「永遠を灯すランジェ」SS


アルバム「永遠を灯すランジェ」に関連する書き下ろしSSです。。

とある滅びた星で、かつて人を癒やしてきたロボット「ランジェルド」の記録(記憶)が一つずつ発見されていくという設定で三枚シングルを作り、少しずつ全容が明らかになっていくという作品でした。

それらをまとめたアルバムの書き下ろし曲にも、エンディングに該当する曲が2曲あり、隠された最後の一曲を聞くかどうかはリスナーさん次第。それによって内容の捉え方が変わってくるという、ちょっとゲームのような要素も入れた実験作です。聞いてくださった方からは「最後の曲は聞かなければよかった」というお言葉もいただきました。

こちらのSSはネタバレにもなりますので、もし楽曲に興味のある方はアルバムのほうから聞いて頂けると嬉しいです。BOOTHにてCDもお求めいただけますしDL販売(CD音源とハイレゾ音源)もあります。

なお、DL版では隠しようがないのですが「Lanje ~もうひとりのボク~」が上記の隠し曲に該当します。




永遠を灯すランジェ



「夜を灯すランジェ」


 ボクは、いわゆる『ロボティア』——古い言葉でいうなら『ロボット』だ。

 初期設定によると、性別は男。名前はランジェルド・アルジオール。
 これは通称で、本当は『人工精神回路内蔵個体識別登録番号』という長ったらしい正式名称がある。自分では認識できないけれど、髪に隠れた首の後ろに書いてあるはずだ。
 でも、面白みのない数字とアルファベットの羅列なので、ボクはあまり好きじゃない。

 ボクを造ったご主人がつけてくれた、青い星という意味の『ランジェルド』のほうが何千倍も素敵だ。ちなみに、『アルジオール』とはご主人さまの名前である。

 それを知っているご主人は、ボクがお客さんに自己紹介する時に「ランジェ・アルジオールです」と名乗っても笑って許してくれる。

 でも、中にはロボティアが人間みたいに振る舞うことを嫌っているヒトもいるらしい。
 ロボットの著しい進化が必ずしもジンルイの文化にとって健全な発展を促すとは限らず、ひいては——なんだっけ。まあ、だから、本当はダメなんだけど。

 そういう気むずかしいお客さんの時は、ボクはお店に顔を出さないようにしている。物陰に隠れて、嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。

 ご主人、早く戻ってこないかな。今夜はどんなお話をしてくれるのかな。

 そんなことを考えながらする日向ぼっこも好きだ。(但し、顔に貼ってある人工皮膚をが傷むといって、ご主人はボクが太陽の光を長時間浴びすぎることを嫌っている)


 今時のロボットは頭がいい。

 千分の一秒で大量の計算をこなしたり、何億ものワードを組み合わせて一瞬で答えを導き出したり。そんなことはロボットが実用化される以前から当たり前にあった技術だ。
 最近は命令されたことだけをクリアするのではなく、経験から命令を自分で組み立てる。つまり、より人間らしい思考・行動を取るよう成長していくのが普通だ。
 けれど、ボクはどうも大事な部分が抜けているようだった。もう何年もご主人と一緒に暮らしているのに失敗ばかりしてしまう。コーヒーに入れる砂糖の量を間違えたり、何度も上り下りしている階段で転んだり、家の外で道に迷ったり。
 起動した日から、ボクは自分が成長している気がまったくしない。
 でも、ご主人はボクを直す(バージョンアップとも言う)気はさらさらないらしい。難しいことを考える厳密な回路なんて、ボクには必要ないとまで言い切られている。そのおバカなところが可愛い。むしろ、そのほうが人間らしいんだよと。
 もしかして、いや、もしかしなくても、ご主人はボクに甘いのだろうか。
 だけど、顔にいっぱい皺を寄せて笑うご主人の顔を見るのが好きで、ボクは何となく「まあいいか」と思ってしまう。そんなボクの頭を、ご主人はしわしわの手で撫でてくれる。これがまた気持ちがいい。もちろん、ボクの頭に気持ちいいと感じるセンサーを取り付けたのは、ご主人本人なのだけれど。
 ご主人がボクに求めているのは、最新鋭のロボットとしてのパートナーではなく、家でご主人を待っている家族の代わりなんだろう。もっと言えば、もう家を出て行ったご主人の子どもの代わり。そのことを真剣に考えると、ボクの胸は少しだけ軋む。ちょっとオイルが足りていないのかもしれない。
 ボクの役目は、朝起きて、庭先の掃除をし、夜になったらランプに明かりを灯すこと。そして、ご主人さまの帰りを「良い子で」待つことだけ。
 ご主人が苦手な家事くらいはできるようになりたいけど、ボクに登録された最低限の存在意義はそれだけ。言い換えれば、ボクに与えられた唯一のプログラムだ。
 だから、ボクは今日もご主人を待っている。
 ここ最近、ご主人の帰りは遅い。もう大分留守をしているようにも思える。
 いつからか視覚装置は壊れて、ボクの目はただのガラス玉になっていた。でも、ご主人が帰ってきてくれないから修理をお願いすることもできない。ボクは自分一人じゃ自分を直すこともできないから。
 もし、この故障が物理的な故障ではなく、ソフトの不具合だとしたら、もしかしたら初期化すれば直るかもしれないけれど、ずいぶん長いことバックアップを取っていないので、記憶も消えてしまうだろう。それは、いやだ。


「朝を唄うエルミット」


ここへ来る前。ボクがまだ工場にいた頃。ボクにはたった一台だけ友達がいた。
 通称をエルミットという、少女型のロボティアだ。
 エルミットは一度目の役目を終えて、生まれ故郷である工場へ返品されてきた。これを、ボクたちを作ったヒトたちは『帰還』と呼んだ。
 僕たちは人を癒すために存在する。人の心というものは、何かしら依存するモノが必要らしい。

「キミのご主人はどんなヒトだったの?」

 ボクが尋ねても、彼女は答えてくれなかった。
 代わりに、エルミットはある『歌』を教えてくれた。彼女のご主人が亡くなる前にプレゼントしてくれたもので、彼女にとっては大切な宝物らしい。

「どうせ消去されてしまうのに。ワタシに記憶を遺そうとするなんて、ヒトはおかしな生き物ね」

 主人が変わる時、ボクたちに過去の記憶は必要ない。
 新しい主人にもメモリは真っさらな状態のほうが好まれるし、過去の記憶は新たな主人と新たな関係を作る際の妨げにもなってしまうことがあるらしい。
 だからボクたちは、回収された後に必ず『リセット』される。

「ワタシにね、やっと『朝』がくるのよ」
「朝?」
「リセットされるってことよ。主人のいないセカイは、まるで出口のない暗闇だもの。でも、そんな夜も、今日でおしまい」

 エルミットは『リセット』を『朝』と呼び、きっと喜んでいた。
 彼女には表情をあらわす機能がついていないので、見た目には分かるはずもないけれど。

 『リセット』はそんなに待ち遠しいことなのかな。
 全部忘れるって、嬉しいことなのかな。

「そうよ、『朝』は希望よ。ワタシたちの」

 ボクにはわからなかった。

 ボクは、そんな朝なら来なければいいと思う。
 主人との思い出は何一つだって忘れたくない。
 ずっとずっと夜でいい。暗いなら、ランプを灯せばいいのだから。

 エルミットが『リセット』されてからは、ボクは一度も声をかけることができなかった。
 彼女が歌っていた『歌』を、彼女から聞いた以前の主人の記録を、彼女に教えたくなりそうだったから。


「永遠を灯すランジェ」


 ——十八時だ。
 今日も時間になったので、ボクはランプに火を灯す。
 ご主人がいつ帰って来ても、ドアの場所が分かるように。

「ただいま、ランジェ」

 ご主人が発する、たったその一言を聞くために。

 最後にご主人が出かけてから、長い時が経っていた。
 何日も、何年も。
 そして、今日もご主人は帰ってこない。

 けれど、明日はきっと——。


 その日も、ボクはいつものようにランプの掃除をしていた。布でゴシゴシとこすると、ランプについたすすが落ちたような気がした。見えないので確認はできないけれど。
 自分の仕事に満足すると、壁伝いにドアから外へ出て、庭先にゴミが落ちていないかチェックする。
 ボクは庭をぐるりと回る。ドアから二十歩ほど歩くと、ボクの好きな樫の木がある。ご主人が生まれたときに植えられた木だから、自分の分身のような気がするらしい。
 その横にある木。これは、ボクとご主人が一緒に植えた苗木だ。
 春になると、花壇にはたくさんの花が咲く。その周りをご主人と一緒に歩くのが好きだ。ご主人は色んな花の名前を知っている。だから、ボクのメモリには庭の花々のデータがたんまりある。
 今この目が見えなくても、そこから記録を引き出せば、はっきりと庭の景色を映し出すことができた。
 ボクはそれで、あの日と同じ笑顔になる。

 さて、今日は風がないから、何も飛んできてたりはしないだろう。
 ボクは安心して、家へ引き返す。
 もうすぐ日が暮れる。ランプを灯す時間だ。早く戻らなきゃ。ご主人のために。
 その時。

 こつん。

 つま先に異物を感じた。固い、何かだ。

 庭先にこんなものあったっけ?
 隅々まで検索しても、データにはない。
 目の見えない僕は、恐る恐るそれに触れる。指がコツンと当たる。石か、金属だろうか。
 拾い上げると、こぶしくらいの大きさの金属のかたまりだった。
 形状は、立方体。小さなでこぼこがついている。
 明らかに人工物と思われるそれは、ボクの手の中で急に震えながら、

『——ザザザ』

 どこかで聞いたような雑音を漏らした。
 ラジオだ。検索をするまでもなく思い出す。
 そうだ、前に見たことがある。よくご主人が、突起のようなつまみをいじって音を出していた。

「電波を拾って遠くの声を届けてくれる機械だよ」と教えてくれた。

 どうして、こんな所に落ちてたんだろう。
 今まで気付かなかったのを不思議に思いながら、ボクはラジオのつまみをひねる。
 回したり、戻したり。何度も試すうちに、雑音は徐々に声になって、少しずつ言葉の意味をなしていく。
 なるほど、こうやって調節するんだ。
 ようやく音から言葉が認識できるレベルになった時、ラジオは信じられないことを語った。

『この地へ残る全ての人工精神回路内蔵個体に告ぐ。この地は既に滅んでいます。ただちにプログラムの実行を止めてください。命令を解除するコードを配信しています……』

 もとから目の前が真っ暗でよかった。
 ボクは自分がショックを受けているのかも分からないまま、全速力で家へと戻ってきた。
 そして、鍵を掛ける。ラジオの声が追ってこないように。
 ぺたりと床に座り込む。
 何も聞かなかったことにしたい。いまだに、信じられない。

 夜だ。

 はやく、明かりをつけなきゃ。
 ランプに手を伸ばして火を付ける。
 それが、ボクの日課なんだから。

 でも、声に触発されたボクの体は、勝手に思い出してしまった。視覚装置が壊れていたと思い込んでいたのは、精神回路を守るための安全装置のせいだったことを。

 それを認識した途端、オフされていた視覚装置が半自動的にオンになる。ボクはそんなことを望んでいないのに、プログラムが勝手に動き出す。
 しばらくの間を置き、何の問題もなくクリアになった視界。
 久しぶりに目に入るランプの光。

 そして次に僕の目に映ったのは——。

 何もない砂地。
 ここにあるはずの屋敷もなく、あるはずの庭もなく。
 僕が掃除していたはずの庭もない。
 木も、花も、花壇も。
 何もなかった。

『この地へ残る全ての人工精神回路内蔵個体に告ぐ。この地は既に滅んでいます。ただちにプログラムの実行を止めてください。命令を解除するコードを配信しています……』

 耳に残っているラジオの声。
 ご主人と最後に別れてから、どのくらい時間が経っているんだろう。
 改めて計算すると、六十九年と11ヶ月と3日と21時間24分14秒。

 約七十年。

 ご主人が帰ってくるはずが、ない。
 いくらボクが筋金入りのポンコツでも、そのくらいは分かる。
 ボクはやがて、とぼとぼとラジオの元へと歩いた。
 真っ暗闇の外へ、ランプを携えて。
 それしか、やることがないように思えた。

『この地へ残る全ての人工精神回路内蔵個体に告ぐ。この地は既に滅んでいます。ただちにプログラムの実行を止めてください。命令を解除するコードを配信しています……』

 ラジオは同じことを繰り返している。

 いや、これはラジオじゃないのかもしれない。
 もしかすると、僕につけられていた受信機だろうか。そしてこの声は、遠くから発信されている、この地に残るロボットたちに与えられた命令を解除する命令。

 ジンルイが最後に残した、ロボットたちへの良心であり、懺悔。
 僕はその場に膝を折った。

 そして。

 『ラジオ』の金属片に映った自分の姿に、僕は思わずフリーズした。

 ヒトの子供と間違えられた容姿は、そこにはない。そこにいたボクは、ただの記録装置にすぎなかった。
 よく見れば、手だって。足だって。
 柔らかい人工皮膚が剥がれ、金属がむき出しになっている。

 壊れていたんだ。
 いつから?

 行き場のない、反復する思考が頭の中で暴走し、何度目かのエラーを起こす。
 また、安全装置が働く。
 視界が消え、一時メモリーに残る全ての記録が消え、強制的にシャットダウンされる。

 『リセット』を朝と呼んだエルミット。
 キミが朝を希望だと言った意味が、少し分かった気がするよ。

 ボクは、ボクは、今、全てを忘れたい——。

 だから、『ラジオ』を遠くへ捨てることにした。
 今日見たことを全て忘れてしまえば、ボクは何も知らないまま、ご主人を待っていられる。
 大好きなこの家はあの日のまま。ボクは人間と同じ姿のまま。
 今日がご主人と別れて七十年後という事実さえ消してしまえば、ご主人は明日にもこの家に帰ってくるはずなんだ。
 何も知らない自分が行くはずもない場所。
 ご主人が立ち入り禁止と言った敷地の外。できるだけ遠くへ、『ラジオ』を放り投げた。

 空を見上げると、青い星が輝いている。
 ランジェルドだ。

 初めてご主人と会った時にも美しく輝いていた星。
 忘れたくない。ご主人のことは、何一つ忘れたくない。

 だからこそ、今日見たことや聞いたことは何一つ保存しない。今日の記憶だけを消して、また始めよう。
 また、今日と同じ一日を。
 帰ってくるはずのご主人を待つ、シアワセな時間を。
 家に戻ってきたボクは自分の耳に指をかけて、その奥のスイッチを探る。

 そしてボクはボクを再起動した。


 暗闇に落ちていきながら、ボクは誰かに——或いは、これを見ているアナタに——祈った。


 もしも、いつかボクが壊れてしまったとして。
 どうか、誰もボクを見つけませんように。
 どうか、誰もボクを直しませんように。
 

 今日もご主人は帰ってこない。
 けれど、ボクはそれを知らない。知る必要も、ない。



 だから、明日の夜はきっと——。













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