穴の中の宴会

      


百姓の権三郎と七兵衛は二人で山道を歩いていました。
もうすぐ、山草の時期ですから様子を見に来たのです。
二人は実はあまり仲良くありませんでしたが、村のきまりで様子見に行くことになりましたから、こうして二人で歩いていました。
「おい、権三郎。めんどうなのはわかるけど、村の仕事なんだ。遊んでばかりいないで、ちゃんとやってくれよ」
けれど道草ばかりして遊んでいる権三郎へ、七兵衛はしびれを切らして言いました。
「うるさいなあ。だったらおまえ一人でやればいいだろう、俺は帰るよ」
注意されたことがしゃくだったのでしょう。権三郎は拗ねて、もときた道を戻りはじめました。
七兵衛はそんな権三郎にあきれて、もう一人で行こうかと歩きだします。
「うわ、なんだこの穴は!」
権三郎の大きな声が聞こえて、七兵衛は振り返りました。
来た道を少しそれたところで、権三郎が下を見下ろしています。
気になった七兵衛も戻って、権三郎のそばへよりました。
よってくる七兵衛に権三郎は睨み付けますが、それを無視して七兵衛は下を覗き込みます。
いま立っている場所から一段低いところに、おおきな穴が空いていました。降りるための不格好な階段まで見えます。
「あれはなんの穴だろうか」
七兵衛が権三郎に聞きます。
「へへ、きっとお宝が入ってるにちげえねぇや。おい、七兵衛、あの穴は俺が見つけたんだ。俺があの穴に入る、お前は一人で村に帰るんだな!」
「でも、危なくないだろうか」
穴に入るという権三郎を心配して七兵衛が言いますが、権三郎は聞く耳を持ちません。
あっというまに穴のそばまで行き、穴の中の階段もかけ降りてしまいました。
七兵衛は権三郎の言うように先に村へ帰ろうかと思いましたが、どうにも権三郎が心配で、出てくるのをここで待っていることにしました。


こちらは穴へ入った権三郎です。
穴は一本道で奥へと続いていました。
しばらく奥へ進んでいた権三郎ですが、だんだんと薄暗くなってきて怖くなったのか、穴へ入ったことを後悔しはじめました。
「ええい、怖いもんか。宝を見つけて、俺はあんな村おさらばしてやるのさ」
そう強がって、権三郎はまた奥へ奥へ歩いています。

もう、どのくらい歩いたでしょうか。たくさんだったかも知れませんし、ほんの少しだったかも知れません。
ただ、入り口がもう見えなくなるところまで来たのは確かです。
権三郎が今度こそ引き返そうかと考えていると、少し先が壁で行き止まりになっていることに気づきました。
壁には小さな扉があります。権三郎の半分ほどの大きさしかない、小さな扉です。
「しめしめ、この先にお宝があるのに違いないぞ」
権三郎は喜び勇んで扉を開きました。
すると扉の先から明るい光が飛び込んできて、まぶしさに権三郎はぎゅっと目をつぶりましす。薄暗い穴の中を通ってきましたから、権三郎の目はそれに慣れてしまっていたのです。
「おや、お客さんだ!」
甲高い声でそう言われて、権三郎は恐る恐る目を開きました。
目の前には、あの扉にぴったりな大きさの、醜い小人がいました。
「いま、宴会をしているんですよ。お客さんも、ささ、こちらへ早く」
小人のあまりの醜さに顔をしかめていた権三郎ですが、宴会と聞いて目を輝かせました。
そんな権三郎の手を引いて小人は賑やかな宴会場まで引っ張っていきます。
(お宝は無かったかもしれないけれど、美味しい思いはできそうだ。小人どもは醜いが、飯はうまそうだし、それによさそうな酒もある)
宴会場まで着くとたくさんの小人たちが権三郎を歓迎してくれました。
「お客さんゆっくりしていってね」
「あんた、いまいくつだい」
「まぁ、かけつけ一杯」
「ほぅら、こいつはうまいぞー! 肉肉虫の肉だ」
「こっちも食えよ、この団子おいらのかみさんが造ったんだ」
小人たちに揉みくちゃにされて、権三郎は困ってしまいしたが、悪い気分ではありません。小人たちはやはり醜かったですが、客人を歓迎しようとする気持ちがとてもよく伝わってきたからです。
「私ども、宴会が大好きなんですが、きまりで客人がいないと宴会をしてはいけないと決まっているんです。客人がいなくなってしまえば宴会は終わってしまいますから」
それでこんなにも俺を歓迎しているのか。権三郎は納得しました。
「ん? しかしもう宴会が始まっているのは何故だ」
「あなた様より先に、別のお客人がいらしてましてね。ささ、こちらです。あないしましょう」
先に来ていた客。まさか、七兵衛の野郎ではないだろうな、と権三郎は考えますが、おとなしくまた小人に手を引かれていきました。
「おや、僕以外のお客さんかな、小人くん」
連れていかれた先にいたのは、もちろん七兵衛ではありませんでした。
酔って顔を真っ赤にした権三郎と同い年くらいの男です。
どことなく、自分に似ているな。と権三郎は思いました。
「よろしく、僕は三太郎。きみは?」
権三郎が横へ座ると男――三太郎が人の良い笑みを浮かべて話しかけました。
「権三郎」
我慢できなくなったのでしょう、名前だけを短く伝えた権三郎は机の上に用意された酒とご馳走を、詰め込むように口にしはじめました。
三太郎はそれを笑って見ています。
「それじゃあ権三郎くん。会ってばかりですまないんだけれど、僕はいったん席を外させてもらうよ」
三太郎が言います。
「あ? なんで」
「僕は君がくるけっこう前からここに居てね、少し外の風にあたりたいんだよね。きみは、一人でも、大丈夫だろ?」
なんで、と聞きながらも権三郎の興味は目の前のご馳走にしかありません。「ふうん」とだけ答えてまた食べ始めました。
「じゃ、失礼するよ」
そう言って三太郎はまた人の良い笑みを浮かべながら、あの小さな扉から外へ出て行きました。
見送った権三郎はあることを思い付きます。
(いまここであの扉を開かないようにしてしまえば、このご馳走を俺は独り占めできるんじゃあないだろうか)
いまでこそ大量にあるご馳走ですが、なにせ作っているのはあの小人です。いつ無くなるかもわかりません。
それに、出ていった三太郎はきっと、まだ穴の外にいるかもしれない七兵衛をここに連れてくるでしょう。
(あの野郎が来たら、楽しい宴会が台無しになってしまう)
幸いにも権三郎は山歩きのために木の棒を持っています。これを扉につければ、開くことは無いでしょう。
よし、と権三郎が席を立とうとすると、小人たちが酒を持って権三郎のところへ来ました。
「お客人、どうしました?」
「あ、いや」
さしもの権三郎も、宴会を独り占めしようとしていた、なんてことを正直に言ったりはできません。言葉を濁すと、小人はクスクスと笑いました。
「大丈夫ですよ。あの扉は開きません。お客人が帰ってしまうなら別のお客人をいれることもしないでおきましょう」
「ん、そ、そうか? それは良かった」
小人の言葉に気を良くした権三郎は、すすめられるがままに酒を煽りました。

「ええ、あの扉は、開きません」
小人のその呟きは宴会の喧騒に包まれた権三郎の耳には届きません。
小人は、醜い顔を歪めて笑っていました。


ところ変わって穴のそばで権三郎を待っている七兵衛です。
しばらく待っていても権三郎が穴から出てきませんからいっそう心配になってきました。
「権三郎、大丈夫だろうか」
仲良くもなく、おせじにも良いやつとは言えない権三郎ですが、それでも心配なものは心配なのです。
「僕の心配か?」
一人考えていると、声をかけられて七兵衛はそちらを見ました。穴から出てきた男が声の主のようです。
「権三郎、か?」
「人の顔を忘れたのか? 権三郎だよ

 ところで君は誰だっけか」
「七兵衛だよ! ……権三郎、なんだか雰囲気が変わったな?」
七兵衛の知る権三郎は憎まれ口を叩くことはあっても、こんな冗談を言ったり、人の良い笑みをうかべたり出来るような男ではありません。
「実はさ、穴を抜けたところが妖精の国でな。歓迎された僕は何年もそこで暮らしていたんだ」
「えっ、でもまだ数刻も経っていなかったよ」
権三郎を待っていた時間は二刻に満たないほどだけでしたから、七兵衛はその言葉に驚きました。
「妖精の国は時が経つのが遅いんだな。まぁとにかく、あそこで暮らせば誰でも気の良いやつになるし、こっちの事なんてほとんど忘れてしまうだろうさ」
帰る前も寸前まで宴会を開いてくれたのだと権三郎は言いました。
「そうなのか。俺はひょっとして、おまえの祖父さんの弟みたいに神隠しにあったんじゃないかと、心配したんだよ」
七兵衛がそう言うと権三郎はぴくりと肩を震わせました。
「へぇ、僕のご先祖様はそんな目にあってる人がいたのか」
「なに言ってるんだ、おまえが…………ってそうか。忘れてるんだったな」
権三郎はにやりと笑いました。
「まあな。
 さ、早く村に戻ろう。僕も久しぶりに村の皆に会いたいからな」
そう言って、権三郎は村へと真っ直ぐに歩きだしました。七兵衛はあわててそのあとをついていきます。
「ああ、そういえば爺さんの弟ってのは、なんて名前なんだ?」
「え、なんだったかな……確か


 三太郎、だったかな」
「……………へぇ、そっかぁ」
そう言って、三太郎は、ただ人の良い笑みを浮かべました。


その後、穴が見つかることは無かったといいます。

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