伊丹市句会ライブに行ってきた
7月某日、伊丹市民ミュージアムで開催された句会ライブに参加してきました。
司会に伊丹市柿衞文庫名誉館長である俳人の坪内稔典先生、ゲストに俳人の今井豊先生(いぶき)、南北佳昭先生(伊丹市俳句協会)という企画でした。前から、坪内稔典先生の句会に参加したいと思っていたので、この企画を知り、急遽大阪まで日帰りでいってきちゃいました(マイルをためててよかった。ありがたや…)
投句完了後、清記の時間をつかって、稔典先生、今井先生、南北先生の3人によるフリートーク。最近のみなさんのトピックや俳句で関心があること、どこで俳句をつくっているかなどが話されました。
今井先生は、最近ご自宅の敷地に俳句資料館をつくられたとのこと。(noteの涼野海音さんのブログで詳しく様子が書かれています)有名無名問わず俳句資料を約10000点集めているとのこと。自宅も、今後句会ができるような交流スペースに改装中とのことで、明石で吟行句会がある際には、是非立ち寄っていただければとのことでした。句友さんの吟行で、明石はよく上がってくるので、私も一度訪問したいなと思いました。
最近の俳句トピックとして、「季重なりについて」の話が挙がり、とても興味深く拝聴しました。
昨今の俳句界では、1つの句に季語が1つというルールができているが、明治期の句などをみると、1つの句に季語が沢山入っていて、どこでそうった線引きが行われたのか、ということを今井先生がお調べになっているとのこと。
大きな影響として、カルチャースクールブームが起きた際に、生徒が理解しやすいように「季語は1つ」というルールを決めたのではないかというもの。というのは、季語が2つ以上はいった句の場合、どこからが成立していて、どこからが成立していないかを論じるのが、高度な話になるため、講師側もルールが決まったほうが、授業しやすさがあったのではないかことが、今井先生から発言されていました。
稔典先生からは、俳人の森澄雄を例にだし、「森澄雄は、自然界は季重なりが当たり前の世界であるから、季重なりの句になることは極めて自然なこと。」と発言されていて、そういった観点で俳句の世界を切り取っていなかったので、改めて勉強になりました。
清記完了後、司会とゲストの御三方を含む、全部で60句の句に一つずつふれてくださいました。(無点句は名乗らなくても良いとのことで安心しました(笑))
それぞれの先生が的確なコメントをくださるのですが、普段文語調でつくる今井先生と口語調でつくる稔典先生の解釈の違いが分かれていて、こういう部分も、この句会ライブならではだなと思いました。
今回一番印象的だったのは、稔典先生のご指摘が本当に的確なこと。季語の是非や、表現の過不足、言い過ぎ、私情の入り方の有無、語彙の選択や表記の在り方に至るまで、すべて納得いくもので驚きました。
稔典先生の句は、どれも自由奔放で、季語の在り方とかどうされてるんだろうと思ったりしたのですが、こういった部分に対して非常にきちんとされていたので、やはり基本的な季語や表現の理解があってこその自由奔放なのだと改めて感じました。