旅僧

会社員の頃よく駅を使いました。当時の仕事はまさしく腰掛と言われる様な簡単でつまらないものでした。2両しかない電車はすでに満員で1時間
立ちどうし何処の都会だよと、一人で突っ込みながら窓の外ばかり見ていました。半年で6万円にもなる交通費。意地の悪い社員からもう一人雇えるなと、心無い言われようでした。不毛な日々にうんざりしながら、帰る途中に定期が無いのに気が付き現金で帰路につきました。家についてそのことを父親に言うと烈火のごとく𠮟られました。まだ3万円ほど残っていました。半分諦めていると、警察から電話があり定期が届いているので、取りに来て欲しいとのこと、世の中捨てたものじゃないな、いいひともいるんだ。うれしくなり、届けてくださった方には心ばかりのお礼の品を贈らせてもらいました。そのことが起きる一週間前に帰りの駅で墨染めの衣がぼろぼろになった背の高いお坊さんが、足早に近づいて来て私に何か念じさっと走っていきました。笠を目深にかぶっていたので、顔はわかりませんでした。もう一回会えるかなと思っていましたが、私が引っ越すまで会うことはありませんでした。そのせいか人並な生活を手に入れる事ができました。ちょっと不思議な
体験でした。