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スイミングと初恋【激動編】

前回の続きです。

果たしてモブ顔のヨシタロウ(もうすぐ4歳)は、今田美桜さん並みに目が大きいミオちゃん(仮称・たぶん4歳くらい)とお近づきになれるのか?です。


ヨシタロウのためなら違法でなければできるだけのことはしてやりたい、でも、この初恋はうまくいくだろうか?私はやや緊張しながら電動自転車をスイミングスクールまで漕いだ。

「はいヨッくん到着到着でーす」

電動自転車の後輪をスタンドで固定しながら、後部に取り付けられたシートに座るヨッくんに視線を移した。

「あー!」

まったく意味がわからないが、ヨッくんは両腕をダラリと地面に向かって垂らしながら、顔は天空に向けて口をポカンと開けていた。

「あー!」

なんだか分からないが、ものすごくアホな顔で、あー!と叫んでいる。我が息子ながら震えちゃうほど知性がない表情である。

これは、ミオちゃん(仮称)にお近づきになれそうにないな。

なんとなく、そう思った。顔面はアホのまま、両腕をダラリから水平にピーンと伸ばすモードに切り替えている。言わずもがな、「だっこして」のサインである。私は自転車に鍵をかけ、ヨッくんのシートベルトとヘルメットを外して抱き上げる。

「あー!ああー! あ!あ! ああー!」

アホヅラのまま天を見上げてあーあー言っているが、よく聞くとこれはチョコレートプラネットさんの「TT兄弟」とまったく同じリズムと音階である。

なんなんだよ。

入館証を機械にかざさないといけないので、入口付近でヨッくんを置く。私が入管手続きをしている間、ヨッくんは両腕をダラリ、顔面は天に向けて一歩二歩とゆっくり歩きながら

「あー!ああー!あ!あ!ああー!」

フロントのお姉さんに向けて新技、「アーアー兄弟(仮称)」を披露している。フロントのお姉さんははっきりと困惑している。

「行くよ!」

更衣室で着替えをする。あっ、ミオちゃんがいる。ミオちゃんは基本お父さんが連れてくるんで、我々と同様男子更衣室で着替えている。なんか、別に親は着替えないのだがそういうことになっている。

「あ!こんにちわー!」

ヨッくんに気づいてミオちゃんが手を振ってくれている。おっ。おい、ちゃんと認識されとるやんけ。

「あー!」

ダメだ、あーあー兄弟モードだわ。こいつ無茶苦茶アホだわ。私はもうただ無言で全部脱がして海パンを穿かせて、スイムキャップを被せてプールに送った。

プールに送ってしまえばやることは、あとは「ギャラリースペース」からただ1時間見てるだけなのだが、以前私が「混んでるし、だる」「立ってるの、しんど」と思ってギャラリー最前線から下がって椅子に座って待っていたところ、ヨッくんのメンタルが「パパがいない!」と崩壊してしまったことがあり、とにかく最前線で見てないといけないのだ。

いままではめちゃくちゃ退屈な時間だったが、今日は違う。

うおおお

隣りに座ったー!

手ぇ握りやがったー!

思った以上の息子の積極性に驚く。あいつ、できるぞ!

別に個々に自己紹介する機会があるでもなく、スクールの中で生徒同士の連帯感はもともとない。無いが、何だろうか、ヨッくんの好意を知ってしまった私から見ると、これはもはや恋愛リアリティショーである。バチェラーとかのあれである。

めちゃくちゃ面白い。

あんな顔面が派手な女子は望み薄いだろうと思っていたが、ミオちゃんもまんざらでもないというか、15人くらいの生徒の中で、先生主導で色々ともぐったり、けのびをしたりするのだが、2人離ればなれになるとどちらかから歩み寄って、また2人で隣り合って静かに手を握り合っている。

暑いガラスの向こうで音声は聞こえないが、2人とも楽しそうだ。

めっちゃいちゃつくじゃん。

いつまでもこんな日が続けば良いじゃん。

そう父は願ったが、だが、今日は検定の日である。

ミオちゃんは今日合格すると昇級して別クラスに行く可能性が高い。

ヨッくんも、「水中で目を開ける」ができればワンチャン同時昇級があるが…果たして…

そんな父の懸念を汲んだのか、ミオちゃんがヨッくんの両手をとって、2人で向かい合って両手で輪を作るように向かい合っている。

「ねぇ、ミオのこと、好き?」

思わずそんなアテレコをしそうになるが、さすがにそこまでませてはないだろう。潜ろうとしているミオちゃんの挙動から推察するに、「水の中で、目を開ける練習一緒にしよ?」だと思う。良い子や。まじ天使や。

それに対してヨッくん手を振り解いて両手だらん、首がグーンと上向いて口が「あー!」

まさかのタイミングで「あーあー兄弟」である。ミオちゃん、悪いことは言わねぇ、こいつだけはやめとけ。私はそう思った。

そこに現れるヨッくんのライバル。

「口に水を含んでから真上を向いて、水を1mくらいの高さまでクジラのように吹き出す少年」だ。マジでなんなんだ。

やはりミオちゃんは見た目でモテるのだろうか、孔雀が羽を広げて求愛するように、クジラ少年はミオちゃんを一瞥してから、口からピュウ、からのドヤ顔というムーブを繰り返している。

ヨッくんは、聞こえないがたぶん引き続きあーあー言っている。

ミオちゃん、どうやってやるんだろうと思ったのか、真似してちょっとだけ口に水を含んで吹き出すも、5cmくらいしか出ない。

「よく分かんないけど、やばいやつしか居ないんでミオちゃんは退会させた方がいいのでは?」とやばいやつの父としてミオ父に進言しようと思ったが、ミオ父はいつもそうだが一生懸命パワプロのスマホゲームみたいなやつをやっていて忙しそうだ。

それと別に、ときどきヨッくんの頭を触りにくる別の女児なども含めると、よく見りゃ複雑な恋愛模様が見て取れ、これはめちゃくちゃ面白い。主人公息子だし、これは課金できる。そう思って前のめりに楽しんだ。

楽しい時間も終わり、また着替えである。

「パパー!びしょびしょになれ!」

抱っこ依存症ヨッくんは、出るや否やダッシュからの飛びつきをしてきて、そのままコアラのように張り付くので、いつもめちゃくちゃ着替えさせにくい。

モタモタしてたら、ミオちゃんが着替え終わって去っていく。

「ミーがいっちゃうよう!パパはやくしてよ!ちゃんとバイバイしたい!」

おま、いつのまにか呼び捨てにする関係に?そんで君が張り付くから着替えされるのに時間かかるのに文句言うの?思うことはあったが、とにかく無理やり着替えさせて、スイミングバック、タオル、ヨッくんのダウンジャケットと靴下、などを抱え込みながら立ち上がって走ろうとしたら

「パパ!だっこだっこ!!」

おま、この期に及んで抱っこでしか移動しないのかよ、自分の足で走れよ、思わんでも無いが肩に乗っけて走り出した。

「ミー、どこかな?あっちかな」

愛の為せる奇跡だろうか、果たしてヨッくんが向かった先、17アイスの自販機の脇のベンチにミオちゃんとまだスマホをいじっている父はいた。なんか、チョコアイスを食っている。食い始めだ。

「パパ!ヨッくんもアイス」

通常であれば、このあとすぐ帰って昼メシなのでアイスを食わせたらまずいのだが、今日の検定でヨッくんはバキバキの不合格、ミオちゃんは知らんが合格していた場合、今日で事実上、最後の逢瀬でいる。

「いいよ、白いアイス?」

「しろいアイスー!」

いつものバニラアイスを買ってあげると、2人は並んでアイスを食べ始めた。微笑ましい。ヨッくんのガチ恋を知っているので気まずくてお父さんの顔が直視できない。すいません、こいつは混じりっ気の無い「悪い虫」です。

「ミー、おくちにチョコついてるよ」

「ヒロくんもしろいのついてるよ。あっ、そうだみて!ミーのくつした。マイメロちゃんなの」

「かわいいね」

見てられないほどイチャつくじゃないか。私は黒子のように立膝で、食べ方が汚いのでポロポロと崩れる白いアイスのコーンの破片をひたすら拾っていた。

この時間が永遠に続けば良いのにな。

だがそうもいかない、ミオちゃんは先にアイスを食べ終わる。スマホがひと段落したのか、ミオちゃんは父親に手を引かれて帰っていく。

「バイバイ」

「バイバイ!」

ヨッくんのテンションがいつになく高い。楽しいんだよな。嬉しいんだよな。良かったな。

次回、「運命のクラス分け」にたぶん続く。

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