私の日は遠い #15
タケオに彼女が出来たという噂を聞いたシズオはある日彼の住む二階建てアパートの近くを通りかかったときにベランダの窓ごしに家の中をのぞいてみた。するとそこにソファに横になって眠っている女性の姿が見えたので、あれがあいつの彼女かなんて思いながらその顔を拝んでみようと思いシズオは周りに人がいないか一度確認してから、その女性の顔に目を凝らしてみた。
シズオは目に飛び込んできた事実を受け入れることに数十秒の時間を要した。淡いグリーンのソファですやすやと眠っているのはカオリだった。シズオが学生時代に告白してフラれた女性がいまはタケオの彼女なのだということを全く信じたいとは思わなかった。20代半ばにもなって学生時代の恋愛に対してまだ未練を抱えているなんてなかなか痛々しいなとは思いながらも、シズオの中のくだらないプライドは泥水を被った衣服のようにだらしなくシズオにまとわりついた。
シズオはベランダの柵をよじ登り窓の目の前に立つと、背中に背負っていたバックパックを思いきり窓ガラスに叩きつけた。バリバリバリと大きな音を立てて破片が飛び散る。シズオは靴を履いたままタケオの住居に侵入するとソファの近くまで歩み寄った。かなり大きな音を立てたはずなのにカオリはまだ眠り続けていて、その穏やかな表情にシズオは思わず見惚れてしまった。
シズオはどうしてもカオリのことを放っておくのが嫌になり、どうにかしてタケオの部屋から連れ出してしまおうと思った。しかし、そのまま彼女を抱えて外を歩けばどうしたって目立ってしまうだろうし、車のようななにか便利な移動手段をシズオは特に用意していなかった。何か使えるものはないか部屋をしばらく探し回ってみると、タケオが旅行のときなどに使っているのであろうキャリーケースを見つけた。カオリは小柄な女性なので、もしかしたらこの中に入るかもしれない。他にも何かないか探してみたがキャリーケースに彼女を入れてしまうしか手段がないとシズオは考えた。
不思議なことにカオリはスーツケースに詰め込まれても目をさますことはなかった。もしかして死んでいるのだろうかとシズオは一瞬考えたが呼吸はしっかりと行われている様子で、ただ単純に爆睡しているようだった。それにしても週末の昼間から爆睡だなんて気楽でいいものだなとシズオは微妙に呆れたような気持ちになりながら、しかし、冷静に考えるといちばん呆れたことをしているのは自分自身であることをふと思い出した。まあ、しょうがないだろう、忘れることが出来なかったのだ。
昔の甘い思い出をたまに宝箱から取り出しては少し舐めて満足したらまた戻して、というようなみっともないことを結局やめられないでいる。それでもシズオはそれなりに毎日楽しくやっている。コンビニでのバイトで食い繋ぐ生活はかっこよさやスタイリッシュさとは無縁かもしれないが、それでも接客仕事の方がデスクワークよりもしっくりくるシズオにとってはまだやりがいを感じることができる仕事ではあるのだ。ただ、今の時点では他にどんな仕事をしたらいいのかが全くわからないでいた。キャリーケースの中で眠るカオリの存在を通してシズオは不意に自分自身を省み始めていた。
眠ったままのカオリを詰め込んだキャリーケースを転がしながらシズオはとりあえず自分の自宅まで帰ることにした。駅まで向かう道を歩いているとキャリーケースのローラーが想像以上に大きな音を立てて回転するため周りから不自然に思われない程度になるべく静かに転がすように心がけたがそれでもかなり音が立ってしまっていた。これだけうるさいと流石に目を覚ましてしまうのではないかと思ったが今のところまだケースの中身からの反応はなかった。どうやらここまでしてもまだ眠っているみたいなようで、なんだかそれはそれで逆に心配になってくるのであった。
眠っている間に勝手にキャリーケースの中に突っ込まれて、しかもその状態で電車に揺られるなんてのはどんな気分にさせられるものなんだろうかとシズオはぼんやりと考えながら車窓の外の景色を眺めていた。初夏の真っ昼間で割ともう暑い。ケースの中はそこそこ息苦しいだろうし、下手したら窒息してしまうのではないか。そう思うとだんだん青ざめるような感覚を彼は覚え始めた。とりあえずさっさと自分の家に帰って早くカオリを外に出して上げなければならない。
自分の部屋に帰ってくるやいなやシズオはキャリーケースを開いてカオリの様子を確認した。まだ眠っていた。きちんと呼吸もしているようで、彼女の胸がゆっくりと上下に動いているのが見えた。それを確認できたことで彼は少し安心したが、それと同時にタケオと結婚したカオリが自分の部屋にいることの異常性にだんだんと気づき始めた。そうだ、あいつの部屋の窓をぶち破って勝手に侵入してしか眠っている状態の彼女を連れ去ってきてしまったのだ。もう取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれないと思うとシズオの心拍数は再び上昇し始めた。
キャリーケースの中から眠っているカオリをそっと抱き抱えるようにしてベッドまで運び、横に寝かせて薄いタオルケットをかけるとシズオはしばらくその寝顔に改めて見入った。それはかつて勝手に好きになって片思いをしていた女性で、彼にとってはもはや幻のような存在だった。なのでキャリーケースに入れて自分の部屋まで運んできてしまったということがあまりにも奇妙な事態であるように思えた。ふつうに考えて犯罪行為をいくつかしてしまっているように思えるし、今後の人生にも大きく支障をきたすような前科になることは間違い無いだろう。それでもあのとき窓を突き破ることを堪えきれなかったシズオの胸の中には一体なにが燃え盛っているのだろうか。シズオはふと自分の右手に痛みを感じて目をやると、小さなガラスの破片が手のひらに刺さっていた。
夕方に近づいてきてもカオリが目覚めることはなく、いくらなんでも眠りすぎではないかとシズオはとうとうこれが異常事態であることを確信し始めた。タケオに薬でも盛られたのだろうか?それとも自分で?原因は知るよしもないがすぐに思いつくのはそういったことくらいだった。シズオは彼女にかけた薄いタオルケットをそっとよけて身体のどこかに妙な傷やらアザがないかを確認し始めた。実はなにかふたりの間で関係の拗れのようなものがあったのかもしれないと思ったのだが、顔や首周り、腕のあたりなんかを見ても特に変わった様子は見られなかった。それよりも、まじまじとカオリの身体を見てしまったのでシズオの心には不意に照れ臭さといやらしさが半々くらいの気持ちがたちのぼり始めた。そういえばずっと慌てていたせいでふつうの男なら誰でも考えそうな卑猥な想像をする暇もなかったのだなと思い、そして急に眠くなり始めた。
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「ごはんですよ」を食べるときは一口でどのくらいの量を食べるべきなのかシズオはわかりかねていた。一度、小スプーン一杯分を茶碗の米の上に盛って食べてみたが、かなり濃いめの味付けになっているため彼としてはそれでは食べづらかった。そのため、一度は食べることを断念しようかと彼も悩んだが、眠る直前などにぼんやりと考えているうちに、単純に少しずつちびちびと食べていけば味の濃さもちょうど良い風に感じられるのではないだろうかと気づいた。次の日にそれを実践してみると案外食べやすいものであることが判明し、シズオの日常におけるズボラ飯の可能性がまたひとつ開花しそうな予感がした。
休憩時間明けが一番眠い。シズオにとってその時間はまるで重力の沼のようなイメージを伴っていて、とにかく必死にもがかなければすぐに沈み込んでしまいそうなほどに気だるさを感じるし、退屈な気持ちになってしまう。どうすればそのどうしようもなさを打破できるのか、20年以上生きてきたシズオにはなにもわからないし、むしろ歳を重ねるほどに何かを見失っていくような感覚すらあった。
未来がどうなるかなんて、20年以上生きたシズオにはいまだに知ったこっちゃないことだった。考えてもなにも思い通りには行かないし、大体ろくでもないことになっていく。人生には謎の引力がつきまとうし、よって来るものはなにかと腐っている。どうしたらまともでいられるかを考えている場合ではないのかもしれない。なるべく落ち着いてマシな気持ちで狂っていけるように微調整するくらいが関の山なのだろうかと、シズオは考えていた。
なんだかどうしようもないものばかり引き寄せてしまう日がある。次から次へとどうしようもない奴が目の前に現れてはどうでもいいことを星の数ほど並べ立ててさらにそれをドミノの如く薙ぎ倒してドカドカ音を立てて走り去っていく。そんな奴らばかりだった。心で思い描くようなことは一ミリも実現しないし、想像をはるかに超えるクソのような感情だけがその日の世界を支配していく。1日の終わりにシズオはふとそんなふうに考えながらパソコンでYouTubeを見続けていた。
夏の暑さのせいでシズオの脳みそは必要以上に揺らめいて、それによって彼の中で現実と非現実の境界線が曖昧になっていった。過去と現在、そして未来に対してのイメージが融解し合ってひとつの塊になっていくような感覚、というとかなりわかりづらいが、要はノスタルジーとロマンティシズムが同時にそこに横たわっていて、根拠のない甘美さがそこに創出されるということだ。
夏だから何か特別なことをしたいなと、二十代後半に差し掛かったシズオはいまだにそんなことをこの7月中によく考えていた。彼女がどうとか友達がどうとか、彼の交友関係はもはやそれどころではないほどに壊滅的な様相を帯びてはいたが、それでもなお往生際の悪いまま出来の良くない青春を再生産しようとしていた。とはいうものの、やはり基本的にはひとりなので休日には結局映画を見ているだけだった。北野武の「BROTHER」を観ていた。
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ちょっとした選択の違いでなにもかもが全く違うような現実を引き寄せてしまう。こわい。
NewJeansを聴くのがしんどいほどにシズオの肉体と心は消耗され尽くしていた。彼の拠り所は枕元で流す2016年当時リアルタイムで聴いていた海外の音楽で、2023年現在のこの状況で聞く分には程よいノスタルジアとして彼の心を静かに癒してくれていた。時は流れ続けているし、少しずつ何かが変わっているのであって、彼にとってはそう言ったものをただ静かに受け止めることさえ出来れば趣味がいいとか悪いとかはひとまずどうでも良いのかもしれないと、特に根拠はないままに感じていた。
数日間の体調不良によりシズオの体は消耗し切ってしまった。まるで力強く絞られた後の雑巾のような気持ちでソファに横たわりながら夏の午前の青すぎる空を眺めた。他人事にしか思えなかった。まさかこれからこの足であの空の下を歩くだなんて想像したくもなかったし、暑さだけを過剰に与え続けてくるその日差しの意図を理解するのはなかなか困難だった。
薬局でシャンプーとリンスを買うためにレジで支払いをしようと思ったところでシズオは所持金が足りていないことに気づき、戸惑った。
「すみません、ちょっと待ってください」と言いながら彼は何度か財布の中身をしっかりと確認してみたがやはりいくらか足りない。
「お金が足りなくて。また今度買いに来ます」
そういってシズオはさっさとその場を立ち去ろうとしたが、そこで「あの」と店員の女性に呼び止められたので彼は振り返ってそっちをみてみた。レジにいる女性は何故かうっすら微笑みながらまるで野良猫を呼ぶみたいに手をこまねいていた。
体調は良くなりつつあった。ただゆっくり体を休めるだけで咳の症状がだいぶマシになった。俺の体はどれだけ疲れていたのだろうか、とシズオはなんだか不思議な気持ちになった。久々に落ち着いた気持ちで数日を過ごすうちに自分がどんな音楽が好きだったのかをなんとなく思い出したりもして、気分が良かった。
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昔聴いていた音楽がいつしか自分にとっての安全地帯のような、聖域のようなイメージを伴うものになっていることについてシズオは最近よく考えていた。そういった音楽を胸の中で広げてみるとそこにアンビエンスが宿るような感覚を覚える。それは彼自身の気持ち(というかより具体的にいうと自律神経とかなのだろうか)に確かな安定感を添えてくれる。それは非常に頼もしい感覚で、数えきれないほどの人間や情報で錯綜しているこの世界において自分自身を導くための指標のような役割を、ときに果たしてくれている。
酒を飲んだ翌日のシズオの脳みそは実にテキトーで、ほぼ毎日あっている同僚の名前を平気で忘れてしまったりして声をかけるのに数秒間考え込まなければならない事態になったりする。ただでさえ普段から適当な思考を巡らしてばかりいる脳みそなのにこれ以上ひどくなりようがあるのだろうかと思ったりもするのだが、彼の考えが及ぶことのないところまでそういったどうでもいい深淵は広がりつつあった。
人は暑さでイカレる。他人に対してのあたりが雑になる。シズオはそれを内心で感じながらも、どこかで手に負えないことをわかっていた。アウトオブコントロール。全ては勝手に彼の手のひらをすり抜けていき、濾過されていない濁りがそのまま表情や声色、態度に滲み出てしまう。誰も悪いわけではなく、ただただ八月の盆の終わりに東京が暑すぎただけなのだ。
「新しい朝、好きか?」
シズオはもしこういう問いを投げかけられたとして、大して前向きな答えは自分には返せないだろうと考えていた。朝は何故か知らないが好きではなかった。何故か常に不安で、何かにせっつかれ続けているような気持ちが拭えない。飯を食いたい気持ちが全くないのに適当に何かを食べなければならないのが苦痛だった。音楽を聴く気にもなれない。唯一、読書はしてもいいと思えたが、それくらいだろうか。朝が永遠に来なかったとしたら、それはそれで不安になるのだろうけれど、ついつい朝なんていらないような気がしてくるのがシズオの正直な気持ちだった。
音楽というもののヘンテコさについてシズオは自分なりの考えをベラベラと同僚の前で話してみたのだが、つくづくどうでもいいような話のように話しながらも思えてきてしまった。目に見えないからわかりにくいだの、イヤホンで移動しながら聴く人間の方が多いのだろうなとか、別にそんなことはどうでも良かったのかもしれないが、適当に口を開いてみると自然とそういった言葉たちが口をついて出てきたので、自分なりにいつも考えていることでもあるのかもしれないな、と彼は思ったりもした。
自分は努力しているのだろうか。ほんとうに努力している奴はこんな自問自答をしている暇などないくらいに何かをしているのだろうか。そんなようなことをシズオはぼんやりと考えていた。日々、地道になにかを積み上げていくことでしか成し遂げることは不可能なのだろう。それにしては彼は面倒くさがり屋だった。長時間なにかに没頭することは対してないような気もする。たまに映画を鑑賞したあとに文章を書くときなんかは2時間くらいぶつぶつ言いながらMacBookに向き合ったりもしているが、たいしたことでもない気がする。彼は小説を書いてみたいと考えているが、なぜか面倒くさくてしょうがなくもあった。テキトーすぎると思う。
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