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私のおきにいり / 華金の戦士

吉澤嘉代子の「残ってる」の歌詞のように昨晩の浮かれた私は、とっておきの大人っぽい服を着て彼を待っていた。集合はセブンイレブンの前に23時。この時の私は、終電という武器を片手に24時の解散を予定していた。以前バーで一度話しただけの彼の顔は思い出せない程度。二人きりで会うのは初めて。緊張を紛らわすように用もないツイッターを開き、イヤホンに耳を傾けた。
目の前で自転車が止まり、スーツ姿の男性がこちらを見ていた。初めて見る彼のスーツ姿と、ふとよみがえった私好みの彼の顔。動揺を悟られないように、少し微笑んで、久しぶりと告げた。自然にいつも通りを心がけてイヤホンを外し、音楽を止めた。ついてきてと言わんばかりに彼は自転車を押して、夜の街に私を誘った。大阪のこの地に詳しくない私は、内容のない他愛もない会話をすることしか出来ず、知らぬ間に彼の行きつけらしいお洒落なバーに踏み込んでいた。今思い出すと、もうあの瞬間に終電という言葉は、私の奥にそっと閉まってしまったのかもしれない。
空きっ腹にいれるゴッドファーザーは、きちんと緊張をほぐしてくれた。サークルの新歓で初対面の男女が話すような内容はすぐに終わり、少しディープな大人の世界の話をした。一刻一刻と近づく終電へのタイムリミット。

「もう出ないと」

 どこかにあるストッパーが否応なく作動し、彼に終電を告げた。しかし、彼は気にすることなく3杯目のドリンクを勧めてきた。社交辞令程度の終電アピールは機能することなく役目を終えた。いつも通り、親へのラインを開き、いくつかの言い訳の中から友達とのカラオケオールを選択した。
 3杯目に頼んだそれは、 可愛いらしい色とは裏腹に、奥に突き刺さり私を気持ちよくさせた。目線が合うたび、彼の余裕が私を困らせた。そろそろ出ようと告げた彼は、知らぬ間にお会計を済ませ、財布を出す私の手を止めた。ただいいように使われるだけ。そう分かっていても、繋いでくれた手は嬉しかった。深夜1時の知らない夜道。彼の引く手のままに小洒落たマンションの一室に入った。信用できもしない男の部屋に踏み込むことは、酔った私には安易なことにしか思えない。
 いつもこうやってるの。私の中に生まれた疑問をかき消すように、色気ある慣れた手つきで私に触れた。駄目なことと分かっていても、やめられない。

 朝5時、寝ている彼にそっと口づけし、起こさないように静かに扉を閉めた。昨晩のお酒はまだ残っているようだ。ペットボトルの底に残っていたぬるい水を飲みながら、エレベーターで1階まで降り、マンションの出口を探した。どっちから来たかも、ここがどこなのかも分からない。とりあえず赤い観覧車の見えるほうに向かって歩いた。イヤホンで耳を覆い、煙草に火をつけ、昨日の会話、彼の表情、私を見る目、感触を思い出しながら歩みを進めた。いくつかのコンビニを見つけたが、私の求めているものはそこになく、吸殻を捨てるくらいしか用がない。
 昨晩待ち合わせたセブンイレブンに辿り着き、アイスの欄においてあるそれを手に取った。100円玉2枚と共にレジに置いたそれは、シールを貼られただけで私の手元に帰ってきた。中身の見えない黒いカップ。ふたを開けると、初めて見る人には異様なものとしか思えないベージュ色の粒粒と雑多に砕かれた氷。コーヒーマシーンに向かう足は止められない。店舗にもよるのだが、「キャラメルラテはここ!」なんて、優しくポップの書かれているアイスコーヒー用の「R」のボタンを押す。ワクワクすることも無くなり、ただ濃いコーヒーの香りが嗅覚を刺激する。機械音が止まったら、小さいドアのロックが解除され、お目当てのそれが現れた。待っている間にセットしておいた蓋とストローをカップにつけ、足早に店を出た。
まだ溶け切っていない中身をストローで適当にかき混ぜ、手に冷たさを感じると口にストローを近づけた。美味い。朦朧とした意識の中で、心地いい苦みとキャラメルの控えめな甘みが調和し、頭が考えることを拒否する。淹れたてのコーヒーと絶妙な味わい、私の苦手なラテ感が少ないそれは、他では買えない。
違和感のある男女とスーツのお兄さんがすれ違うラブホ街をすり抜け、大通りに出る頃には、それは半分以下にまで減っていた。変な焦燥感は何を指すのか分からないが、ほろ苦いキャラメルラテは昨晩の全てを綺麗ごとに変えてしまう。

セックスできても、日の当たる時間に二人で外を歩くことはできないし、手を繋ぐことは許されない。嫌いだったはずのアイコスの香りにも慣れてしまったし、あの人にとって私は、都合いい女でしかないのだから、私は貴方を都合良く使う。それだけの関係に名前なんていらない。

空になった黒いカップは、期待と共に捨ててしまった。


米この文章は大学の文章表現法の講義で「お気に入り」と言うテーマで書いたものです。ハンドルネームが華金の戦士でした。

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