【コンクリート(映画)】
2004年にベンテンエンタテイメントが制作した映画。中村拓監督。高岡蒼甫主演。
いわゆる単館上映物の低予算映画で、1988~89年に発生し大きな話題となった凄惨な少年犯罪事件「女子高生コンクリート詰め殺人」をモチーフにしている。
事件の大まかな流れは現実の事件に沿ったまま、舞台を現代に移し替えたというのが全体の概観である。
本来、2004年5月から銀座シネパトスで単館上映が予定されていたが、現在の5ちゃんねるの前身である巨大匿名ネット掲示板「2ちゃんねる」(以下2ch)から抗議運動が発生。
しかし同掲示板内では次第に「それはおかしい」という声が大きくなった。その声は逆に上映再開を応援する声へと発展していき、最終的に7月に渋谷のアップリンク・ファクトリーという劇場で上映され、DVDも無事に発売された。
前史
2chには「少年犯罪板」というカテゴリが存在していた。
これは2000年頃、マスコミに大きく報道された幾つかの犯罪事件の犯人達に「年齢が17歳」という共通点があり、それを取っ掛かりに少年犯罪が大きくクローズアップされていた時代からあまり間がなかった頃だったためである。
そこに集まっていた、少年犯罪叩きを嗜好する人々の間で『女子高生コンクリート詰め殺人事件』はいわばお気に入りのテーマであった。基本的な論調は「少年犯罪への処罰は甘い」「○○の犯人はクズ」「実名報道されないのは間違っている」といったありきたりな少年犯罪論であるが、加害者はまだしも被害者や、ろくな根拠もなく「こいつ加害者では?」と疑った人の実名までも掲示板上でやりとりされていた。のちに彼らを司法に訴えて名誉回復を果たしたタレントの「スマイリーキクチ」氏も、そうした事実無根の誹謗中傷被害者の一人である。
要するに2chには『コンクリ事件』にこだわるマニア的な層が存在していたのである。
彼らの世界観は、自分達こそが「少年犯罪を正しく糾弾する正義の味方」であり、一般社会は「少年犯罪を擁護」しているという二分法で成り立っていた。
この世界観が『コンクリート』への思い込みを煽ったと考えられる。
また2chでは、彼らの用語で「祭り」と呼ばれる集団行動がしばしば行われていた。現在の「炎上」に近いものであるが、必ずしも攻撃行動ばかりでなく「TIME誌の"Person of the Year"に田代まさしの名前を投票する」「イナズマイレブンの人気投票にモブ的キャラを投票する」といった純然たる悪ふざけも多かった。
ただしもちろん『コンクリート』についてはこうしたユーモアを追求した悪戯ではなく、純然たる攻撃行動であった。
「祭り」の開催
コンクリ事件マニア達は、同事件が映画化されるというニュースを見て、「不謹慎」という怒りと共に、これを「加害者擁護映画」とも受け取った。具体的な根拠はどこにもなかったのだが。
許せない!!
そう感じた彼らは実力行使に出た。
彼らは、少年犯罪板や映画板だけに飽き足らず、手あたり次第のスレッドに映画『コンクリート』のスレッドを立て、アンチ活動の宣伝をした。
本来2chでは、ジャンル分けされた各掲示板のテーマにそぐわないスレッドを作ること(「板違い」と呼ぶ)は禁じられていたが、彼らは正義のための必要悪と見なしてルールを相手にしなかった。
特に彼らを映画への義憤に駆り立てたのが、本作を監督した中村拓氏の発言として流布された、以下のコピペである。
これ以外にも製作会社が中小企業創造活動促進法の助成金を虚偽申請していたという情報などのデマも流されている。
こうした煽動によって起こった事態が、以下の脅迫・加害行為である。
他に主要な叩きポイントとして「中村監督が元暴走族であること」「元ピンク映画の監督であること」「被害者役の女優・小森未来が茶髪の元AV女優である」「それなのに清純派そうな黒髪の女優が主犯の恋人役を演じている」「撮影期間が5日だ」「遺族に許可を取れ」といったものである。
抗議活動は暴走し、映画館だけでなく出演者への抗議やアマゾンなどのDVDの販売業者に取扱い中止を求めるまでクレームがエスカレートしていった。抗議派は次々に「取り扱わないと返事が来た!」と鼻高々に勝利宣言した。
主演(つまり事件の主犯)を演じた高岡蒼甫は、当時を回想してこう語っている。
抗議活動の問題点
最大の問題は、彼らが見てもいない映画を思い込みで批判し、抗議したこだ。試写を見た人からの伝聞ですらなかった(シネパトスに抗議が殺到した当時、まだ試写は行われていなかった)。
このことを当然突っ込まれた抗議派グループは「宣伝のやり方に問題があった」と論点をすり替えようとした。しかし最初から、彼らの要求は宣伝内容をどうにかすることではなく、映画そのものの公開中止と、DVDの取扱中止だった。そもそもが彼ら自身が2ch中に『女子高生コンクリ詰め殺人事件映画化に抗議』という題名でスレッドを立てまくった事実はどうあっても消せなかった。
また上記の抗議意見の中に、少なからぬ出自・職業差別が含まれていることは論を待たない。監督が過去に暴走族であったことはまだ犯罪の範疇としても、ピンク映画やAV女優に至っては犯罪でもなんでもない。
実際、小森未来さんがAV女優であることを理由に批判するのは職業差別であるという意見が2chでさえ続出した。抗議派は「差別ではない、ちゃんとした演技力のある女優を使えという意味だ」と抗弁したが、後付けである。職業差別を非難されるまで、彼女の演技力の話なんて誰もしていなかった。ただAV女優だというだけで叩かれていたのである。
「主犯の恋人は黒髪」に至っては、黒髪=清楚という偏見を仮に受け入れるとしても、そもそも映画のストーリーでも現実の事件でも「主犯の恋人」は共犯者でもなんでもなかったのである。最初からまったくの無実の人が、清楚な女性として描かれた(その根拠が「黒髪」だけというのがお粗末だが)として、それの何が問題なのだろう。
撮影期間を切り詰めるのも低予算映画では当然の手法である。
また実話映画に元事件関係者の「許可」など本来必要ない(「悪役」になるような人などどうなるのか)し、むしろ許可など取りつけなかった方が正解だったように思える。なぜなら当時の一部2ちゃんねらーの暴走ぶりからすれば、もしも遺族の許可を取ったりしていたらその遺族にすら「こんな映画を許可するとは何事か、亡くなった家族を金で売ったのか」などと平気で言い放っただろうからだ。
抗議派はしきりに被害者や遺族のことを口にしていたが、彼らにとって被害者が映画を攻撃するための道具でしかなかったことは明白であった。
なにしろ彼らは自ら被害者の実名を公開するような真似さえしていたのである(そしてそれを批判したのは抗議に反対する者だけだった)。
制作会社ベンテン・エンタテイメントが助成金を虚偽申請したというのも根拠のないもので、真相はこういうことであった。
そして中村監督の「被害者に人権はない」発言も全くの捏造であることが監督から公表された(なお、これとほぼ全く同じ発言が福島瑞穂氏のものとしてネット上で流通しているようだが、関係は不明である)。
復活
しかし、2ちゃんねらー(2chの参加者)の全員がこうした愚かしい騒動に狂奔していたわけではない。「抗議運動」の絶頂期にあっても少数のコテハンが反論を続けていた。そして徐々に反論の声が大きくなっていき、デマや言い掛かりが次々に暴露されていった。
抗議運動を批判するサイトも作られ(ちなみに作ったのは当時の筆者である。事件にちなみ「鉄筋1989」というハンドルネームを使った)抗議派のクレームの問題点がまとめられた。
また、抗議側が勝利宣言していた、DVDの各販売店・流通業者の「取り扱わない」という返事が、実は最初から取扱予定がないケースが少なくなかったことも暴かれた。
そして最終的に、澁谷アップリンク・ファクトリーという別の映画館で大幅に上映時間を拡大しての上映がなされ、無事にソフト発売もなされたのである。
上映最終日には一般の観客を招いて本件についての討論会が行われた(そのレビューが多いスレッド)が、「抗議派らしき者」でこの討論会に挑んだ者はわずか2名。主犯格だったコテハン達は一人も来なかったという。
まとめ
ある意味でこの事件は、ネットの自浄が見事に働いた典型と言えた。それが2ちゃんねるで起こったというのは印象的である。
当時「便所の落書き」と揶揄され、ネットの吹き溜まりと自他ともに認めていたような彼らが、実はその後のSNS時代に吹き荒れるフェミニズムやキャンセルカルチャーより、はるかに上質な自浄作用を持っていたのだ(もちろん、いつもこのように上手くいったわけではないが)。
参考リンク・資料:
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