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尖らせて深くぶっ刺せ :『Virgo Versus the Zodiac』との出会い

人生のターニングポイントとなったゲームってなんだろう。遠い昔、初代ファミコン時代まで振り返って思い浮かぶのは、深夜に目覚めてトイレに行こうとしたときに見てしまった、真っ暗なリビングで夜通し『ボンバーマン』をプレイする親父の廃人めいた姿とか、村上くん家で『ハイパーオリンピック』に興じている最中に猛烈な便意をもよおし、100メートル走だったか走り幅跳びだったかを棄権してトイレに駆け込み、規格外のうんこを投下してトイレを詰まらせてしまったときの絶望感とか、ゲームにまつわるちょっとしたエピソードばかりで、転機といえるほどのものではない。だいいちこれだと「ゲームとトイレ」がテーマになってしまう。

改めて、ゲーム翻訳という仕事を通して印象に残っている作品はと考えると──まず出てくるのは『Virgo Versus the Zodiac (VVTZ)』だ。星座や星々が擬人化された世界で己の正義を貫こうとする「純潔の女王」おとめ座のヴァーゴが主人公のRPGで、奇しくもちょうど三年前(厳密には12月13日だけど)にリリースされた。

きっかけはゲーム翻訳専業になった当初からいろいろとお世話になっているN氏からの連絡だった。「ベテランのゲーム翻訳者を探している会社がある」とのことで、まずはトライアルを受けることに。そのとき渡されたのは700ワードほどのテキストと該当箇所のプレイ動画、それと主人公の一人称は「わたくし」にするようにとの指示。早速動画を見ると、

こんな感じの主人公が……
この中ボスらしきキャラと戦うシーン。

「あー美少女ゲーかぁ、こういうのやったことないけど大丈夫だろうか……」と若干不安になっていると、倒された中ボスが──

ゲェゲェ血ぃ吐いてる。

かわいいドット絵とエグい表現の落差があまりに大きく、不謹慎だが大笑いしてしまった。もうひとつ気に入ったのは主人公ヴァーゴの語り口。おとめ座の女王だけあって高慢で傍若無人、さりとて決して粗野ではなく、相棒のジンジャーには信頼と愛情を寄せる。これはもうお嬢様口調しかない。そして二人称は「あなた」ではなく「おまえ」だ。こういうふうにキャラクターの声がすんなり響いてくるときは、翻訳もすいすい進む。

幸いVVTZの翻訳を任せていただけることになり、本格的に翻訳作業に入った。序盤のチャプターを翻訳した時点でかなりのテキスト量になりそうなことは見当がついた。マップ上の主だったオブジェクトにはすべてフレーバーテキストがついているし、キャラクター同士の掛け合いも多い。自分も含め、さわれるオブジェクトは片っ端からさわり、NPCが同じ反応を繰り返すまで執拗に話しかけるプレイヤーにとってはご馳走のようなゲームだ。当初は五万ワード程度といわれていたテキスト量が、最終的には十万ワードクラスに増えていたのはご愛敬、というかある意味ご褒美だ。

登場するモブキャラたちはキュートだったりちょっとキモかったりと個性的で、どの程度キャラクターづけをすべきか悩んだ。私は翻訳チームの一員としてAAA大作の黒子に徹することがほとんどで、インディーゲームを一本まるまる訳した経験はそれほど多くなかった。大作では明確に指示されない限り味付けの濃いセリフ回しは避け、受けの広い口調で訳すように意識してきたが、VVTZのモブたちを見ていると、普通にしゃべらせていたのではなんだか物足りない。最初のチャプターに登場するヒツジムインにしてもそうだ。子羊だから語尾は「~メエ」でいいかな、でもそれは少々短絡的ではないか、あまり目立つと物語の邪魔になるかもしれないし……などといろいろ考えたのだが、

わりと使い勝手がいい。

メエ案だ。もうこれでいこう。やぎ座のヤギリーマンには「仲間を呼んでくるベエ」と言わせ、おうし座のウシ民には「仲間がたくさんいるンモよ」と言わせる。スベるのが怖いといえば怖いけれど、この作品はこの方向性がいい。

VVTZの開発者Nana氏はセリフにもフレーバーテキストにも隙あらばダジャレをねじ込んでくる人で、質問を通じてダジャレやジョークの翻訳は日本のプレイヤーが楽しめるように自由にアレンジして構わないとお墨付きをもらっていた。その最たる存在がいて座のサジタリウス。ギャルギャルしい軽い口調ながらしつこいくらいにオヤジギャグをぶっこんでくる。主人公ヴァーゴと列車で対峙するシーンでは、

原文は:Things are about to go off the rails, Holy Queen!

こんな具合で一行ごとに列車/線路ジョークを飛ばす。ゲーム翻訳者というのはいかに時間単価が下がろうともダジャレやジョークを前にすると血が騒ぐ人種なので、当然私も燃えた。家でも旅先でも夢中になってギャグやジョークやシュールなテキスト群と向き合い、LQAでは意識が朦朧とするまでオブジェクトにさわったりNPCに話しかけたりした。そうして先にも触れた通り、ちょうど三年前にVVTZはリリースされた。

VVTZは戦闘の難易度が高く、世界観にしろゲーム内の用語にしろかなり独特な作品ではあるが、ゲーム自体は非常に好評だった。爆発的に売れたわけではないけれど、プレイヤーの反応を見るかぎり、刺さる人には深々とぶっ刺さったようだ。翻訳については「日本語が適当(悪い意味で)」とか「まったく頭に入ってこない」とか、やはり批判の声もあったものの、意識して尖らせたものがしっかりと刺さったと感じられるのは、翻訳者冥利につきるというものだ。

長らく会社員のかたわら副業で翻訳をやっていた私がゲーム翻訳専業になったのは五年前のこと。独立当初は粛々と大作ゲームの一次翻訳をこなしつつ、ごくまれにインディーゲームの翻訳をしていた。それが今ではインディーゲームの翻訳の合間に、余裕のあるときだけAAA翻訳を手伝いをするというかたちに落ち着いている。単価やクレジットといった要因も絡んではいるが、VVTZの『刺さった体験』の影響は間違いなく大きい。


本稿は、英日ゲーム翻訳者のReimondさん主催による「ゲームとことば2022」という企画向けに執筆したものです。

『Virgo Versus the Zodiac』はSteamで12月16日まで75% OFFの500円でセール中! 買ってぇぇぇぇ!

VVTZの開発者Moonanaスタジオの次作『Keylocker』のデモも翻訳のお手伝いをしています。

同じくMoonanaスタジオの愛すべき小品『Osteoblasts』、実はひそかに有志翻訳プロジェクトが進行中。私は監修のみですが、腕のいい若手翻訳者さんたちがいい感じに訳してくれているので、改悪しないように気をつけます。こっちも買ってぇぇぇぇ!


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