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 その社会が有する規範などを自分自身の価値観として受け入れること。要するにその規範に、不本意に無理やり従わされるのではなく自分でも正しいと思うことである。
 通常は内面化がいけないという含意ではなく、またどのような価値観を受け入れているかによって「内面化かそうでないか」が左右されるわけではない。

 しかしフェミニストが使う場合には、自分が気に喰わない価値観に対し、「○○を内面化している」と表現することでその価値観を本人の自由意思にカウントするのを拒絶するしぐさとして、用いられる。
 特に多用されるのは、フェミニストが表現物や行為を攻撃したとき、そのターゲットを

 「女性が許容したとき」
 「女性が擁護したとき」
 「女性ファンの多さが判明したとき」
 「
【作者は女性】であると判明したとき」

 などに、その女性の主体性を否認するために「内面化」していると宣言される。ここでいう内面化とは要するに「洗脳」に近い。

 フェミニストの主張が女性に支持されなかったとき、その女性は主体的にそのような表現を好んだり支持しているのではなく「性差別」「男尊女卑」「家父長制」などを内面化しているに過ぎない、だから女性の自由な判断例としては「ノーカンとする!」というわけだ。
 そしてそのような女性は【名誉男性】ということになる。

 こうしてフェミニストは「女性の支持を受けられなかった」というアイデンティティの危機から目を反らし、なかったことにするのである。

用例:

 これらに見られるように、その嫌いな価値観そのものには論理的に反論できない場合に、価値観を「内面化」した人=何かに洗脳された哀れなヤツ、と蔑むことによって議論から逃げるとともに、自分が優位に立ったような錯覚を感じることができる。精神勝利法の一種なのである。
 下の漫画はフェミニストが自身の主張を通そうとして描いたものであるが、「フェミニズムを理解している賢いキャラ」に「説教される頭の悪そうなキャラ」が登場する。

 そしてそのキャラの名前は『内面化』から採られている。
 これはフェミニズム界では、何を内面化しているか、ではなく内面化そのものが「操られているバカ女」を示す侮辱的な含意を持つ言葉であり、まさにそのような意識をこの漫画の作者は「内面化」しているのである。
(繰り返すが、一般的な社会科学ではそのような含意はない)。

 では、フェミニズムを正しいと思うことは「フェミニズムの『内面化』なので、フェミニストは主体的な判断ができないことになるのではないか?」という疑問は当然のことだが、驚くべきことにフェミニストは、これには一切答えない。
 つまり、こんな初歩的な返しにさえもフェミニズムは対応していないのである。

参考リンク・資料:

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