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ひやむぎを照らしたつるっパゲ。

今日は休み。晴れているからカーテン全開で読書している。星野源さんの『そして生活は続く』の3回目を読み終わったところだ。自虐的な話もあるのにまったく嫌味がない。「近視用メガネをかけているせいで目が小さく見える」という話があったが、それも「いいですね、コンタクト入れても目が痛くならない人は」みたいなひねくれ方が一切ない。むしろ「目が悪い生活をいかに面白がるか勝負だ」という文章だからこちらまで楽しくなる。

読了した達成感と、少しの寂しさをかみ締めつつ、開け放った窓の外を見る。近所の高校に続く中央線のない道路。決して広いとは言えない道路を大型ダンプが走ってくる。近所には工事現場があり、そこに入るダンプだ。

あれは三菱ふそうか。顔立ちからして年式は2017年頃かな。

以前大型車ディーラーに勤めていたこともあり、そして大型車(特にバス)が好きということもあり、それくらいは見ただけでもわかる。

「あれからもう、2年経ってるんだ」という思いがこみ上げてくる。転職をして、思えば生活はがらっと変わった。給料は下がったが生活は豊かさを増した。

お金もねぇ、彼女もねぇ、コロナのおかげで遊びもねぇ!

吉幾三さんの名曲に合わせてこんなことを書いている場合ではないが、こんなしょうもないことをして遊ぶ心の余裕が、今はある。

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「兄ちゃん、今の仕事、面白くないんやろ」

前職で出会った大型トラックのドライバーのKさんの言葉をふと思い出した。

Kさんは、とある運送会社のドライバー。ひやむぎの社用車で、彼の勤める運送会社まで送り届ける途中だった。後部座席からかけられた意外な、しかし間違っていない言葉。返答に困った。

「おれの話やけどな、大型トラックって遠かったら九州から東京まで普通に行くわけよ。往復してその間で荷物待ちとかあれば1週間家に帰られんこととかザラよ。

渋滞したらキレたくもなるし、結構理不尽なこと言う荷主も多い。けど自分のトラックが好きでこの仕事しとるんよ。

どれだけ嫌なことがあっても、ハンドル握ったらこう…わかるや?ワクワクする感じ。やっぱり人間好きなことしとくのが一番やけんな。

兄ちゃん、なんが好きや?」

好きなことか、なんだろう。そんなこと急に聞かれたって、綿あめみたいなふわふわした自分の気持ちを掴むことすら容易じゃない。大型車が好きでこの世界に飛び込んだけど、していることはただの営業。握っているのはハンドルじゃなくて手帳と仕様書。あとは荷台の採寸に使うメジャー。

家ですることといえば、訳もなく近所を歩いてみたり、たまたま見かけた居酒屋に入ってみたり、洗車したり。部屋の掃除をした直後にDIYをして掃除前よりも部屋を散らかしたこともあれば、突然の思い付きで自転車をかっ飛ばして家から30km離れたオートバックスに行ったが帰りにパンクしてしまい、涙目になりながら自転車を担いで帰ったこともある。

のら猫と遊んでいたらいつの間にか3時間経っていて、夕飯を食べ損ねたこともある。「あなたをそんな猫好きに育てた覚えはありません!」と若干ベクトルの違う怒られ方をしたのも私である。

大したこと、してないなぁ。そして絞り出した好きなこと。

「…人と話しているのと、元文学部なんで読書が好き、くらいでしょうか。この仕事していますが英語話せたりするんですよ。一か月アメリカにいましたし。あと塾で英語教えたりもしていて、教え子たち、元気にしてるかなぁなんて今でも考えるんです。」

「それや、兄ちゃん。いま兄ちゃんの声、少しだけ明るくなったの気づいたか?自分の好きなことに近づいたら、人って明るくなるんよ。

運転好きでこの仕事したら、会社の中で一番明るいヤツなってん。見てみ?」

ちらっと帽子をあげる。それをミラー越しに見る。見事なつるっぱげだ。ワックスがかかった車のようにツヤツヤしている。

「笑いよるけど、どうせ兄ちゃんもそのうちハゲるけんな。おれは『てっぺんで輝くタイプ』やったけど、その輝きをほかの髪で遮ってしまうやつもおるんよ。おれそういうコソコソするの、嫌いやからな」

つまりKさんは、てっぺんから禿げたんだろう。そしてほかの髪で遮るのはいわゆるバーコードさんのことだろう。

「お、兄ちゃん!ラジオの音上げてくれ!乃木坂や!新曲!この子らかわいいよなぁ~」

見たところ50代もそこそこな風体だが、乃木坂が好きらしい。てっぺんから明るいKさんが、渋滞でイライラしつつ「ガールズルール」に肩を揺らす運転席。考えるとほほえましい。

「兄ちゃん、自分の好きなもんに背中向けたら一生後悔するぜ!送ってくれてありがとな!そいじゃまた!会社のみんなによろしゅう!」

結局あれから再会することもなく転職してしまったが、また会えたら伝えたい。

頭はまだだけど、僕の声、最近明るいよ!

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