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「マスク外すのが怖い」に名前をつけないで

 マスクをつける生活が当たり前になって約2年。マスクを外せる日常が戻ってきても外すことはできるだろうか。

 息苦しいし暑いし、メガネは曇る。あれだけストレスだったのに、今では当たり前となった。そんな不快感もすぐに慣れて、感染予防以上の役割を果たしてくれた。

 マスクをつけると半分顔は出ているのに仮面をつけているように感じる。そのお陰でマスクなしに比べると会話がスムーズにできるようになった。多分、この現象は特に人間関係に敏感な人こそ経験しているのではないかと思う。そして何とかシンドロームとか新しい生きづらさを表す言葉が生まれるだろう。

 新しい生きづらさを言葉にする。それは苦しんでいる人がその原因に気づくきっかけにもなる。だけどマスクがすぐに当たり前になったように、マスクを外した生活もすぐに慣れて日常に戻っていく。だから「マスクを外すのが怖い」という現象はあえて言葉にする必要はないと思う。むしろ、言葉にすると「マスクを外すこと」に意識が向けられて余計にマスクなしの日常から遠ざけてしまう気がする。

 もう少しでご時世前の日常は戻ってくるだろう。その時に新しい生きづらさを残さないためにも、そっとしておいてほしい。

 ・・・もしかしたら、もうできているのかな。

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