ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 プロローグ⑥(終) ~U.C.0080.01.01

アーサー・ドーラン戦記 ~宇宙世紀パイロット列伝~

プロローグ6/6 ソロモンの幽霊、アーサーの憂鬱、星一号作戦

U.C.0079 12月某日

 宇宙要塞ソロモンは連邦軍が制圧した。今は居抜き作業の真っ最中だ。こういう時こそアーサー達の出番のはずだが、トーメ護衛小隊は宙域監視に駆り出されていた。
 ザク一機撃墜の功績が高く評価された、などということはない。手の空いているモビルスーツパイロットが自分たちだっただけの話だ。
 暇な訳ではない。モビルスーツを用いて要塞の改修と補給受け入れ作業を同時進行で行っているのだが、補給物資のロジがつまってしまい今しばらく調整が必要なため動けずにいたのだ。

 ソロモン攻略の大任を果たし、英雄として入城するはずだったティアンム提督は、敵大型モビルアーマーの強襲を受け戦死した。ワッケイン司令が辣腕を揮っているはずなのだが、コンペイトウ司令部が落ち着くようすはなかった。きっとすぐ次の作戦が……

 監視任務がようやく終わろうという頃、不思議なことが起きた。他の隊のモビルスーツが見当たらないのだ。
 アーサー率いるトーメ護衛小隊はデブリの濃い場所を密になって警戒していたので、それぞれが仲間を見失ってはいなかった。しかしデブリの薄い宙域を浅く広く警戒していたモビルスーツが戻ってこない。
 ミノフスキー粒子濃度は溺れそうに濃く、先の戦闘で撃墜されたモビルスーツが金属デブリとなって漂っており、強烈な電波障害が続いていた。

「え? 誰か、何か言いましたか?」
「どうした、マリア?」
「隊長、なにか聞こえませんか?」

ーーなにかって……
ラ…… ラ…… ラ……

 マモルとマリアが近寄ってきた。接触回線で様子を伺おうとしたその時、閃光がモニターを焼いた。

「きゃああああああ」

 機体が揺れた。アラートが響いた。背中を嫌な汗が伝い、足の裏が冷たくなるのを感じた。

「マリア!?」
「索敵! どこからだ!」 マモルに索敵を促しながらアーサーは手動で索敵プログラムを走らせた。
「わ、わかりません、周辺に熱源無し、攻撃方向不明!敵機見えません!」

 攻撃されている。しかし周辺に敵が隠れられるほど大きなデブリはない。索敵プログラムを走らせているがモニターには何も映らなかった。
 マリアンナ機が体制を立て直し、近距離通信で無事を報せた。

「隊長、大丈夫です、動けます、後退しましょう」

マモル機がマリアンナ機を支える。アーサーは後方に警戒しながら殿を務めた。まだ敵は掴めない。

ーー何に撃たれた……

 ソロモンへ降りて異常を伝えるとすぐにモビルスーツハッチが開き、マリアンナ機とマモル機は退避した。アーサーはハッチから少し離れたところで監視を続けた。

「まさか他の隊も……」

 間を置かず戦闘小隊がスクランブルで上がってきた。彼らと入れ替わりにアーサーはソロモン内部へと戻っていった。


 30分後、戦闘小隊は敵を見つけられずに帰還した。代わりに見つけたのはコクピットを撃ち抜かれたジムの残骸だった。アーサー達とともに監視に出た、別の隊の一機だ。
 直ぐに監視プローブが増設され、緊急ハッチは狙撃地点に近すぎるため危険と判断され使用禁止になった。幸いハッチはあちこちにあるので困らなかったが、監視強化の皺寄せはアーサー小隊にも影響した。デブリの薄い宙域の監視は倍のモビルスーツを充てることとなり、アーサーとマモルは翌日も動かざるを得なくなった。

 マリアンナの負傷は軽かった。ジムは左腕を損傷したため修理に回された。

「わたし、明日からボールかな?」
「寝てなよ。怪我してんだから」

 恐る恐る聞くマリアンナに、マモルは軽く笑いながら答えた。心配させまいとの彼なりの心遣いだろう。マリアンナも冗談めかしてみせているが、大規模戦闘の直後の不意打ちで動揺しているはずだ。

ーー俺がしっかりしないと。


U.C.0079 12月某日

 まもなく大規模侵攻作戦が実施される。目標は知らされていない。月のグラナダか、ア・バオア・クーか。宇宙要塞ソロモンが墜ちたことで、ジオン側から停戦の申し入れがあるだろうというのが兵たちの意見だった。しかし、今日までそのような話は聞こえてこない。水面下で如何な交渉が図られているか不明だが、目の前の敵は徹底抗戦の姿勢を崩していなかった。
 地上から上がってきた血気盛んな連中は、このままサイド3へ攻め込むべきと言って憚らない。アーサーはそんな雰囲気になじめず、待機所に寄り付かなくなっていた。

 ソロモンは地球連邦軍の威容を抱えていた。アーサーが知る限り配備されたジムは三桁どころではない。チェンバロ作戦に参加したジムの総数すら未だ不明だったが、ソロモンにはそれ以上のジムがあるように見えた。
 自分の機体を見上げながら、改めて戦争のスケールに言葉を亡くした。同じドックにエースパイロット用のジムが並んでいた。宇宙戦用にスラスターを増設したタイプだ。ビームライフルも標準仕様のスプレーガンではない。頼もしく見えた。

 恐れることはないーー歯の外に出ない言葉を吞み込んで、アーサーは情けなくなってしまった。

ーーアンナとマモルが、俺を頼もしく思ってくれていれば……

 エース用のジムを目にして安心しようとした自分がちっぽけに思えた。アーサーは、それ以上何も考えられなかった。


U.C.0079 12月29日

 作戦目標は極秘だった。ジムとボール、パイロット達がトーメの腹に収まり出撃を待っていた。

「艦長より達する。星一号作戦開始。目標はア・バオア・クーである。進路、ア・バオア・クー」

 宇宙要塞ア・バオア・クー。サイド3を守る最後の砦だ。つまりーー

ーージオンを直接責めるに等しい。玉砕覚悟の迎撃にあうぞ。

 アーサーは恐ろしかった。ソロモンで戦ったザクは、自分の攻撃を余裕で躱してみせた。マモルが真後ろについていなければ、すれ違いざまに撃たれていたのは自分だったかもしれない。ジオンのパイロットは連邦よりーー自分よりずっと強い。
 3対1で戦えたのは運がよかったからだ。

ーーもし1対1なら……


U.C.0079 12月31日

 トーメはア・バオア・クーの頂点の一つ、サイド3を臨むNフィールドへ向かう艦隊の後方に位置した。艦砲射撃と物量で味方が戦線を押し込んだ所で艦載機を放出し、そのまま戦場での補給にあたる手筈だった。
 宙域が明るく光りだした。ビームの、ミサイルの、要塞火器の光だった。モビルスーツのスラスター光、戦艦の噴射光だった。ひと際眩いものは戦艦の爆発だ。一つの爆発で、数十人から数百人が散っているのだった。

 格納庫に入りきらないジムが甲板に立って整列していた。30機以上のジムがビームライフルとシールドを携え、ア・バオア・クーを睨みつけている。
 爆発寸前の闘志を滾らせていた。

「モビルスーツ全機発進!! 全機発進!!」

 整然と、何の不安もないかのように、モビルスーツが艦を離れていく。頭をア・バオア・クーへ向けたジム達は胸を張っているようにさえ見えた。
 既に戦闘は始まっている。向かう先は光の洪水だ。
 一糸乱れぬ発艦は改良されたプログラムの賜物だったが、着艦プログラムが機能する機体は恐らく半数もないだろう。死にに行くわけではない、しかし帰れないことなど承知なのだ。

ーーどうしてあんなに勇ましいんだ。モビルスーツを動かせるってだけで

 アーサーは、ここに至ってまだ自分がパイロットに成り切れていない事実を、直視できなかった。

「前進する。先発のモビルスーツが補給に戻ってくるぞ。 格納庫!開けっ放しだ、いいな!」

 艦長がトーメを前進させ巡洋艦の前に出た。アーサーは索敵プログラムを走らせたが、宙域の熱源が多くてすぐにモニターが埋まってしまった。

「僚艦より、敵機接近の報、 1機抜けてきます! いや3機、ドムです!」

 艦のオペレーターが言い終わるより早くセンサーが敵を捕らえた。手動で走らせた索敵プログラムがタイミングよくリックドムを捕まえていた。
 速いのが一機、距離を開けて二機。

「頭を抑えるぞ! 俺が前に出る、二人は援護を」
「「了解」」

ーー俺がやるんだ。 前に、前に出るんだ

 リックドムの軌道は凄まじかった。前に出たアーサーを見逃さずに鋭角に進路を変え、速度を落とさず突っ込んできた。すかさず牽制射を放ったが、見え見えの射線は見事に外されてしまった。リックドムが進路を変える気配はない。艦に向かわないのは幸運だが、敵の速さについていける自信がなかった。
 足を止めて三機で囲むとなれば距離を開けての牽制射程度ではだめだ。ジム三機では面での防衛力が足りないのだ。
 僚艦の護衛小隊が飛び出すのが見えたが、合流前に勝負がついてしまうかもしれない。頼れるのは己の腕だけだった。


 リックドムは両手にマシンガンを構えて正面から突っ込んできた。ジムのビームライフルは先ほどの牽制射で出力が上がりきっていない。距離が縮まったとはいえ、この距離ではビームライフルが致命傷にならない。斬りかかって体勢を崩し後ろの二人に任せるにしても、懐に入れなければご破算だ。

ーーまた躱される……俺が未熟なせいで、仲間が撃たれる

きっと相手は格上だ。命一つを囮にして倒せるほど、生易しい敵であろうものか。

ーーモビルスーツになんて乗るはずじゃなかった
ーーなぜ一人じゃないんだ。仲間がいるんだ、死なせたくないんだ

 一瞬でいい、敵の動きを止める手はないだろうか。リックドムを、敵パイロットを躊躇させる手が、何か……

ーー仲間がいる
ーーそうだ、一人じゃないんだ
ーー仲間を 守りたいんだ

 自分が盾になって後ろの二人に……そんな思考が首をもたげた刹那、別のイメージが沸き上がった。
 アーサーはジムの左腕のパワーを上げながら、シールドを肩より後ろに引いた。上手くいく自信なんてなかった。演習にも教習映像にもこんな戦法は載っていない。一か八かだ。
 全くの初めての状況では、如何なベテランといえど咄嗟の判断は遅れるだろう。敵も人間、そこに賭けた。足りない頭と経験で、アーサーが今打てる手は、決して一人では成立し得ない戦法だった。
 アーサーは命をはって“仲間”を信じた。

「マリア! 俺のシールドを撃てーーー!」

マリアンナ機からの応答はなかった。だめかもしれない。それでももう他に手はなかった。


 左腕のパワーが上がり、敵めがけてシールドを投げ飛ばした。
 シールドが飛んでくれば躱すだろう。だが、躱したシールドが目の前で爆発すればどうだろうか。
 ベテランなら何が起きたか分からなくても対応するはずだ。しかし、こちらの意図を深読みすればどうか。単なる目くらましと考えるなら少なくとも軌道は変えられる。後続の二人が距離をとれる。

 もしも、意図を図りかねてくれれば……

 思い切り踏み込む。スラスターを目いっぱい噴かした。左マニュピュレーターでビームサーベルを抜いた。
 前方で閃光。爆発の振動が伝わる。マリアンナがやってくれた。それだけで、もう何も怖くなかった。

 前傾姿勢のまま突っ込んだ。リックドムはマシンガンで牽制しながら僅かに上昇した。急な軌道変更でパイロットには強いGが掛かっているはずだ。リックドムが固まったように見えた。
 敵の呼吸、声にならない声が、装甲越しに聞こえた気がした。

ーーーー今だ !!!

 コクピットシートが大きく揺れている。エンジンの唸りが尻を通して伝わる。もう止まれない。ビームサーベルの間合いに飛び込む刹那、敵機のイメージが浮かんだ。

 敵は躱すーーー 右へ

 瞬間、スロットルから手が離れマニュアルでメインスラスターを捻った。ランドセルの接続フレームが叫びを上げる。機体を無理やり右にロールさせビームサーベルを薙ぎ払った。横一文字。装甲表面が高温に晒され、コクピットの温度が急に上がった。ノーマルスーツの下で肌が焼けたような気がした。

 手応えはない。代わりに背中を蹴り飛ばされるような衝撃に襲われた。息を吸うのも忘れて機体を反転させ、リックドムを目で追った。
 モニターに、胴体から真っ二つに裂けたリックドムが、弾け飛ぶ様が映っていた。

「…………」
「隊長すごい!! すごいすごい!!」
「次が来ます、隊長!」

 再びア・バオア・クーへ機体を向け直すと、リックドム2機が上方へ距離をとったのが見えた。

「……行くぞ! ついてこい!」 アーサーのジムは迷いなく飛んだ。


U.C.0080 1月1日

 戦争は終わった。ア・バオア・クーでの戦闘は終結し、地球連邦とジオン共和国は終戦協定を結んだ。
 アーサー小隊は母艦トーメを守り切った。リックドム1機を仕留めた直後、残る2機を墜としたアーサー小隊は、弾切れの仲間を追ってきたザク相手に戦った。
 敵機を引き連れ死に物狂いで戻った仲間の背中を、アーサー小隊は必死で守った。ときにポジションを入れ替えながら、ときにはフォーメーションを崩して敵を沈めた。ライフルとシールドを交換し、推進剤を補充して、戦い続けた。
 救えなかった仲間もいた。目の前でジムが光になった。ザクを、リックドムを、ゲルググを何機も撃ち漏らした。
 しかし、それでも、アーサー小隊は確かに仲間を守ったのだった。


 アーサーは星一号作戦でリックドム3機、ザク5機を撃破した。マリアンナは4機、マモルは2機それぞれザクを墜とした。
 アーサーは、二人の部下を失わずに済んだことを、抱きしめあって喜んだ。マリアンナとマモルも力強く抱きしめ返してくれた。

第一話へ続く

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