見出し画像

猫写真の無い猫日記。かつおだし

 切り干し大根を水で戻しながらかつおだしを取り始めたら猫先生が台所にやって来た。

 家族になったばかりの頃は人間が食べるものをなんでも欲しがって、カレーライスを食べている私にまとわりついて立食を余儀無くさせたり、桔梗信玄餅プリンを奪おうとテーブルに飛び乗ったりしていた我が家の猫先生。
 今では人間の食べ物をもらえることは決して無いことをよく知っていて、煮魚を見てもお刺身を見てもおねだりはせず、
「食べられないなら見たくない」
 と、眉間に皺を寄せてテーブルから目をそらすだけ。

 でもかつおだしに関しては今もまだあきらめがつかない様子。
 かつおだしを取っていると毎回必ず来るわけではなく、
(今回こそもらえるかも)
 と、何らかの根拠があって見極めがついたらしい時にふとやって来て、
「それ猫のだよ?」
 と不思議そうな顔で見上げてくる。 
「違うよ?」 
 と言って台所から出そうとすると、
「違わないよ?」
 と譲らない。
「違うよ」 
 と言い置いて料理を続けていると、しばらくその場で箱座りして私を見張っていたけれどやがて、
(違わないのにな…)
 と言いたげな背中でニャン謀本部に帰っていった。

 煮物を作り終えてから、そういえば風呂場の鏡が汚かったな、と思い出して、掃除用具入れの抽斗をがさごそしてたらまた猫先生がやって来た。取り出されるのは新しいおもちゃにちがいないと信じている顔。
「おもちゃじゃないよ。そこ通るよ」
 と、ウレタンスポンジを持って風呂場に向かい、鏡をしばらく無心でこすってやがてピカピカに磨き上げて、すっきりした気分で振り向くと風呂場のドアの陰から猫先生がうらめしそうに私を見ていた。
(自分だけ新しいおもちゃで遊びやがって)
 という顔。
 猫先生はそれから刑事のような顔つきで風呂場に入ってきて、私が新しいおもちゃでこすりまわしていた鏡とその周辺をしばらく調べ回った後、
(こんなことして楽しいやつの気が知れない)
 という顔になって廊下を帰って行った。