グランド・ブダペスト・ホテルの世界
最近、ウェス・アンダーソンの映画にハマっています。きっかけはアマプラでたまたま見た(きっかけのきっかけは覚えていない)「グランド・ブダペスト・ホテル」が私の感性にスー--ーっとフィットしてしまったことでした。今まで見たことのない世界観の映画に魅了されて、そこから何度か視聴し、メイキングブックを購入するほど、ウェス・アンダーソン沼にのめり込んでしまいました。
そこで、今回はこの映画の魅力を紹介しようと思います。
1,まるで絵本の世界!独特の色彩感とミニチュア感
この映画のいちばんの特徴は、色彩感です。鮮やかなピンク色のホテル、ベルボーイの紫色の制服、真っ赤なエレベーター……どの場面にも効果的に色が使われています。そして、左右対称にこだわったセットや、ミニチュアを用いた撮影、平面的なカメラワークも相まって、映画を見ているのに絵本の世界に入ったような不思議な世界観を味わうことができます。
2,棒読みがシュール?無表情なキャラクターたち
ウェス・アンダーソンの映画の特徴であり、シュールな世界観に貢献しているのが、滅多に感情的にならない登場人物たちです。ほとんどの場面でみんな無表情、棒読み。そして、早口です。
このシュールさを味わうにはやはり字幕版がおすすめなのですが、早口なので字幕に追いつくのが大変なところもあります。しかし、主人公グスタフ・Hを演じるレイフ・ファインズ(ヴォルデモート役でおなじみ)の爆速イギリス英語を聞くためにも、まずは原語で見たい作品です。
3,物語のあらすじ
ここで、この映画のあらすじをざっくり紹介します。
舞台は東ヨーロッパにある架空の国、ズブロフカ共和国。かつて栄華を誇った有名ホテルの伝説のコンシェルジュ、グスタフ・Hが、ホテルの常連客であった富豪マダム・Dを殺害した容疑で逮捕される。疑いを晴らすため、見習いベルボーイのゼロと共に殺人事件の真相を暴こうと奔走するドタバタ劇です。
ミステリー要素あり、コメディ要素ありのお話なのですが、歴史と絡められながら物語が進んでいき、時代の波に巻き込まれていく人々の様子が写し取られています。また、かわいらしい世界観とは裏腹に、マダム・Dが殺害されたことで遺産目当てに集まってきた親戚たちや、私利私欲のために罪を犯す人々、戦争に巻き込まれて理不尽を強いられる人々など、人間の暗い部分も描写されています。
個人的には、100%ハッピー!みたいな話は逆に不安になって素直に主人公たちの幸福を喜べなかったり、この先も幸せが続くのだろうか……と余計な心配をしてしまうので、このような、人間のダークサイドや暗い時代背景も合わせて素敵な物語のほうが、現実味があって安心します。
明るいだけでも楽しいだけでもなく、ちゃんと嫌な部分にも焦点を当てる。だからこそ「でも大丈夫だよ、みんなそういうものなんだから。」と励まされるような気がします。これが、私がこの映画を好きになった理由の一つです。
4,世界観に騙されているのか……
メルヘンな世界観に誤魔化されてしまって、あまり印象に残らないのですが、振り返ってみると結構ブラックジョークが効いていたり、人が死んだり、動物が死んだり、物騒な場面もあります。
個人的にジワジワきたシーンは、スキーを履いて雪山の修道院から逃げるジョプリングを追いかけるところです。走って追いかけるのは不可能だけど、乗り物もないし……と困っていたところ、ゼロが聖母像が乗ったそりを見つけ、とっさにその聖母像をなぎ倒してグスタフ・Hと共にそりに乗り込みます。その倒し方がすごい!聖母がバキバキに割れてしまいますが、見向きもせずにジョプリングを追って出発します。悪を制すには、必要な悪もあるということか……。
そういえば、サウンドオブミュージックでも、修道女たちがトラップ家を匿い、ナチス軍の車のバッテリーを引っこ抜いて「神よ許したまえ……」と言うシーンがあったな、と思ったり。
5,絶望を照らす存在
かつての栄華を忘れ廃れてしまったグランド・ブダペスト・ホテルで、年老いたゼロはグスタフ・Hを回想し、こう言います。「グスタフの世界は、ずっと前に消え去っていたんだよ。だが、グスタフはその幻を見事な優雅さで維持し続けたんだ。」
絶望の時代を生きた人々の人生を照らし続けたグスタフ・H。人が人を破壊していく戦争の時代、価値に気がつかないまま葬られていく芸術作品たち。この映画で語られているのは、決して過去の歴史のことだけではなく、現代の世界が抱えている問題にも通じるものがあります。
メランコリックさを随所に散りばめながら、鮮やかな世界観で見る人を魅了する「グランド・ブダペスト・ホテル」。その独特の美の世界と、ただ美しいだけでは終わらない、静かで優雅な物語を味わってみてはいかがでしょうか?