しすぎていた。

 グラナダで得られた研究成果は、人類がいずれ開く扉の存在を示唆していた。軍事研究に偏りこそすれ、扉の前まで辿り着いた我ら。やはりキシリア様の理想を継ぎ、人に革新をもたらせるのは人工ニュータイプをおいて他にないのだ。クェイカー大尉は持論の正しさを確かめていた。
 ニュータイプの自然発生をのんびり待っていたら人類は滅んでしまう。導かねばならない。古き者を従え新しき世へ。愚かな大衆が手に手を取ってニュータイプの門をくぐるその時まで。

 物資は受領した。彼らが何を企むにせよ、テロリズムで世を変えることなど出来はしない。

「妄執に憑かれたオールドタイプ。 過去を抱いたまま溺れなさい」

 デラーズに扱えなかった目録を一瞥してクェイカー大尉は茨の園を後にした。


U.C.0083 6月某日
サラミス改級巡洋艦ケセンマ モビルスーツデッキ

 ジム・ピオニア調整のために乗艦した整備主任がいうところは、掻い摘んで以下の通りであった。

 連邦軍で進行中の主力量産機開発計画は実に様々なアプローチが試みられている。曰く、運動プログラム改良や照準補正に留まらない、コパイロットプログラムの搭載を目指す計画が存在する。操縦補助より踏み込んだ、意思決定・判断を行うプログラム。まだまだ理屈の話であるが、自動操縦・無人機開発の線上に位置する計画の目指す頂は高い。パイロットの負担軽減と生存性向上、果ては効率的な部隊編成・運用など新たなMSドクトリン構築までをも視野に入れている……らしい。

 らしいというのは、飽くまで遠大な夢が広がっているだけで現状は初めの一歩を踏み出そうとしているに過ぎないのを自覚しているから出た語尾なのだった。見通し不確かな開発側の偽らざる胸の内を口にしてしまったのだろう。お互い大変ですねと労いの言葉を交わすのが胡乱な大人の態度である。

 胡乱な大人のアーサーとしては大変ですねと返すところだが、しかし命を預ける機体に得体のしれないプログラムが搭載されるとあっては、如何に軍令と言えど何か言わずに引き下がる訳にいかぬ。

「それなら問題ありません。現状コパイロットが勝手に機体を動かすことは絶対にありません。というよりできませんので。RX計画に倣って学習させている段階ですよ」

 ひと悶着覚悟していたアーサーは、ここ数日の不安をため息に乗せて吐き出した間抜け面をしっかり見られてしまったが、技術主任と打ち解けられたので良しとした。

「もっと苛烈な方かと思っておりましたよ。 例のドラマじゃ……」

「あれは創作です!フィクションなんです。 演出過多なんだ、機体の音声記録をさらえば分かります。あんな臭い台詞は一度も口にしちゃいない!」

 アーサーは戦後放送された広報番組に出演したことがあった。地球連邦軍全面協力の下インタビューと再現VTRで構成された約一時間のフィルムは、広報課の “監修” のおかげで熱血友情ストーリーに仕上がっていた。戦後すぐに制作された番組だが、技術主任曰く三年経った今でも深夜に再放送されているらしい。忘れかけていた恥ずかしさが蘇った。

 技術主任と再現ドラマの粗を指摘しながらコーヒーブレイクを交わした。作戦中だというのに、こんなに穏やかでいいのだろうか。必ず戦闘になるのに。アーサーは、グラナダを発つ前より落ち着いている自分が奇妙に思えた。


U.C.0083 6月某日
月ー暗礁宙域 宇宙空間

 ケセンマMS小隊は、ジム・ピオニアの完熟飛行を兼ね新たなフォーメーションを試している。現在MS小隊は五機編成。マモル・ナリダ曹長、マリアンナ・ジーノ曹長に加えオイカワ小隊から二名のパイロットがアーサーの指揮下に入った。両名とも極東戦線を陸戦型ジムで生き延びたつわものである。

 ホス・シャークス少尉は接近戦に強くインファイトスタイルを好んだ。大戦中の負傷で足が不自由だったが、アナハイムが戦後取り組んだ傷痍軍人用筋電義足の被験者を買って出て、今や健常者と遜色ない働きを見せている。踏み込みの鋭さと度胸はマリアンナ曹長以上だ。

 ヤスコ・キッシンジャー曹長は、ホス少尉と対照的にパイロットには珍しく物腰の柔らかな女性だった。味方の隙を潰す支援射撃を得意としている。戦後キャノンタイプモビルスーツのスラスターレイアウトバリエーションを検討する際、月面でテストパイロットを務めた経験もあった。


 全機展開するならば前衛三機、後衛二機に展開し、母艦前方をカバーする布陣を取るべきところだが、向かう先はデブリの海だ。暗礁宙域では全方位への警戒が必要になる。そこで二機編成を二組作り、索敵を重視した布陣を敷くことにした。

 この布陣は脅威の早期発見と索敵範囲の広さに強味がある。これはジム・ピオニアにはうってつけだった。光学観測機能を強化した月工廠(の看板でアナハイム)が開発したジムヘッドにピオニーユニットを組み込んだため、センサー有効半径は連邦軍MSではトップクラスに伸びている。索敵範囲はミノフスキー粒子戦闘濃度散布下にあっても通常の倍近い距離を出していた。

 高度な補正処理を行えるジム・ピオニアなら前衛から中継機、指揮官機を経て母艦までを繋ぐ長距離索敵陣形を敷くことも可能だった。

 当然デメリットは認識している。防衛力の低下だ。索敵範囲を広げればそれだけ味方のカバーが手薄になる。連携が取り難い布陣は敵に突破されやすくなり生存率はおのずと下がる。

 ケセンマに控えのMSパイロットがいない以上、一人の離脱が大幅な戦力低下を招くのは火を見るよりも明らかだった。

 不意打ちには備えたい、しかし敵の庭で味方が離れては危険が増す。暗礁宙域で長距離索敵陣形は使えないだろう。二機を離さず実弾とビームライフルで状況に素早く対応することとした。幸いピオニアの最新OSは装備切り替えモーションが最適化され、ジム改比で0.5秒の短縮を果たしていた。

 暗礁宙域が目前に迫っている。アーサーは任務の重責を感じながら、凪いだ海に自らの心を重ねていた。


U.C.0083 6月某日
暗礁宙域 浅瀬 船の墓場

 クェイカー・モウィン大尉が率いるジオン軍残党部隊は、今のところ海賊である。人類を導く行いとは言い難いが背に腹は代えられぬ。補給の当てがアナハイムのみというのは些か心細く、事実物資は困窮していた。サイド6のジオンシンパが穏健派に牛耳られて久しい。今や月の他に頼れるのは己の腕と民間船の積み荷であった。

 しかしそんな生活もようやく終わりを告げる。蒔いた種が芽吹きそうなのだ。宇宙と地球の対立は終わっていない、むしろこれから。一年戦争は人類の半数を死に追いやったが戦いはこれからなのだ。反連邦の芽は必ず芽吹く。ただ、あと一押しが必要だった。

 地球圏最大規模のジオン軍残党、デラーズフリート。彼等の思惑を越えた所で世界は動いている。クェイカー大尉は最後の仕事に取り掛かるべく、ムサイの進路を地球へ向けた。


U.C.0083 6月某日
暗礁宙域 浅瀬 サラミス改級巡洋艦ケセンマ

 MS隊は暗礁宙域手前で長距離索敵陣形を解き、MS二機の哨戒飛行に移行した。

「ケセンマより哨戒機へ。ミノフスキー粒子干渉波に感あり。敵は目と鼻の先にいるはずだ」
「マリアンナ機異常なし」
「キッシンジャー機同じく」

 参謀本部の示したジオン軍残党の規模は、アーサーの想像よりも小さかった。海賊被害にあった民間船舶の航路とジオン残党の活発な活動域が重ならない。作戦目標はよりにもよって暗礁宙域の浅瀬である。深部に大規模施設を隠し持つと思われたが、意外にも大掛かりな組織ではなかったということか。
 アクトザクに長距離ビーム……運用コストは馬鹿にならないはずだ。これほどに小規模な部隊であるだろうか。艦長も同じ考えのようだったが、根拠に乏しい想像は目を曇らせる。指揮官が顔に出すもんじゃないぞと艦長室で釘を刺されたのを思い出した。

「キッシンジャーよりケセンマ。 戦艦と思しきスラスター光を確認!」
「哨戒機は戻れ。 第一種戦闘配置! モビルスーツ、まだ出るなよ」

 画像解析はムサイ級の燃焼光と断定された。ケセンマは敵に気取られぬようゆっくりと進路を変えた。


同時刻
暗礁宙域 浅瀬 ムサイ ブリッジ

「敵です。 200名弱ーー強いものは感じません」
「巡洋艦でしょうね。 一隻で追討……けっこうけっこう」

 小柄な少女が不釣り合いなほど大きなヘルメットを被ってブリッジに座っている。ヘルメットは数本のケーブルで艦のコンソールに接続されており、オペレーター席以外は空席であった。
 クェイカー・モウィン大尉は“レーダー”の報告に満足そうだった。追手は一隻。まずは連邦への抑えが効いていることを良しとしよう。その上で……

「追いつかれるのは面白くありませんね。 この際デラーズの鼻先を横切っても構いません!振り切りなさい!」

 ムサイは転進、茨の園へ逃げ込むように駆けだした。


同時刻
サラミス改級巡洋艦ケセンマ モビルスーツデッキ

「敵艦深部へ転進! 最大船速で追跡します」

 ムサイ級の反応が早い。ケセンマの存在が露見したと考えるべきだろう。慎重策は失敗した。こうなれば浅瀬で叩くのみ。
 18mのジム・ピオニアがカタパルトから軽々と撃ちだされる。アーサーはビームライフルと90mmマシンガンを装備してフォワード位置へ飛び出した。

 ホス・シャークス少尉はアーサーと同じくビームライフルとマシンガン、マモル・ナリダ曹長は長射程ビームライフルを装備して二機の援護。マリアンナ・ジーノ曹長とヤスコ・キッシンジャー曹長は艦の直掩についた。

「ムサイ級よりMS発艦を確認。 3機!」

 オペレーターに一拍遅れてジム・ピオニアのコクピットが敵の姿を捉えた。ザクが三機。

「先手を取る。ビビらせてやれ」

 アーサー機の高出力ビームが先頭のザク目がけて奔る。ホス少尉も続いて高収束モードのビームを間隔を空けて連射した。敵は出鼻をくじかれて母艦の傍で失速した。並みのパイロットなら肝を冷やしたはずだ。

 これを待っていたマモル機がビームの集束率を下げ、連射間隔を狭めてビームの雨を浴びせる。二人のビームライフルチャージの隙を潰しながら、敵のフォーメーションを崩した。アーサーとホスが一気に距離を詰める。二人はあっという間に近接戦闘の間合いに辿り着いた。


同時刻
茨の園

「馬鹿者め!! なんと身勝手な」

 クェイカーの艦が浅瀬をウロチョロしていれば、いくら連邦が腑抜けでも見逃すはずはあるまい。さりとて今艦を動かすわけにはいかない。ここにいますと教えるようなものだ。

 エギーユ・デラーズ率いるジオン軍残党組織「デラーズフリート」その一隻、ムサイ級巡洋艦ジャスルイズのローズウッド艦長は決断を迫られていた。

「閣下、我が隊のMSを出します」
「今連邦に気取られる訳にはゆかぬ。 やってくれるか」
「お任せください。不忠者もまとめて始末して御覧に入れましょう」
「逸るな、ローズウッド。 追い払うだけでよい」

 ブリッジモニターの向こうから、デラーズフリート首魁エギーユ・デラーズ本人が事態の好転を図ってローズウッド艦長を頼っていた。


 連邦艦一隻、釣りだすなど造作もない。閣下の温情で見逃してやっていた不忠者は恩をあだで返す腹づもりらしい。大義なきものがジオンを名乗るだけでも許しがたいが、幼稚な裏工作にまで手を染めたと聞く。野放しにしておけばいずれジオン再興を阻む障害となろう。この機に始末するのもよい。

「MS隊発進急がせ! “少佐”の手を煩わせるな、貴様らだけでやれるところをみせてこい」

 ジャスルイズに乗艦するMSパイロットは殆どが元学徒兵だ。ア・バオア・クーで死に損なった学徒兵も今やいっぱしの男の顔をするようになった。いつまでもエースにおんぶに抱っこでは、他の艦へ示しがつかない。男を上げる時がきたのだ、とローズウッド艦長は考えていた。

 ジャスルイズ所属MS隊、総勢六機。全機に出撃が命じられた。その中には茨の園が開発した宙間戦闘用MSの姿もあった。
 熱い血を滾らせた若者が、ジオンの御印を胸に、暗礁宙域へ飛び立った。




ーー第七話へ続く


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