はじまりの感覚
顔合わせの飲み会で、向かいに座っていたのがその人だった。
お世辞にもおしゃれとはいえず、髪は少し長めでぼさぼさ、無精髭も伸びていた。眉だけはきりっとひきしまり、目は細く鋭い。周りで話が盛り上がっていても、会話に加わることはなく、たまにつられて笑ったりしている程度。どことなく漂う薄暗い倦怠感。
少しも好きなタイプの人ではなかったけれど、怠惰そうに傾けた首すじのラインをきれいだと思った。
会の目的である、様々な植物の植替えが始まり、メンバーはそれぞれの持ち場へと散った。
しゃがみこんで鉢を手に取り作業に入ったものの、うっかり葉をむしったりしている不器用さを見かねてか、その人がすっと隣にきて、お手本を見せてくれた。
手際のあざやかさ、指の美しさにみとれ思わず、きれい、とこぼした私の声に、きれい、と低い声がつづき、笑い声がかさなった。
その瞬間、心臓がわずかに小さく動いた。あぁ、恋だ、この人のことを好きになりそうだ。
明け方、恋に落ちた瞬間、目が覚めた。
同じものを共有し、共感して笑いあえる、はじまりの心の動き。
知らない男の人に対する内面の繊細な変化、再現性の高さに、自分が見た夢ながら他人事のように驚いた朝。
恋に落ちるのはかくも簡単なのに、やめることはほんとうに難しい。
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