男性育児休業とは何か 男性育休記68/68
義父から見た男性育休
「あけましておめでとう、いよいよだね、どう?これからまた仕事に戻るって気分は?また働くなんて最悪?まあほら、ビール飲んでよ。お節も食べてよ」
「ありがとうございます。そうですね、また仕事に戻りますね。いただきます。あけましておめでとうございます」
お礼を言いながら、義父の質問には答えていない。
迂闊に本音を言ってもあまり良いことはない。
義父は私の父ともほぼ同年代。全共闘が終わった頃に大学生になり、社会に出てからはバブル景気とその崩壊を経験している。
「おれのときは育休なんて考えもしなかったよ」
育児など顧みないでひたすら働いた世代である。定年をとうに過ぎた現在も、嘱託再雇用で週4日フルタイムで働いている。休みと小遣いは孫たちにほぼ全て費やしている、孫煩悩なおじいちゃんである。ただ、あやし方が、カンチョーをしながら「うんち出ろ出ろ!」と言ってきてそれを2歳児が完コピしたりするので、妻はいくらか不満に思っている。私は普通にウケている。
ちなみに大工仕事は得意だが、料理は基本的にやらない。ガスコンロの使い方すら怪しいが、蕎麦打ちだけできる。洗濯は苦手で、掃除機がけは結構得意している。
最初私が、「育休を取ります」と言ったとき、2-3日休むだけだと思ったらしい。一週間を過ぎても、2歳児の弁当を作り送迎を続ける様子を見て、心配になってきたらしく、声をかけられた。
「仕事は大丈夫なの?」
「年度分、3月までの目標を10月時点で達成しているので、もう行かなくても全然大丈夫です」
「そうなんだ。じゃあいいね」
実際に仕事はそういう状況なのだが、これが達成してなかったら、そうでなくともたとえば私が無職だったら、義父は私をどうしたのだろうか。娘婿が働いてないと、良くは思わないだろう。
仕事に戻る気分については後述するとして、血圧が高いため減塩料理しか食べさせてもらえない義父に対して、私は定期的にタコの柔らか煮だったり、珍味だったり塩味の強いものを差し入れてポイントを稼ぎ続けている。義母に怒られないギリギリの範囲で。
「まあまあ、飲んでよ。日本酒もあるからさ」
「ありがとうございます」
「来年はさ、蕎麦打ち、教えるから引き継いでくれない?一式あるのにすっかりやらなくなっちゃってさ」
「はい、僕で良かったら是非」
「もう仕事なんてしたくないでしょ?どう?また出勤するのは」
「ちょっとお父さん!困ってるじゃない!なんでそんなこと言うのよ!」
義母から見た男性育休
「お父さんには分からないのよ!毎日毎日3食作る苦労が!それにね、幼稚園のお弁当まで作って…本当にすごい。うちの娘が何もしないでほんとごめんなさいね」
「いやいや、赤ちゃんで手いっぱいですから。私が他のできることをやっているだけです。ごはんも、お義母さんみたいに凝ったものは作ってませんし。この黒豆すごいですね、大きさといい色といい」
「これね、娘たち誰も覚えようとしないのよ。来年は作ってくださる?」
「はい、僕で良かったら是非」
「じゃあお願いね!」
専業主婦歴40年超の義母の料理の腕前は、ちょっとすさまじい。妻が切迫早産で入院してから出産して退院するまでの約1ヶ月、夕飯を作っていただいたが、まず品数がすごい。平均して5-6品は出てくる。私はせいぜい3品しか作らないので、倍手間をかけていることになる。良い旅館とかにいくと、最初に小鉢の集合体というか、煮凝りやら、2切くらいの刺身やら、ムースのようなものやら出てくると思うが、だいたいあんな感じのものが毎日出てくる。
一方で、いくつかどうなんだと思うこともある。
まず、その冷え性である。妻にさらに輪をかけて寒がりで、私からすると低温の岩盤浴か?と思うような室温に保たれている。汗ばむ。
洗濯の回数も尋常でない。基本的に老夫婦2人住まいなのに、1日3回は洗濯機を回している。なにをそんなに洗うものがあるのか、私にはわからない。本当は汗ばんでいるんでは無いか。
冷蔵庫は大型のファミリータイプを2機有した上で、それでも足りずに我が家の冷蔵庫をスペース借りにくることが結構ある。そんなに食べる感じは全くない。
月の電気代は3万をゆうに超えるらしい。夏冬はもっとだ。
あと、通販と百貨店通いでものすごい金額の服を毎月買っている。割とよく子供服をいただくので私から文句を言う立場ではないが、年末にまだタグがついたまま捨てられていく洋服たちを見た義父が怒っていた。1回も着てないのだ。
お義母さんの浪費癖から、あるいはお義父さんの家事の顧みなさかデリカシーの無さを起点にして、週に2ー3回は本格的な夫婦喧嘩をされている。
ところで、安請け合いした黒豆作りの継承だが、詳しく聞いたら煮込みだけで8時間かかるらしい。豆は丹波の黒豆限定だが「その年の豆の出来によってレシピが多少変わる」らしい。
その年の、豆の、出来。
豆腐屋のセリフである。恐ろしい。すさまじい。
義姉夫婦から見た男性育休
妻の実家界隈の情報流通スピードはすごい。私の各種行動どころか、ほとんど全ての料理の写真は義姉にも届いているそうだ。おそるべしSNS、おそるべし「みてね」。
「育休、2ヶ月も取ったんだって」
「ごはんも毎日作ってくれるんだって」
私のせいで義姉の夫、義兄にかけられているであろうプレッシャーを考えると申し訳ない気持ちはあるにはある。義姉からの私の株が上がると、義兄の株が下がるゼロサムゲーム。義兄は料理をしないし、育休を取っていない。
だがまあ、こういう言葉がある。
よそはよそ、うちはうち。
過度に気にしなくても良いと思ってもらいたいし、私も気にしない。
なんて軽く思っていたのだが、義姉の子、力士顔を持った大食漢の甥っ子が、ある病気で手術することになった際も「仕事休めないから、頼んだ」となったそうで、この時に義姉の怒りは大爆発。「そもそもアンタがこの日なら仕事休めるって言うからここを手術日にしたんでしょうが!私だって忙しいのに仕事休み取ってんだよ!」と経緯を思い出した義姉の怒りはスパーキングし、大猿に変身。口からエネルギー波を放って西の都を破壊した。その後、怒りが収まることのないまま手術は義姉のみの付き添いで強行。それについて怒りが収まらないうちに行きたくもないのに年末に義兄の実家帰省に向かったところ、義兄の母から「怒りすぎなんじゃないの」「手術なんて延期すれば良かったじゃない」と言われ、堪忍袋の緒のストックがそこで切れてとうとう離婚するしないまで話がいったらしい。
ここまで騒動が発展してなお、よそはよそ、うちはうち。のマインドでいていいのか悩むが、まあ、全体的に私のせいでは無いと思う。たぶん。
義実家との付き合いで言えば、私は蕎麦打ちと黒豆を教えてもらえるほどには取り入ったし、よくやっているのではないか。
一方で我が芳川家は「概念」のようなもので実態がない。「元Folder5」くらい跡形もない。だから年末年始に挨拶する場所すらないし、妻にとっては楽なのではないかと思う。
まあ、その代わり、相続する財産とかはないけど。
妻から見た男性育休
そもそも、我々は義父母を全面的に頼れるものすごく恵まれた環境であると思う。
まあ、それはそれとして。
「本当に育休を取るとは思わなかった」
「取ってくれて良かったと思う」
というのが妻の感想である。
結局、私の育休が終わった3月現在は、妻が2児の面倒を日中見ている。遅く帰ってくると、寝かしつけもワンオペで行うこともある。
だが、たとえば幼稚園の話一つをとっても「こういう行事があった」とか、「○○君のお母さんが…」とか、「毛布の持ち込みがめんどくさい」とか、色々な話を私が高解像度で受け止めることができるようになった。
育児は孤独だ。気持ちの部分で寄り添える人が居るかどうか、私はこれはとても大切なことだと思うので、これだけを見ても育休を取って良かったと思う。
2歳児の反応
もともと土日はずっと一緒にいたのだが、平日もフルコミットできるようになり信頼感は増したような気がする。妻と私とで、9:1くらいの割合で妻寄りだったところを、育休時でほぼ6:4までいっとき巻き返した気がする。明けた現在も7:3くらいで持ち堪えている、と思うが、どうなんかな。
0歳児の反応
おむつを替える、ミルクをあげる、風呂に入れる、移動時に持つ、寝る時に抱いてスクワットする程度で、はっきり言って楽勝である。
彼を契機に育休が取れるようになったのに、その実、彼のためには大したことはしてない。これって制度の設計ミスじゃないのか。
男性育休をどう考えるか
まあ、私は別に世の中に男性育休の是非を問おうとか、ニコッと笑って「取りましょう!男性育休!」みたいなことを言う気は全くない。うちはうち、よそはよそ。他人には計り知れない事情がそれぞれあるので意見するつもりはない。取りたい人が、取ればいい。
最悪なのは、妻に「ねえおれ、育休を取った方がいいかな?」と聞く人だ。他人に決断させるのは、他人に責任を転嫁することでもある。そういう人は、「ねえウンチ出てるみたいだけどおれがオムツ替えようか?」とか、そういう眠たいことをやがて言い出す。そんなもん聞かずにさっさとやればいいのだ。そういう人は「あーオムツ交換とかして育児してるオレちゃん、素敵よね?」と自分に酔ってるだけだ。そういう人は育児に関わってきても逆にストレスなので、外で稼いできてもらうか、稼ぎが悪いようならもはやなんの価値もないので離婚すると良いと思う。
まあ、でも、そういう人も含めてよそはよそ。夫婦の役割もそれぞれだ。各々、自分で考えて決断したならそれでいいと思う。
私はちなみに第一子のときは有休を3日取っただけである。育休は取ってない。
第二子の今回は、もともと1ヶ月のつもりだったが切迫早産の関係で開始が前倒しになり、終了をそれに合わせなかったので2ヶ月超になっただけで、まあ結果的にはちょうど良かったかなと思う。
というかそもそも、育休ってどのくらいの期間が適正なのだろうか。
それを考えるのは、夫が従事している仕事そのものを考えるといいのでは無いかと思う。
あなたの仕事の引継ぐとしたら、後任にどのくらい手間暇をかけて教えるだろうか。文章だけでいけるのか。面談したいのか。どこか挨拶回りをするのか。やってみせるのか。1週間でいいのか。1ヶ月かかるのか。
育児も、難しい手順や手続きがあり、頭と体を同時に使う高度な「業務」だと私は思う。そしてそのノウハウをきちんと身につける期間、それが男性育休だと、私は思っている。我が家の場合は妻が長けていたので、妻から引き継ぎをしてもらった。この期間に丁寧な引き継ぎができたから、これからようやく妻も安心して休む時は休めるようになったのだと思う。
だから、あくまで私が考える目安だが「あなたがいますぐ未経験の業界に転職するとして、どのくらいの期間引き継ぎをして欲しいか」あるいは「あなたが今従事している業務に後継者を立てるとして、どのくらいの期間引き継ぎがあれば安心して辞められるか」というのを参考にしたら良いと思う。
さて、冒頭の義父の質問にここで本音で答えよう。
「どう?これからまた仕事に戻るって気分は?また働くなんて最悪?」
「そうですね、仕事なんて周り大人しかいないし、日本語通じるし、定時が決まって、好きなタイミングでトイレも行けるし、昼メシも好きなとこで好きなもん食えるし、楽勝でしかないですね。お金までもらえるなんて信じられない。通勤の途中でネトフリで動画も見れるし、もう最高。楽勝&最高。それに引き換え育児なんて地獄ですよ、泣こうが喚こうがとにかく朝メシを作って食わす、幼稚園に検温報告しながら弁当作って、LINE友達になった近所のスーパーのアカウントのセール情報から情報収集、幼稚園に行くための小物を用意する、服を着たがらなくても着させる。オムツの処理をする、オムツを買い足す、幼稚園に着替えとオムツのストックはいくつあるかな、昨日鼻血出たからシーツ洗わなくちゃ、料理酒切らしてるから送迎の帰りに買おう、あと豚肉安いから生姜焼きでいいか、あとは味噌汁とサラダとかそんなんでいいか、生姜焼きに千切り付けながら明日用にコールスローも作っとくか、ああ、シーツ洗いたいのに柔軟剤切れてる、迎えの時買うか、ていうか連れて帰ったらまた2時間も3時間もプラレールに付き合わされんのか、昼寝したかな、し過ぎると夜寝ないし、してなきゃしてないで機嫌悪くていやだ、生姜焼き、食わなかった時用に焼き魚も作るか、今日は風呂にスムーズに入るかな、寝かしつけもだるいな。ああ、もうなんなんだよ、これでお金ももらえないなんてどうかしてるぜ、ねぇお義父さん、奥様に、2億円くらい払った方がいいすよ。ねぇお義父さん聞いてますか」
最後に: 死亡遊戯「おちる」
最後に、育休の果てに2歳児が私と編み出した新しい遊戯を紹介する。
「パパ、おちる、しよ」
「えっ、おちる、かあ。いいけど…」
「おちるしたいの!」
「わかった、やろう」
まず、ベッド上で揉みあいになる。わちゃわちゃした末に、2歳児が私をベッドの隅に力士よろしく寄り切ってくる。私は寝そべったまま、半身が空中に投げ出される。
「うわぁぁあ、落ちるー!」
「はやく、おちるして!!」
「うわうわうわうわー!(ドン)」
ここで頭から床に落下する。車に何度轢かれても無事である私の受身技術が無ければ、たぶんどこかを痛めている。
「パパ、いくよ?」
続いて第二段階である。
私は左手でメガネを中心に顔面をガード、右手を2歳児受け止め準備で中空に投げ出す。ほか、別途急所を守るためにコツカケという技術も使用するがここでは説明を割愛する。
「いいy…あぶねっ」
こちらの返事を待たずに2歳児は頭から飛び込んでくる。正面衝突しないように右手一本でいなして軟着陸させてる。
「ジャンプしよ」
第三段階である。
今度は私の腹をトランポリン代わりにして、ピョンピョン跳ねる。約14キロを腹筋の収縮でコントロールするのが大変にキツイ。吐きそうだ。
「もっかい、おちるしよ!」
この命を賭けた遊戯は何度も繰り返される。飽きるまで、何度でも。
永遠にも思える時間を過ぎて、飽きてくれた2歳児が私に乗っかったまま話しかけてくる。
「パパ、あしたはおしごと?」
「…明日はお仕事だよ」
「なんでぇー!」
のけぞって嫌がる2歳児が、嬉しくて、切ない。
育休を取っていなかったら、この世界線は無かったのだろうか。
「なんでだろうねぇ」
「なんでおやすみじゃないのー!」
「ねぇ。まあ、じゃあ、やめちゃおっか」
「やめちゃうの?」
「うん、パパ、仕事辞めるわ」
「やったぁ!」
ということで、男性育児休業日記を読んでいただきありがとうございました。
4月より「有休消化編」を、今度はリアルタイムに、もう少し短くポップに綴っていこうと思いますのでよろしくお願いいたします。
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