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『バービー×エンデ×セーラームーン』2023-08-29

「こんにちは、あたしはビビガール。完全無欠なお人形です」

 ミヒャエル・エンデによる児童文学の名作『モモ』(1973)の一場面である。あるとき主人公の少女モモは、落ちていた人形に話しかけられる。モモはこの人形でごっこ遊びをしようとするのだが、うまくいかない。

「さあ、お客さんごっこをしましょうよ。」
「こんにちは。あたしはビビガール。完全無欠なお人形です。」
「まあ、来てくださってうれしいわ! おじょうさまはどこからおいでになりましたの?」
「あたしはあなたのものよ。あたしを持っていると、みんながあなたをうらやましがるわ。」
「だめよ。」とモモが言いました。「そんなにおなじことばかり言ってちゃ、遊べないじゃないの。」
「あたし、もっといろいろなものがほしいわ。」と人形はこたえて、カタカタ音をたててまばたきしました。
 モモはべつの遊びをやってみました。それもうまくいかないので、またべつの、そしてまたべつの遊びと、いろいろためしてみました。けれどどうにもなりません。人形がなにも言いさえしなければ、モモがかわりにこたえてあげられますから、すてきな会話がすすむでしょうが、ビビガールときたらなまじものを言うために、かえって話をみんなぶちこわしてしまうのです。

ミヒャエル・エンデ著、大島かおり訳『モモ』岩波少年文庫

 そこに本作の悪役である「灰色の男(時間泥棒)」の一人が現れ、ビビガールの「遊び方」を伝授しようとする。それは、彼女の要求通りに次々と関連グッズを買ってあげることだ。そもそもビビガール自体、モモに拾わせて堕落させるため灰色の男たちがわざと置いていったとおぼしい。
 彼はこうまくしたてる。

「たとえばほら、これはヘビ皮のほんものの小さいハンドバッグだ。中にはほんものの小さい口べにと、粉おしろいのコンパクトが入っているよ。こっちは小さな写真機。これはテニスのラケット。これは人形用のテレビ、ちゃんとうつるんだよ。これはブレスレット、ネックレス、イヤリング、人形用のピストル、絹のくつ下、皮のぼうし、むぎわらぼうし、春のぼうし、ゴルフのクラブ、小さな銀行小切手帳、香水のびん、入浴剤、マッサージ用スプレー……(略)もう友だちなんかいらないだろう? こんなすてきなものがあって、そのうえもっともらえるとなれば、ひとりで充分にたのしめるじゃないか。」

ミヒャエル・エンデ著、大島かおり訳『モモ』岩波少年文庫

 ビビガールは、名前の子音がバ行2つであることからも察せられるように、バービー人形のパロディだ。エンデというこの偉大な老害の目には、十数年前(1959)に登場したバービーという新しいタイプの人形が、グッズを売りつけて消費することだけに子供の心を奪わせ、ごっこ遊びの創造性を破壊するものに映っていた。

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