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小説「遊のガサガサ冒険記」その21

 その21、
 石造りの鳥居、両脇には猿が両手を合わせた姿の像が控えている。
「馬返しの鳥居じゃな。古来から神聖な場所として崇められ、ここからは馬には乗れないことになっておる。仕方ないじゃろう」
「もちろん、初めからそのつもり。自分の足で登っていく」
 遊は磨墨の背から降りた。
「磨墨、疲れただろう、ご苦労さん。君は雷鷲のように上空からついてきてほしい」
「分かった。見守っているから安心して。敵が出てきたら、直ぐに飛んで行くから」
 遊は右手で、磨墨の首筋を優しく撫でてやった。
 磨墨は草食動物で、優しくて大人しい。食物連鎖の頂点にいる疾風や雷鷲のような力強さはないが、忠誠心が強く正義感にあふれている。何より、人を乗せ、その上、飛べるのが遊にとって頼もしい存在だ。
「遊をずっと背負っておったからな。休ませてやったらいい。わしゃ、ずっと、楽しておるからの」
 亀吉は遊にとってメンターであり、良き理解者だ。厳しく指導されることが度々だが、困難なミッションだからこそ、良薬は口に苦しと受け止めている。
「磨墨、出発するから」
 遊の呼び掛けに、磨墨は安全祈願するように嘶いた。
 遊は一歩を踏み出した。山道の勾配は徐々に険しくなっている。休憩を取りながら、彼は黙々と頂上を目指す。いくつかの社や山小屋跡を過ぎ、五合目近くだろうか。うたた寝から目覚め、亀吉が話しかけてきた。
「じゃが、不思議なもんじゃな。ひょんな巡り合わせで、こうして、未来の人間のお供をしておるんじゃから」
「あの時、もし、亀吉の子孫と渡良瀬川で出会わなかったら……。そう思うと、縁って不思議だなって」
「全く、何事も縁じゃな。世の中は見えない縁でつながっておる。一期一会ともいうじゃろう」
「イチゴイチエ?」
「知らんか?。たった一度の縁を大切にするってことじゃ。まさしく遊は実践したわけじゃ、わしの子孫を助けてな」
「でも、いい縁や絶好の機会ばかりじゃないよね、世の中。悪いことや危ない誘いもいっぱいあるし」
「そりゃそうじゃ。いいことも悪いことも半々じゃからな、一生は」
「じゃあ、どうしたら、その見極めを」
「自分の胸に尋ねるんじゃ。仮に間違ったら、その時、また自分に聞きゃいい」
 日々の生活は予期せぬことや偶然であふれ、その都度、選択を迫られている。その判断する物差しは、自分で経験を積み精度を高めるしかない。この不思議な体験も自分にとって必要不可欠なのかもしれない。そう考えると、遊は肩の重荷が少し軽くなった気がした。
「ヒィー、ヒィー」
 か細く物悲しい口笛に似た音が、コメツガ、シラビソの高木が競うように林立する暗く深い森から響く。
「あの鳴き声は、確かトラツグミだ」
「つまり、ぬえじゃ。また出てきおったか。しつこい奴らじゃ」
 遊はウエストバックの口を閉め、槍を手に取った。雷鷲はコメツガの梢に姿を潜め、数㍍先の山道脇には疾風も姿を見せた。磨墨も近くに来ているはずだ。
 遊は右手を前方に伸ばし、疾風に先に行くよう指示した。
「ヒィー、ヒィー」
 鳴き声は止まない。人の気配は感じているはずだ。あえて居場所を知らせるとは、引き寄せて向かい撃つつもりかもしれない。
 二抱えもあるような沿道の巨樹に向かって、疾風が低いうなり声を上げ始めた。その樹木の枝分かれする下に大きな洞が見える。得体のしれない敵の存在を感知したらしい。疾風はその木の下まで近づき、盛んに吠えたてる。
 その洞から、獣が顔をチラリと覗かせた。サルか。突然、その獣が飛び出し、疾風に襲い掛かった。トラのような体形、赤褐色の体色に黒の縞模様が浮かび、手足は太く、尾はまるでヘビのように鱗で覆われている。伝説の鵺にちがいない。
 疾風と鵺は唸り合いながら激しくもみ合った末、飛び離れ、睨み合った。疾風は右耳を噛まれたらしく鮮血で濡れ、息も荒い。
 鵺は身軽に樹上まで駆け上がり、再度、疾風に飛び掛かった。疾風は組み敷かれ、首を噛まれた。
「やめろ、鵺め」
 遊は右手で槍を構え、駆け寄る。
「グルックル、グワッ、グワッ、グー」
 森をつんざくような雷鳴に似た轟音が鳴り響いた。待機していた雷鷲が翼をすぼめ、樹冠から突っ込んでくる。鵺は一瞬、たじろいだように動きを止め、森の奥に逃げ出した。
「鵺、受けてみろ」
 遊は渾身の力で黄金の槍を投げた。
 槍は一直線に飛び、鵺に向かっていく。鵺はクマザサの中を走る。槍が鵺の腰のあたりをかすめ、鵺の姿が消えた。
 遊が駆け付けると、クマザサの葉に点々と血痕が付き、血糊のついた黄金の槍が落ちている。
(どこに逃げた、鵺のヤツ)
 遊が槍を拾い上げようと腰を屈めた途端、目の前の木の陰から鵺が飛び出した。
 遊が慌てて逃げようと背を向けた。鵺が遊のバックパックを持ち、引きずり倒す。真っ赤に顔を紅潮させた鵺が牙を剝き出し、覆いかぶさってきた。
(やられる)
 遊は咄嗟に顔の前に両腕を交差させ、両目を瞑った。
「ドスン」
 鈍い音に遊が両目を開けると、鵺の姿はない。彼が体を起こすと、笹薮から疾風が息を切らせて戻ってきた。
「大丈夫か」
「鵺は?」
「逃げられた。体当たりして追いかけたんだが」
「助かった。疾風、ありがとう」
 遊は立ち上がった。バックパックの口が開き、中身が散乱している。その中からタオルを拾い、疾風の耳や首筋の血を拭い去ってやった。雷鷲の急襲のお陰で、疾風の傷は浅かった。
「すまん、敵を甘く見た。今度、遭ったら打倒してやる」
「いや、疾風のせいじゃない。僕が遅かった」
 遊は拾い上げた黄金の槍を見詰めて、悔しさをにじませた。彼はウエストバックを開け、亀吉の安否を確かめた。
「やれやれ、疾風のお陰で命拾いしたのう」
 亀吉は安堵の溜息を洩らし、忠告した。
「鵺は傷を負っておる。直ぐには攻撃できんはずじゃ。先を急いだほうがいい」
 鵺を手負いにしたことは悔やまれるが、鵺は森を住処としている。これから登るにつれ、森林限界となり、低木や草地となる。亀吉の言う通り、早急に離れた方が得策だ。
「みんな、さあ出発だ」
 遊は自らを鼓舞するように、声を張り上げた。
  
「何だと、またしてもしくじったというのか。愚か者め」
 欲望の大王マモンの怒号が洞窟内に響き渡った。直属の諜報機関幹部らは一様に頭を垂れた。
 遊らEW調査隊の抹殺を目的に送り込んだ竜が倒れ、鵺が逃げ出したことは、斥候役のカラスを通じ随時、報告されていた。
「あんな子供相手に何をてこずっておる。さっさと始末せい」
 大王の腹心デモスが青筋を立てた。
「なにぶん、取り巻きのイヌやイヌワシの化け物が予想以上に手強く……」
 特別抹殺作戦の総指揮官ウラヌスは苦虫を潰した表情で、声を細めた。
「黙れ、弁解無用だ。奴らが自制の神の元に辿り着き、秘伝のワクチンとやらを手に入れてしまったら、どうなる。我々のこれまでの努力は無駄になってしまうのだ。何としても奴らを食い止めろ」
「分かっております。既に最終兵器を送り込み、現地でスタンバイさせております。必ずや、今度こそ奴らを討ち取りますので、吉報をお持ちください」
「最後のチャンスだ。決して手を抜くな。特別抹殺作戦の完遂を厳命する」
「了解いたしました」
 ウラヌスは姿勢を正し、右手で敬礼した。
 マモンが再度、演壇の前に立ち上がった。右手で掲げた大王の剣が光る。居並ぶ幹部約30人が直立不動、大王に顔を向ける。恒例の団結の儀式だ。
「欲よ、永遠に」
 マモンが一声を放ち、幹部らの一糸乱れぬシュプレヒコールが続いた。
                         その22、に続く。
その22:小説「遊のガサガサ冒険記」その22|磨知 亨/Machi Akira (note.com)


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