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19. 準人見知り

人見知り、という言葉が一人歩きしている。

平成後期からよく使われたこの言葉、多くの人が自称する時に使っているが、人によって基準が異なる代表例な気がする。かく言う僕は、自分のことを人見知りだと思っていない。ただ、準人見知りだと思っている。

僕が苦手なのは、「必要性がない人と話すこと」だ。

例えば、ナンパ。僕がイケメンならともかく、相手からすれば基本的に迷惑であり、必要のないコミュニケーションである。また、店員に話しかけるのもそうだ。自分で商品を見つければいいのに、わざわざ話しかけることなんて億劫になってしまう。

自分から話しかけるわけではないが、人の少ないアパレル店に入るのも苦手だ。こちらが必要としていないのに、コミュニケーションを取らなくてはいけなくなる可能性が高いからだ。だから、1人で行く時には一つの場所に留まらないようにしている。その商品が気になっていると思われ話しかけられないように。

日常生活で特筆してこの苦手が発揮されるのが大人数の飲み会。僕は色んな人と話してみたいという気持ちは強いが、相手は自分のこと興味ないのに話しかけに行くことで引かれるのではないか、と思い話しかけられず、消化不良で帰宅することも多い。

じゃあ必要性がある会話とは何かというと、仕事で話さなくては行けない時、クラスで班分けした時、グループワークの時などである。そういう場面では、初対面でも全然話せる。友達が知らない友達を連れてきてご飯に行ったりしても全然話せる。その場で話すことがおかしくないからだ。

自分に自信のない僕は、必要性もないのに話すことで相手に不快感を与えているのではないかと不安になる。気持ち悪いと思われているのではと考えてしまう。自分以外の誰かと話したいのではないかと思ってしまう。

僕は会話をしたくないわけではなく、むしろ仲良くなりたいと思ってる。そう、コミュニケーションをしたい。その人をもっと知りたいし、自分のことも知ってもらいたい。その上で、気が合う人を見つけたい。いろんな人と話すことで、気が合う人を見つける機会を増やしたい。

社会人になり、新しい人と出会うことが減り、僕が人見知りを発揮する機会自体少なくなっている。でも、そういう機会があった時のために、心の準備はいつもしておきたい。たとえ傷つくことになっても、いつか新しい友達ができることを願って。

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