storm~建国の狼煙~ 第一話

これはとある世界のとある男達の物語だ。

どのような世界であっても、そこに、人間という種族が誕生し、言語と文化を発展させた先にあるものは、恐らく戦争であろうと私は考える。

その世界が例え、ドラゴンが闊歩し、モンスター達がひしめく世界であっても、エルフ達が栄え、妖精たちが舞い踊る世界であっても、魔法が飛び交い神秘と秘術の蔓延る世界であっても、ヴィンパイヤが彷徨いスケルトンが踊る世界であっても、である。

知性ある生き物達が己の利益を最優先としたとき、そこには争いが生まれ衝突がある。それは個人であれば犯罪に行き着き、国家であれば戦争となる。だがあらゆる生物に行動の制限は課されていない。ありとあらゆる行動、それは犯罪であっても、戦争であっても、愛であっても、平和であっても、同等に成される事柄である。翼のないものは空を飛べない、これだけが神が知性ある生き物に課された拘束、その認識でのみこの世界は存在している。その世界において、先ず人間達は、モンスターに対抗する為に、ギルド、と呼ばれる商会を作り出した。旅と貿易の安全を保護する事を目的とし、作り出された制度であったが、時が経つにつれ、世の中にある一種の暴力を飲み込み表面化を始める。自分達の利益のみを追求した彼らは善良な人々にとってモンスターに準じる脅威となり始めた。倒したモンスターの売買を行い、密売を行い、或いは要人達の暗殺の請負を行い、戦争の傭兵となり、古代遺跡の盗掘を行い、更には山賊、海賊紛いの窃盗を行う集団があらゆる土地で勃興し始めた。そんな時代の事である。

ならず者どもが寄り集まった数百のギルドの中から、一つの国が誕生する。雪で覆われる北の大地を領土とした、その小さな国には、50人に満たない国民と、赤い髪の王がいた。「地下世界」であった彼らのギルド名を知るものはほぼいない。何故なら、彼らの徹底した攻撃性、そしてその苛烈さ故、人々は恐れを込めて、彼らをこう呼んだからだ。


storm


chapter1 【ギンキシの街】

腐った肉とドブの臭いが鼻につく。

口元にタバコを咥えた彼は、その臭いを厭うように鼻をすすった。高い葉巻の香りは確かにこの土地特有の据えた肉の香りと口内に絡みつく砂の味を消してくれている。だが、夜という時間は空間の持つ色をビビットに引き出す時間だ。日中、何処かに見られたこの古い街の生命の健全さは搔き消える。夜の灯りの中で映し出される光景は、健全さをとうに履き違えた、生命の猥雑さ、そのものである。彼の黒く長い髪が、濃くなる瘴気、この街の猥雑な闇の気配に飲まれて揺れた。一つだけ灯された街灯は、確かに欺瞞の形を持ってその場所を歩くものを笑う。だが、彼にその笑いは届かない。彼の心中にあるのは、諦観と嫌悪である。事実、高価なスーツも長い髪も人目を惹くその長身も、この据えた街には似合わない。彼は実に慎重にこの汚れた大地を歩んでいる。彼の愛するクォンティーノの靴が泥に汚れてしまう事の無いように。

サウス・アラギラという大国、西と東とが交わる交易点、その場所に築かれた大国にはある特徴があった。その国内では、誰もが誰の許可もいらず、自由に品物を売買することが出来る。例え外国人であってもだ。サウス・アラギラの街のど真ん中に開かれた広大な土地は、『アマーン』と呼ばれ、一定の金銭を払えば何を売っても構わない。そこに人の首が並ぶ事もあるし、非合法の薬物が並ぶ事もある。当然武器の売買も自由である。関税もかからない。経済と貨幣を神と仰ぐこの土地の宗教は、犯罪すら歓迎した。自由すぎるそのマーケットは凄まじい利益を叩き出す。世界各国の商人はこぞってアマーンの地を目指し、アマーンの周りには人が集まり、宿が出来、酒場ができ、街が出来た。アマーンに夢を見てそして打ちひしがれたもの、たった一つの商品を武器に成り上がったもの、それぞれの人生を内包しつつ、このサウス・アラギラの周囲に沸き上がった泡の様な小国の一つが、ギンキシである。

元々はアマーン内にて、自身の戦闘能力、つまり警護、護衛の能力を売らんとする者達のたまり場であった。やがて彼らは集団を形成し、より効率的に自分達の能力に値をつける様になった。ギルドの誕生である。この世界に於いて比較的安全な土地であるサウス・アラギラから一歩出れば、命の保証はされない。砂漠の海に泳ぐ、サンドワーム、凡ゆる動植物を飲み込む人の手の形をしたサンダラ、砂漠の夜に歌う死のヤギ、アザーリィなどが跋扈しており、その天災は永らく人種と知性ある亜人種達の交流を絶ってきた。だがギルドの誕生により状況は一変する。

商人達はギルドに所属する戦士、傭兵達をかき集める様になった。或いは自身でギルドの経営を行う者すら表れた。それこそ、そこに人種、性別、種族の違いは問わなかった。もっとも商人達に喜ばれた傭兵は、極東に位置する大和という小国の傭兵であったが、未だ鎖国を解かないこの国の傭兵が手に入る事は滅多にない。そこで俄かに候補となったのが、西の端にある魔法と学問の都市、ウルタニアにあった騎士という傭兵達である。勇敢で自己犠牲を問わない彼らの献身の精神に依ってギンキシは名誉と共に発展する。だが、力を持つものがその力通りに評価される事は少ない。大金が手に入る、という噂に踊らされた騎士達は、こぞってギンキシへ赴き、そして打ちのめされ、盗賊になる。やがて、ギンキシはかつての栄光を失い、酒と喧嘩と犯罪の温床、発展を続けるサウス・アラギラの影、スラム街の一つに形を変えたのである。

ギンキシの暗闇をゆく彼の前に男が数人立ち塞がった。剣呑な目が細い路地に一つだけ灯された街灯に照らされている。ここは傭兵の街だ。人を殺す道や影は凡ゆるところに存在している。だが、葉巻を咥えた彼に焦りは見られない。値の張るスーツ、金色のカフス、磨き上げられた靴。長身に、黒豹の眼力を備えた彼もまた男達と同じ目の色をして、一瞬立ち止まった。だが次の瞬間、何も見えていないかの様に再び歩き始める。眼前の男達は目配せをした。口は開かない。死の儀式の前に言葉は不必要だ。街灯の灯りの下で男達は刃物を抜いた。自分達の体を武器、そのものにして稼ごうとした賃金は、彼の衣類と財布の中身と金のカフスの代金だろう。だが一瞬の空白の後、彼らは自身の命を代金として、彼に差し出す事になる。

閃光があった。それはそれは鋭い閃光で、空間を切る眩い光が辺りを一瞬照らした後、彼らの上下の胴、及び首は地面に転がる事になる。濃くなった血の匂いを物ともせず葉巻を指に挟んだ彼は振り返って言った。

「こんな街に、こんな身なりのいい男が一人で歩いている、と思ったか?俺ならそんな気違いには絶対に手を出さないね」

彼の名は、エンドマン。かつて強大だった国の宰相を務めていた彼が、生きている事を知る者は殆ど居ない。戦争に敗れ戦争犯罪者となった彼を受け入れたのは一つの国と一人の男であった。エンドマンは、彼を迎えにこのギンキシの闇を歩く。自分の国の国民と父である王、そして自身の家族全てを全てを虐殺した男、カイザー・D・デボロを迎える為に。

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