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家業

父のカードを世に出したい。

そう思った私たち姉妹。デザイナーさんからは、さらに

「お父さんが残したものを活かして、新しいものを生み出すのも大事」

とアドバイスをもらった。
私は父のカードを作ったことがなかった。すでにあるデザインをカードという実物に作り上げるのでさえ、できるのかどうか半信半疑なのに、そこから新しいものを生み出すなんて・・・。いったどういう作業になるのか、想像すらできなかった。

「そういうの、得意そうだよね。私は作る方が好きなタイプ」と姉は言う。ならば、姉が作り、私は販路を考えたり、そのつながりを作ったりするのが役割になるのだろう。できるのか。

長崎県美術館のショップや土産物店など、このカードを置いてほしい場の候補はすでに頭の中にあった。でも、実際はどう動けばいいのだろう。最初の一歩間は違えたくなかった。そこを間違えると父のカードがちゃんと残らないような気がして、その判断は私には重かった。


最初にカードを見せた数日後、デザイナーさんから電話があった。知り合いの作家にカードを見せたら、その人も、父とそのカードのことを知っていたという。父は紙飛行機を趣味にしていて、そのつながりのようだった。紙飛行機がらみで父のことを(なぜか)ほめてくれて、このカードはちゃんと残した方がいい、とも言ってくれたそうだ。さらに、デザインがあればカードを作れる人はいるけれど、せっかくだから、家族で作るのが一番いいのでは、とのこと。


あわよくば、どこかに丸投げしてしまいたいと思っていた。姉も私もそれぞれ仕事を持っている。どうしてもこのカードで収益を上げなくてはいけない、ということではない。父のカードがちゃんと世に出て、残るのであれば、それは誰かほかの人の手によってでもいいのではないか。娘であり家族であるとはいえ、創作に関してまったくの素人である私たちがやるよりは、プロの手に任せた方が、むしろいいのでは・・・。そんな考えは少しずつ消えていった。

ここで、自分がやる!という人が現れていたら、その人にお願いしていたかもしれない。でも現実にはそんな人は現れず、声をかけた人からは「家族でやった方がいい」と言われる始末。さらに粘って、誰か、父のカードを引き受けてくれる人を探すのか。それとも腹をくくって家族でやるか。

答えは最初から決まっていたようだ。本当のところ、「では父のカードをよろしくお願いします。お任せします!」なんて、きっと言えない。これはわが家の家業なのだ。


預金残高もほとんどなく、お財布に1万円弱のお金を残して死んでしまった父。初七日が過ぎて、父の財布のお金で焼き肉を食べに行ったら、足りなかった。「ほんと、お父さんはきれいに使い切って死んだね」なんて姉と言っていた。何も残さなかったと思っていた父は、とんでもない財産を私たちに残してくれていた。

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