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さみしくてしずかな我が家

特別支援学校の高等部に通う我が家の次男は、重度知的障害のある自閉症だ。
強度行動障害とも判定されている。

昨年から、母子分離不安が強くて学校には親子で登下校(授業参観付き)を続けていて、以前からあった自傷他害(自分の額や後頭部を床や壁に打ち付けたり、主に母親である私に激しく頭突きしたり髪を引っ張ったり)がだんだんひどくなってきた。
次男の額にはいつも傷跡かかさぶたがあるし、私は頭にたんこぶがいくつもできたり、目の周りに青あざができたりした。

次男の頭突きで痛い思いをするのも、母子分離不安で一日中次男と行動を共にしていて自由がないことも、仕方のないことだと受け入れていた。
本当は異常な状態なのに、それに気づくことができていなかった。

次男の担任の先生や、放課後等デイサービスのスタッフの方に指摘されるまで、次男を育てる上での困りごとで助けを呼ぶなんて、考えつかなかった。


昨年の暮れから、事態は急展開した。
次男の主治医とかかりつけの病院が変わった。
どうしても辛かったら、レスパイト入院という手もあると言ってもらえた。
入院の日程が決まり、手続きが進められ…
とうとう次男は私達家族から離れてひとりで病院に入院した。


入院が具体的になってから、次男の様子が変わった。
なんだかおりこうさんになった。
頭突きがそこまで強くなくなった。
今まで以上に甘えん坊になった。
びょういんにおとまりすること(入院)」の意味をぼんやりと理解したのかもしれない。


入院の日がやってきた。
「びょういんにいくよ」と、次男を車に誘うと素直に乗った。
病院に近づくと、近くのコンビニに行きたいと言い出した。
時間があるので寄ると、車からは降りようとしない。
「何か買う?」と聞いても「イカナイ」と答えて車から降りようとしない。

病院に着いて、車から降りると素直についてきたが、入院用品が入ったバッグを取り返して車に戻そうとした。
次男が私の手を物凄い力で掴む。
あまりの握力の強さに、つい次男の手を払いのけてしまう。
次男の握力はゴリラ並み(大袈裟)かも…。
次男がこれからのことを不安に思っていることは痛いぐらい分かる。
何なら私だって泣きたいぐらいだ。


入院前の診察までの間、なるべく次男を落ち着かせようと次男を抱きしめて背中をトントンした。
ずっとこのままならいいのに。


入院手続きをして、病室に移動した。
ドアを開けるなり目に飛び込んできたのはベッド。
次男は保健室に入ったときのように、自ら靴を脱いでベッドにもぐりこんだ。
次男らしい行動にホッとしたのもつかの間、一緒に来た男性看護師3人に支えられながら、次男初めての血圧測定&血中酸素濃度の測定。
ちょっと不安げな次男に後ろ髪をひかれながら、私は退室して入院時の様々な説明を別室で受けた。
もう、しばらくの間次男に会うことはできない。
慌ただしい別れだった。


夜になって、次男のいない静かな夕食をとった。
とーちゃんもじーちゃんも口数が少ない。
なんだかしんみりしたまま、夕食の後片付けをした。

次男、もう夕食は終わった頃だ。ちゃんと薬を飲めたかしら?ちゃんと眠れるかしら?夜中に騒いで看護師さん達を困らせないかしら?

気が付くと、次男を抱きしめたときの感触を脳内で再現している。
むくむく育った体、柔らかなほっぺ、膝に座らせてゆらゆらしたときのうっとりした目…

さみしい。
かーちゃんはとってもさみしいよ。
次男はどうかな?
泣いてないかな?


次男の様子を聞くのと、洗濯ものの受け取りのために病院に行った。
次男担当の医師がちょうど現れて、「次男くんの様子で、良いことと悪いことがあります」と言われた。

良いこととは、夜よく眠れていること。
悪いこととは、ご飯を食べないこと。
――出された食事を食べずにトイレに捨ててしまうそうだ。

ハンガーストライキってこと?
ひとりで入院している状況に反発して、何らかの行動をするのは予想していた。でも、ハンガーストライキなんて、食いしん坊の次男がするとは予想外だった。

病院を後にして、しばらくすると病院から電話がかかってきた。
「次男くんが、病室に入ってきた看護師に頭突きして危険なので、一定時間身体拘束をします。ご了承いただけますか?」
…入院から1週間以内に絶対やるとは思っていた。
これは想定内。
身体拘束もやむを得ないだろう。
でも…
想像していたのと実際に言われたのでは、ショックの度合いが違った。
結構、キツイ。胸の真ん中を殴られたような気分だ。

続いて電話で「身体拘束して、栄養と薬の点滴を打ちますが、その間トイレに行くことができないのでおむつが必要です。なるべく早く持ってきてください」とも言われた。
大急ぎでドラッグストアに行き、介護用おむつとパッドを買いそろえ、病院に持って行った。


次男の学校の担任から電話があったので、次男の様子を説明した。
身体拘束やおむつ、ハンガーストライキのことを話すと、ショックを受けているようだった。
そりゃあショックを受けるよ。
親の私だって、かなりショックだったもの。


入院から日にちが経って、次男も少し落ち着いてきたという。
だからといって、すぐに退院というわけではないのだけど。


16歳の高校生でありながら、知能や心は2~3歳の次男を、家族から離れてひとりで入院させることに、もしかしたら反対する方もいるかもしれない。
でも、こういう障害児は親が健康でなければ(健康であっても)育てることがとても難しいことをご理解いただきたい。
もし、私が次男からの頭突きで脳に損傷を追う大けがをしたら、誰が次男の面倒をみるのか。
じーちゃんは90歳代の高齢で足腰の衰えが目立ってきた。
とーちゃんは過去に罹った病気の後遺症で右手脚にハンデがある。
長男に次男の面倒をみさせるのは、長男の将来を潰しかねない。
だとしたら、次男の世話を可能な限り外注するのがいいのではないか。

私なりに考え、学校や福祉の関係者に相談した結論が、次男を入院させて私の負担を一時的であれ減らすこと。
ケガの危険から遠ざけること。


テレビやラジオから流れてくることばに、「ああ、これ次男が学校祭で言ったセリフと同じだ」とか、「これ、次男が気に入って何回も言ってたな」とか思い出してしまう。
ふとしたことで次男を思い出すのは、とーちゃんも、じーちゃんも、長男も同じだろう。

今夜もまた、さみしくてしずかなんだろう。


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