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出世払いと先祖からの借り

タイトルの二つのキーワードは、自分が年をとるにしたがってどんどんその存在感が増し、重要性を実感している言葉です。

もう今から20年も前のことになりますが、大学生の頃には気軽に「出世払いするから!」などと言って、家族や親しい友人に軽口を叩いたものでした。立派になったらいつか恩返しするよ、という気持ちに嘘はありませんでしたが、とあるエピソードを聞いてからは、その言葉が本当に意味するところは単なる貸借の話ではないのだということに気づきました。

もう一つの意味の出世払いとは、恩送り、つまり下の世代にも自分が受けたものと同じ恩を送るということです。その本当の意味での出世払いこそが、自分がしなければならないことであり、受けた恩は簡単には返せないのだということにも、ようやくこの年になって気づくようになりました。

自分が学生の頃には、学内にはまだその恩送りの風習が日常的に行われていました。それを出世払いとして認識していた人は誰もいなかったと思うのですが、自分も大学院生になって後輩がたくさんできるようになってからは、特に意識もせずに一緒にご飯を食べに行ったり、遠くの調査地まで車を出して連れていったりということを通じて、恩師や先輩から受けた恩を後輩に送っていたのだと思います。

その恩送りをさらに強く実感するようになったのは、子どもができてからです。ナタリー・サルトゥー・ラジュの「借りの哲学」という本がありますが、この中に出てくるサンタクロースの話は秀逸です。ようやく、親子とはどういう関係性なのかが腑に落ちた瞬間でした。

これまでの人生を振り返れば、嫌な思い出もたくさんありますが、両親にしてもらったことというのは、数え上げればきりがないくらいたくさんあります。自分が親になってみて初めて分かるのですが、これは何か見返りを求めてしている行為ではなくて、命をつないでいくことそのものなのです。

親もその両親から同じように恩を送られていて、自分に子どもができたことでその重さに気づく。そうやって何代にも渡って一方的に親が子に貸しを作る関係性が積み重ねられてきたのですが、その絶対に返せない借りは、自分が次の世代、つまり子どもに対して恩を送ることによって解消されていくのです。

サンタクロースとは、その仕組みを知るため、世の中には他人のために恩を送るためだけに存在する人がいる、つまりそれは親だということを伝える装置として誰かが発明したのだろうと著者は述べていますが、本当にこれは優れた社会経験の仕組みだと思います。そして、これまでサンタクロースとはいったい何なんだろう、なぜ世界中の人がこんなにも心惹かれるのだろう、という疑問も晴れたのでした。

世界には、人口が増加し続けているような地域もあれば、増加率が止まってしまったり、減少に転じている地域もあります。日本は、少子化だ、出生率が上がらないと言って慌てていますが、こういった根本的な哲学については、しっかりと子どもに伝えたり、親同士で話し合ったり、社会に価値観を根付かせるような取り組みをしているのかということについては、甚だ疑問です。

政治の世界でも、給付金の支給や子育て制度の充実などを実現しようと尽力しておられる方には敬意を表しますが、それだけでは子どもを産み育てたいという気持ちにならないことは、みなさん自身が実感を持っていることなのではないでしょうか。

即効性のある解決策は、きっとないでしょう。子どもを持つ親、持たない選択をした大人、そしてすでに子育てを終えた人たちが話し合える場を持ち、これからの日本をどのようにしていきたいのか、子どもをどのような環境で育てたいのか、どんな風に恩を送っていきたいのか、ということをじっくり考えていくことによって、いつか実を結び花をつけるのではないかと思っています。


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