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チャレンジしても自分軸が見つからない

本当の自分が分からない

「私、何がやりたいのか分かんなくなっちゃった」
半分泣きそうな顔をして、彼女は呟いた。
俺は、そんな彼女に対し「詳しく聞いても良い?」と言った。彼女は軽く頷き、そしてことの経緯を語り始めた。
「今まで私はいろんなことに挑戦してきた。インターンと並行して、イベントの企画・運営もしたし、バイトリーダーもした。留学にも行きたくてGPA3.5以上を三年間キープして、毎日3時間英語の勉強もして、第一志望だった留学先にも行けた。英語も日常会話くらいなら話せる。その中で、ある程度の成果は残してきたし、人からも認められて、期待されて、人脈も広がった」
確かに、彼女が今まで残してきた功績は大きい。いろんなことに必死でくらいついて、もがき苦しみながらも、一歩ずつ成長した軌跡を間近で見てきた。しかし、彼女には行動する上で決定的に足りないものがあった。それは、おそらく彼女自身が最も自覚していることだろう。
「でも、その経歴を考えたときに、じゃあ将来何がしたい? 人生において何を成し遂げたい? って聞かれたときに答えられない自分がいる。自分が一番大切にしたい軸が見つからないんだよね」
絶対に守り抜きたい自分軸。
『自分は何者であり、何のために生きているのだろう?』
それはある種、哲学的な響きを持った問いである。心理学的に青年期に分類される学生にとって、その問いを見つけることは至極重要な意味を持つ。
どんな人生を生きたら、本当の幸せが手に入るのか。自分にとって最良の生き方とは。自分とは一体、何なのか。その問いに答えることこそが、社会に出る前に、全ての学生に与えられた課題であり試練なのだ。
しかし、悲しいことに、その問いの答えにたどり着ける人はあまり多くないだろう。どんなに必死で探し求めても、自己分析を繰り返しても、答えが見つからないこともある。「これだ!」というものを見つけて、自分の直観を信じて続けてみたが何かが違う気がしてきて、モヤモヤしてくる。まるで、中身のない宝箱を見つけたような気分になる。
せっかく見つかった「自分軸」も、違うと思い込むと、誰かと比べて劣等感を感じてしまう。そして、その連続が「自分は何も成長していない」という錯覚を植え付け、自己肯定感も一気に低下してしまう。
「結局、私は世間体とか、社会に出たら役に立ちそうだからとか、ただ好奇心で動いて、経験だけ積んで、成長した気になってたけど、本当の意味での『自分のため』っていうのを考えられてなかったのかもしれない」
「本当の意味での『自分のため』っていうのはどういうこと?」
「自分の軸や、自分にとっての幸せについてちゃんと考えること」
「そもそも、何故それが必要なんだろう?」
「それが、自分のため、だから?」
「それは何で?」
「……分からない。自分の答えを持ってないんだよ。あなたみたいに」
彼女は、まるで問題を解く過程を知りたがる生徒のように、俺に問うた。

答えは「偶然」の中に潜んでいる

「どうすれば自分の、自分だけの答えが出せるの?」
「俺は、答えを出してるなんて自覚はないよ。ただ、思ったことを言ってるだけ。それが俺の答えかのように聞こえているかもしれないけれど、俺だって答えは持ってない。それに、時と場合に応じて答えは形を変え得るもの。絶対的なものなんてないんだよ。いわば正解も答えもない問いなんだと思う。人生っていうのは」
「確かに」彼女は小さく呟いた。
「私はすぐに人の意見に振り回されてしまう。自分の考えを客観視するための手段として、いろんな人の言葉を取り入れるけれども、その結果いつも空回りして、さらに自分が分からなくなってしまう。かと言って、自分一人で考えても自信が持てない。もっと他に考え方があるかもしれない。自分の考えが未熟な気がしてしまう。なんか……」
「誰かのお墨付きがないと、信じきれない?」
言葉を探す彼女に代わって俺は言った。
「そう。誰かに肯定してもらわないと、本当にそうだと思えない。結局、誰かに答えを求めるクセがあるんだよ、私は」
「そんな自分を変えたいんだね」
「そう」彼女は大きく頷いた。「自分の筋を曲げたくない」
「自分の筋って?」
「私はこうなんだ! ってはっきり言えるもの、かな?」
「誰が何と言おうと、自分が信じて貫ける何かってこと?」
「そう。私にはそれがない。あなたは、どうやってそれを見つけたの?」
「偶然だよ」
怪訝な顔をしている彼女。もう少し抽象度を落とす必要があるようだ。
「俺が文章に人生を捧げると決めたのは、『偶然の連続』でしかない。俺にとっては、文章ほど熱い想いを込められるものが見つからないっていうだけ。そして、それに気付いたのもまた偶然。小説を書いてみたらたまたま上手く行って、俺の小説を読んで楽しんでくれる人や面白いって言ってくれる人がいた。それで、俺が最も価値発揮できるのは文章の世界なんだと確信した」
「ぶれなかったの?」
「めちゃくちゃぶれたよ。てか、そもそも副業として作家にでもなれたらなぁ~くらいの感覚だった」
彼女、「意外だ」と言わんばかりの顔をしている。
ただ、普通に考えたら至極当然の話ではないだろうか。初めて本気で打ち込んだことが、人生捧げたいものだと確信して、その世界で突き抜けられる人など、ほんの一握りの人だけだろう。あるいは、何らかの事情があって、他の選択肢を持ちえなかったのかもしれない。
「文章の道へ進もうと思ったのなんて、ほんの半年前くらい。それまでは、本気で心理学の教授になろうと思ってたよ。そして、自分の研究を小説化させるのが夢だった。作家はあくまで副業としてね。論文なんか一般人が読んでも分からないから、心理学に詳しくない人でも分かり易いように、小説にして世に送り出そう。とか言ってたっけな」
「そうなんだ」
「それに、高校時代は本気で数学の教師になろうとして、数学を極めてた。数学だけは偏差値も高かったから、実力で無能な教師も黙らせて、学生より大人の方が偉いみたいな教育業界を変えてやる! とかガキ丸出しなこと言ってた。結局、高校退学処分になって、その夢も諦めたけどね」
彼女は、なんとも言えない表情で言った。
「退学処分って何やったの?」
「教師への反抗、校則違反、無断欠席、遅刻、早退」
「なるほど。そりゃ辞めさせられるわ」
「あとは、更生して大学に来てからは、一瞬だけ歌手目指して、バンド組んだり、オーディション受けたりしてた。まぁ一次で落ちたけどね。でも、マイクを声量で破壊したり、3オクターブの音域を手に入れるくらい、相当なガチ勢だった。毎日カラオケ行ったり、喉潰したり、今思えば狂気じみてたなって思う。まぁ、二年でやめてイベント運営とか、キャリア支援に走ったけどね」
「なるほどなぁ~。本当に紆余曲折あって今があるんだね。どうせやめるなら、初めから文章だけに全てを捧げてたらって思わないの?」
「あまり思わないかな。書く仕事をしてる以上、自分の経験値が無駄になることなんて、まずあり得ないから。だって、それをネタに小説書いたりしてるからね。それに、いろんな人と話すときも会話の糸口になるし、意外と役に立つ場面も多い」
「経験は無駄になることはないと」
「絶対ないね。活かすも殺すも自分次第」
「じゃあ、結論としては、いろんなことにチャレンジしてみるのが一番なのかな?」
「自分の軸や、突き抜けたい何かが見つからないうちはそうだと思う。何よりいろんなことにチャレンジすると、知識がついて来る。知識があればいろんな可能性を考えられるようになる。すると、いろんなアイデアが生まれてくる。もしかしたら、これから生まれるアイデアの中から、偶然見つかるかもしれない。自分の軸ってものが。人生をかけてでも成し遂げたい何かが。そこまで来たら、あとは『一点に突き抜ける覚悟』を持ってやり続けるだけだね」
彼女の表情が少し暗くなった。どうやら、何か疑問が生じたらしい。

1つのことはいろんなことに繋がっている

「一点に突き抜けるってことは、そのほかのことを全て犠牲にするってことだよね? 私は、幅広い分野で活躍したいんだよね」
「確かに、何かを達成するためには、犠牲はつきもの。それは間違ってない。でも『全て』を犠牲にする必要はない。なぜなら、学問がいろんな分野にまたがって学際性を帯びているように、全てのことは何処かしらで繋がっているから」
「ライターの仕事もそうなの?」
「もちろん。ライターは文章のことだけ考えてれば良いと思ってた?」
彼女は頷いた。
「それは誤解。もちろん業務の八割以上は書くことだけどね。でも、プログラミングの知識がないと請け負えない案件もあるし、記事のアイキャッチ画像を作ったら買い取ってくれるメディアもあるから、そうなるとイラストレーターやフォトショップ、デザインの知識が必要になる。独自の商材を持っている企業からの案件なら、その企業のビジネスも知っておかないと記事を正確に書けない。何かを極めようと思ったら、他分野の知識が必要になる。捨てようにも捨てられないんだよ」
「確かに、プロアスリートも、技術だけで強くなれるとは限らない。自分のメンタルのことや、体のこと、健康管理に栄養管理までしっかりできて初めてプロになれる」
「そう。だから、一点に突き抜けるってことは幅広い知識も持てるってこと。それに、1つのことを極めればそれが仕事になる。安定して稼げるほど極めた後に、合間の時間で別の何かに挑戦すれば、他分野のプロになることだってできる。俺も、ゆくゆくはプログラミングとデザインの専門的な案件をこなしたいと思ってるし、ライター向けのキャリア支援もしたいと思ってる。1つに突き抜けたら、そうやってどんどんやりたいことが見えてくる。そして、1つのことに突き抜けるってことは、想いを現実にする、自分だけのノウハウを手に入れるってことでもある。つまり、『一芸に秀でる者は多芸に通ず』と言われているように、突き抜けるノウハウはすでも持ってるんだから、それを公式のように使いまわせば、他の分野にも使えるということ」
「その一点を『偶然』見つけるまでは、いろんなことに挑戦し、自分に振ってきたチャンスを全力で掴みとった方が良いってことか……」
彼女は語尾に不安な色を混じらせながら言った。
「何か気になることでもある?」

成長を実感するためには


「いや、それじゃあ、私はいつになったら成長してる実感が持てるんだろうって思って。今までだっていろんな挑戦をしてきて、ある程度の成果を残し、充実感を感じながらも、でも仕事に繋がるほど極めてもない。これからも結局同じ日常が続くのだと思うと不安になる。私の代わりはたくさんいると思うし、私以上に凄い人もたくさんいるから、はっきりとした自信を持てるわけでもない。どうすれば、私は変われるんだろう……」
「具体的に、何を変えたいの?」
「何を変えたらいいのか。それがまず分からない」
「じゃあ、何になりたいの? 目標とする場所は?」
「それも見つからない。やるべきことならいくらでもあるけど、そこに私の意志はない。本当にやりたいこと、なりたい自分の姿を考えると、いつも霧がかかって見えなくなる。いつも漠然とした不安に襲われる。ただ理由もなく焦って、誰かと比べて落ち着かない自分がいる」
「その気持ちはめちゃくちゃ分かる。俺もそんな気分になることがある。何者にもなれていない漠然とした感覚。それは今でも感じてる。上には上がいると思い知らされるたびにそう思う。目標を見失うことだってときにはあるんだよ。そんなときは、具体的にこんな人になりたいって人物像を設定する。目標が決まれば、後は逆算して行動すればいいだけだから。目標を取り戻すことができる。それだけで、努力するべき方向性だけはとりあえず定まる」
「まずは、目標設定か」
「多くの人がよくやってるのは、自分が魅かれるような人に近づくには、どんな要素が必要か分析してみて、まず1つずつ達成していくこと。そして、目指していく中で、もっとこうしたら良いんじゃないかと思ったら、軌道修正していく。これを毎日繰り返すと、少しずつでも成長が実感できるようになる。本当に牛歩みたい遅すぎて日常で実感なんてとてもできないけれども、たまに数日前の自分の立ち位置を振り返ってみると思ったよりも成長している自分がいることに気付く。俺は、その成長を実感したくて日記を書いてたこともある。読み返すと本当に成長の軌跡がそこにあるんだよね」
「なるほど、一旦ちょっと試してみる」
そう言った彼女は、晴れた表情を取り戻していた。俺は、彼女に「頑張れ」と背中を押した。


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