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日いづる、日沈む

海がほんとうに好きだ。
季節を問わず、海辺にいたい。

空と海の境目、視界いっぱいに広がる、ぼぅっとかすんだ水平線と対峙するとき、一気にこみあげる高揚と静寂が胸の内でせめぎ合う。波の高い荒れた海も、凪いだおだやかな海も好きだ。砕けたさんごのかけらが混じる白い砂浜も良いし、打ち上げられた海藻や死がいや割れたビール瓶が落ちているような砂浜も味がある。潮の匂いが肺に満ちる贅沢、強い海風を全身に浴びる幸福。
どれだけ日差しが強くても、サングラスはかけずに生の色を見ていたい。

海を愛し、海に愛されない女である。
まず泳げない。クロールしか出来ない上息継ぎが苦手なので、プールでの水泳すら危ういのだけれど、海の場合は水面に顔を出した瞬間波がかぶさってくるので、水上でもうまく呼吸が出来ない。
シュノーケリングも苦手だ。空気を吸い込むためのあの伸びた筒状の器具、ストローの要領で海水を吸い込んでしまう。なおかつ、足のつかない深い場所に浮かんでいるだけで高所恐怖症が発揮され、足元がそわそわして魚を鑑賞するどころではない。きれいなのね、うんわかった、でも早く船に戻りたい。
もっと言えば、浮き輪だろうが船だろうが、波に揺られているだけで酔うので、船は出来れば乗りたくない。海に行くときは酔い止めが手放せない。

こんなに軟弱なのに、どうしてここまで海に惹かれるのだろう。山育ちであることも関係しているだろうか。
小さい頃から海が好きで、親にせがんで(車に小一時間揺られべろべろに酔いながら)連れて行ってもらうのだけれど、いつも海辺に立つだけで心底満足してしまい、その後波とじゃれるのも砂浜遊びも水族館も、それなりの熱量でしか楽しめなかった。


海がみたいとつぶやき続けていたら、見かねた後輩が車を出して海に連れて行ってくれた。持つべきものはアクティブな後輩である。
初めて行った江の島は天候に恵まれ、澄んだ空と海の色を拝むことが出来た。風は強かったけれど湿気が少なくからりと晴れて、緑があざやかで、ますます5月を好きになる1日だった。

太平洋は朝日ののぼる海だけれど、なじみ深い日本海は、日の沈む海である。夕暮れに夕日が登場しない水平線を、なんだか新鮮に感じた。


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