葬儀で可笑しかったこと③

父は長年ずっと細身で、高校生の頃の体重をずっと維持していた。特に努力していた訳ではない。そういう体質らしい。

とはいえ、私が子供のころは逆三角形の細マッチョだったのが、私がすっかり大人になったころには加齢により肩の筋肉はそれなりに衰え、体重こそ変わらなくても腰周りも弛んで、逆三角細マッチョからただの細い人になっていた。

それが還暦を越えてから徐々に太り出し、太り始めた矢先は家族も親戚も「ミッちゃん(父のこと)でも太るんやなぁ」と好意的に受け取られていた。

ところが、定年後も嘱託社員として続けていた仕事を母の介護のために完全退職した後、好意的に受け取れるレベルを越えて、西瓜か樽か、腹はぱんぱんにせりだして、あごも丸くなった。

周囲みんなから「なんやその腹は!!」とダメだしの雨アラレ。本人は一向意に介さず、ぱんぱんの腹を叩いて笑っている。

母が病院で息を引き取ったあと、火葬場の都合で通夜まで二日ほどスケジュールが開いた。

父と一緒に実家に戻り通夜と葬儀に備えて必要なものをチェックしながら、すっかり太った父に礼服のサイズが大丈夫か確認するように、念のため試着もさせた。

ズボンは入ったし、シャツのボタンも届いたし、ジャケットも大丈夫だったが、ベルトが届かない。

もともとウエストがばがばのズボンをベルトで無理やり締め上げて履いていたのだ。ベルトは細身のころに合わせて長すぎる分を切ってあった。

服がサイズアウトとなれば、通夜までの隙間に買いに行くしかないと思っていたが、ベルトだけならベルトは無くてもなんとかなるかと、疲れた体で慌てて買いに走るよりも休息を優先した。

私も一旦自宅に戻り、通夜の日に再度実家へ戻った。必要なものの最終チェックを済まして、父や私たちの着替えを車に積む。

通夜の夜は会館に泊まる予定だし、家族だけの密葬なので礼服は式の最中だけ着ていればよいさと普段着のまま会館まで移動することにした。

「玄関の靴を積むの忘れないでよー!」とうるさく注意する。父は小学校のころから忘れ物が多いタイプだ。夫も息子も忘れ物が多いのでこういう時は自分を含めて4人分のチェックをしなければならずとても面倒くさい。

結局、父は「通夜は別にええやろ」といつもの服のままに過ごした。無宗教でお坊さんもなし、焼香だけのものの5分もかからない通夜式だった。

翌日は父と母の共通の友人が一人、父の弟夫妻も来てくれて、さすがに父も着替えた。

早めにやってきた父の友人が、家族控え室で着替える父を見ながら「なんやその腹は!!あかんぞ!やばいぞ!運動せえ!」と爆笑。

父の友人はジョギングや自転車旅行に熱心で、引き締まった身体を保っている。叔父は特に運動はしないが食事には気を遣っているようで昔より痩せている。

父が服を着替え終わり、靴下も礼服用のものを履き、そして革靴を履こうとした。

革靴が入らない。

革靴のデザインはくるぶしを隠すハイカットタイプになっている。

爪先は入るが足の甲や足首がつかえて入らないようだ。

父は椅子に座り靴紐を緩めて、手も使ってなんとか足を入れようとするがキッツキッツ。

父の友人が「俺らだけやし無理するな。入っても脱がれへんようになったら困る」と止めるも、父は強引に足を入れて「入ったぞ!!」とドヤった。

しかしキツすぎて痛い様子。

「お前…入ったから言うて、それで一日過ごされへんやろ?運転できへんやろ?あきらめえ」と呆れ顔の友人に諭され、靴を脱ぐ父。脱ぐのも一苦労で力ずくで脱いでいた。

服とベルトは事前に試着させたが、さすがに靴は確かめなかった。

太腿やふくらはぎはともかく、まさか足首や足の甲までもが太るものだとは。いやはやびっくりびっくりの葬儀の朝でした。

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