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【スパ銭レビュー】泉天空の湯 有明ガーデン

平日朝10時に来店。通常プランで2,600円。
都内の銭湯やスパ銭に小慣れている立場から、「平日でこの値段かよ。高いな」と一瞬思ったが、有明の海浜に咲いた一輪の牡丹と、そこらの野草を安易に比べるべくもないことも同時に理解できた。
館内を優しく照らす間接照明の数々、10分前まで乃木坂46が貸し切っていたと思わせるような気品ある香りは、まさにスパ銭界のセンターは自分だと言わんばかりである。さっそく階段を上りメイン設備である銭湯に行こうではないか。

平日10時ということもあってか、やはり人は少ない。実は朝5時から10時までの滞在なら安めのモーニング料金が適用されるため、この時間は朝活者のもぬけの殻と化しているのかもしれない。早起きは3文の得というが、実はこの3文は当時においても非常に価値の低いものである。すなわち早起きをしてもわずかしか得をしないというのがこの諺の文字通りの意味である。
わたくしが何を言いたいかはお分かりだろう。少しでも安く銭湯を利用しとうと意気込んだところで、同じ目論みを持った同輩がごった返し、最終的な満足度が下がるのは目に見えている。横綱が取る相撲が横綱相撲と言われるように、紳士には紳士の銭湯があるのだ。そんなことも分からぬようでは彼らの人生もせいぜい小結程度が関の山であろう。

銭湯は内湯と外湯に分かれており、全部で7つほどの浴槽がある。どの浴槽も十分な容量を誇っており、都会の喧騒に生きる我々をこれでもかと言うほど包容する。その包容力は太古から日本人を見守り続けた富士山といったところだろうか。
内湯にサッと浸かった後外湯へ。外湯と言っても空が見えるだけだが、醜い現世など誰も見たくはないのだろう。我々は乃木坂の香り・富士の恵みを堪能する最中であるのだ。平日の朝方、下界で繰り広げられているものは地獄だ。法律無視のブラック労働。死んだ目をして働く中高年。痴情のもつれ。もう考えたくもない。
温泉に浸り、少しばかり微睡んだところで気づくのは細やかに配置された植物の緑だ。小さな癒しにより下界への妄想から救い出された私は洗い場へと向かう。

洗い場は全部で27席ほどだろうか。横並びの3席それぞれに仕切りが設けられており、そこらの銭湯よりもプライバシーが守られている。新しい人権とも言われるこの権利は、少なくともここでは生きているようだ。さっそくシャワーを捻ると、なんとも優しい霧が顔面に降り注ぐ。付属のお高そうなシャワーヘッドが作り出したミストのようだが、ここまで優しいと涙が出てきそうだ。人は生まれる時、笑顔・泣き顔に囲まれこの世に歓迎されるが、コロナ禍の現代日本において、この光景はますます少なくなり、逆に高齢者の孤独死が社会問題と化している。五十路を迎えた私も、死期を悟った時にはまたここに訪れよう。優しい霧は死にゆく者の送り主として最適だ。
あらぬ雑念が浮かんだが、シャワーばかりに目を向けてはいられない。シャワー横のシャンプー・トリートメント・ボディーソープのどれもが高級品と見受けられた。試しにボディソープを1プッシュ。何とも吸い付きのよい液体が手に滴るではないか。少しばかり体に塗りつけたところで、神のミストで洗い流す。高級感のある体験である。

銭湯を一通り満喫した後は階段を下り、カフェラウンジに向かう。カフェラウンジ・レストラン・リラックスラウンジが並んだフロアは人も少ないせいか、広々としている。
PC作業を望む私はカフェラウンジの1席に腰を下ろす。セキュリティの脆そうなFreeWi-Fiしかなかったのは残念だが、全部で20席以上はあろうかというスペース内において、利用者は私と30~40代と見られる男性の2名のみ。Web会議をしているのか、IPO、リソースなど意識の高い用語が聞こえてくる。その対角線において、私はこの蝿しか寄らぬクソのようなレビュー記事を書き散らしている。生産性は0。彼がIPOを果たし、巨万の富を得たあかつきには、同じ空気を吸った誼に少し分け前をくれないだろうか。

さて、宴もたけなわ。宮沢りえが人気絶頂で脱いだように、筆が乗って来たときこそ実は筆の下ろし時なのである。散るゆえに惜しまれる花の如く、ここで筆を下ろそうではないか。




あとがき

このレビューは実在の人物とは一切関係がありません。とあるレビューから着想を得て作られたフィクションです。




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