夏川 日和(なつかわ ひより)

文字と色彩 * 光文社文庫『ショートショートの宝箱Ⅳ』発売中 * カクヨム☞ http…

夏川 日和(なつかわ ひより)

文字と色彩 * 光文社文庫『ショートショートの宝箱Ⅳ』発売中 * カクヨム☞ https://kakuyomu.jp/users/natsu_biyori (未投稿)* #エッセイ #読書日記 → 「つれづれ耽読日記」不定期更新 * さいごは水に還る.

最近の記事

#3 ろうそくと人魚と泡と

 夏も盛りである。こうも暑くては外に出られぬ。いやはや参った。  この夏はまだ一度も海に行けていない。ベタ塗したような青さの空を眺めながら、夏ボケの頭の隅で、海を思い浮かべる毎日である。  前回あれだけ海について力説していながら、この有様である。やれ体力の低下だ、人混みが嫌いだなんだと理由をつけて、近年では夏場の海への足が遠のいている。やはり夏を感じるには海だ、とすっかり刷り込まれた海馬が叫び声をあげるのだが、それに負けじと腰はどっかりと重く座して動こうとしない。動かざること

    • #2 海に沈み、本に溺れ

       蝉が、目覚めの声を掻き鳴らした。  梅雨が明け本格的な夏になると、そこら一帯がまるで水面が光を反射するようなきらきらした気配で満ち始める。目には見えない水滴があちこちに漂っている気がするのだ。草木も生い茂りいきいきと生命力を放ち始め、瑞々しく艶やかな葉の先まで、血潮となる水が行き渡っているのを感じる。コバルトの空を我が物顔で悠々と泳ぐ入道雲は、絞ると勢いよく水を吹き出すだろう。たぷんたぷんと水を湛えた腹を揺らしながら空を行く。  夏になると、水の中のような浮遊感が私を襲う。

      • #1 本を語るとは、偏愛を語ることである

         むしむしとした暑さが、むくむくと坂の下から昇ってくる季節になった。  いつの間にやら春は遠く過ぎ去り気が付けば一年も半ばを過ぎ、驚くなかれ七月である。  梅雨がまだまだ明けないせいで湿気に髪が膨張し、濡れ雑巾ばりにじっとりとした風が頬を撫でるこの暑さの中、元気にきゃいきゃいとはしゃぎながらかけっこをしている子供たちが羨ましい。かつては片手には蟬、片手にはサワガニを誇らしげに掴み野山を駆けずり回っていた私だが、いつの間にやら蝉の声など全く届かぬ冷房の効いた図書館で黙々と書物を

      #3 ろうそくと人魚と泡と