見出し画像

旧友との再会と別れ 男性育休記61/68

この日も私は、日中の外出許可をもらっていた。

小中高を通しての友人が、この年末からインドに行くのだ。最後に私に会いたいという指名を人伝てに聞いていたものの、M-1の苦労もあったので慎重に慎重を重ねて妻の機嫌を伺っていて回答できなかった。基本的に以前から「昼間なら別に良い」と言っているので提案するなら、昼だろう。妻にとって寝かしつけに一人で挑むのことが多大なストレスであり、そこまでに私が戻って来れば良いのだ。日中は義父母も頼れるし。昼間、それでいこう。

だからといって、簡単ではなかった。

「それは今じゃないといけないの?コロナなのに?」

という妻からの厳しい審査が入る。この友人は本当に年末の飛行機で発つのでこの日、奇しくもクリスマスだが、この日しかなかったのだ。出がけはまた妻が大変不満そうだっだが、健診で外出した時に買っておいた妻用のクリスマスプレゼントを渡してどうにかする。金で解決できることは金で解決する。それが大人だ。さあ、ようやく出発する。

その友人、名をTとするが、彼との待ち合わせはスーパー銭湯である。

思えば、Tからは色々なことを教わった。小学校のときにジョジョの奇妙な冒険を借り、中学生のときは麻雀とエヴァンゲリオンを教わった。その知識は私の交友関係とケミストリーを起こし、学年最大の不良グループと夜な夜な集まっては麻雀を教えながらエヴァを見て徹マンするという振り幅の大きい青春を過ごした。そういえばサウナを初めて私に勧めたのもTだ。

そんな彼も、年明けからインドである。新卒からずっと勤めているメーカーのインド工場の工場長になるらしい。

「大出世じゃん」

「行きたくない」

なんでも、打診は1年以上前にあったらしく、その場ですでに承諾しておいて、ここ1年くらい「あれはマジの話ですか?」と現実を否定してきて今に至るらしい。逃げちゃダメだ、じゃないのかよ。

そんな彼は、一緒に風呂に入るのは初めてだと思うが、めちゃくちゃに太っていた。100キロはギリ無いらしいが、まあ、見るからに不健康そうな太り方である。

私にとってTはサウナのパイオニアではあるのだが、彼の場合は性的サービスを受ける前に行くところなだけであり、特段サウナが好きなわけではないらしい。現に、全くサウナ耐性がなく、「暑いからもう出よ」とすぐに言うし、水風呂に行っても「寒いからもう無理」とすぐに出る。非常に根性がない。ところで私は日頃、妻とエアコンの温度でクッソ揉めている。暖房26度とか暑すぎるだろと主張しながらも、内心では「もしかしておれがデブだから暑がりなのかな?」という負い目があったのだが、このリアルデブが私より遥かに寒さに弱いのを目の当たりにしてなんか安心した。大丈夫、私は寒さに耐性がありすぎるだけ、で合ってたようだ。BMI標準だし。デブじゃないし。そういうんじゃないし。

入浴しながら、私に2人の子がいること、こうして外出するのにとても苦労した話をTは一笑した。

「芳川、らしくないじゃん。嫁の顔色伺って飲みにいけないなんて。ロックじゃないよね」

これについて私は丁寧に反駁した。

「海外転勤すら同調圧力で断れない男に、ロックだどうだと言われたくない」

「たしかにー!」

それから居酒屋に河岸を変えて、話の続きをする。

Tの心の支えは今、オンラインゲームだそうである。ファイナルファンタジーの、何作目だか忘れてしまったが、とにかくオンラインのやつを決まった仲間と楽しんでいるらしい。日本を離れるとそれがやりづらいのが一番辛いそうだ。インターネット環境があれば出来はするはずだが、時差があればスケジュールを合わせるのも難しいのだろう。

その話をするTは楽しそうでもあり、寂しそうでもあった。私もそのゲームを一緒にやりたいと思ったが、彼のようにプライベートの時間のほとんどを費やすことは不可能なので、言わなかった。私たちは歳を取ったし、お互いに生活もずいぶん変わってしまった。

死ぬまでにもう一度だけでも、当時のメンバーで麻雀がしたい。そう思いながらそれは言わず、インドでもどうか元気でと思いながらそれも言わず、軽口だけ叩いて私たちは別れた。湿っぽくしたくなかった。

火照った身体を、夜風で冷やしながら歩いて帰った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?