0 と1  第十四話 最終話 


交差点の手前で人々が吸い寄せられるよに集まり、何事かざわめいて居る。

「女の子が事故だって。」

誰かが叫んでいた。

「誰か、救急車!この子の母親か、保護者はいますか?」
「救急車に今、かけてます。あと、だれか警察。」
「ドライバーは?!」

現場は騒然としていた。

様々な意識が集い、現実のあり様に立ち止まる人々。倒れた女の子に皆の意識は集中していた。

「もしもし、事故です。幼稚園年長か小学生くらいの、女の子です。はい、意識はあります、えっと住所は…」

女の子の意識は、朦朧としていた。虚ろなその目は、開かれているけれど、何一つ自己の意識として映っていなかった。

景色は流れていく水のようだった。女の子自身も、その流れにたゆんでいた。


どんどん視野が狭くなっていく。
視覚で見える世界の認知外へたゆみながら何かの境界が、切り替わり始めていた。

もうじき何もみえなくなる。そんな予感が、自分の身に起きたことを受け入れるよう自身を諭していた。

幕は降り、すべての視野が途切れた。


そして、女の子の耳には、音だけが残った。

音があり、その音を伝って新たな視野感覚がオンになり、やがて映像に切り替わる。

その時、音は色彩をもった。形を描いた。
女の子は音を伝って見えてきた映像を見ていた。


自分の姿を真上から見ていた。

女の人がいる。私とおねいちゃんと女の人だ。それと他の知らない大人がたくさん。
真ん中で倒れてるのはわたしだ。
私、真っ白な顔で倒れてる。

ぶつかったんだ。車と。
あんなにおねいちゃんに、右と左を見てまた右をみてから渡りなさいって言われたのに。

ごめんなさい。

女の子の意識は体の感覚側の世界と、音からの世界との間を行き来していた。
それは、生と死の間のようだった。もしくは、はっきりと鮮明に生を認知した時間だった。

真上から見つめる意識から、肉体へ意識が切り替わるオンオフを感情だけが操作していた。

音の世界は、人々の心に浮かぶ感情が音色のように響きあっていた。それは言語を超えた原始的な言葉のようだった。様々な想いが、和音のように響きあい、メロディーのようだった。そして鮮やかだった。

その世界では、感情はただの単音であり繊細なグラデーションでもある。
音の響きの強弱高低のなかで、やがて一つの波形を描く。

倍音が尾を引いて描く波形のように。


虚ろな意識で二つの世界を行き来する彼女に声が聞こえた。

「マリちゃん、マリちゃん・・・」
肩を震わせながら一心に見つめて側に居たのは姉だった。

その顔には、恐怖と不安、緊張が張り付いていた。

出血はひどくなかった。だが、女の子の顔は、まさに蒼白で血の気が一切なかった。

「か、髪の毛が・・あ、あ、あ。」
車との衝突の衝撃が大きかったせいか、倒れた女の子の髪の毛が、そこに大量に抜け落ちていた。

姉は驚きと恐怖で、声が途切れ途切れだった。

倒れた女の子は姉を認識したのか、手を伸ばす。

「おねいちゃん。帰ろう。」

姉は、震えた手で妹の手をとろうとする。
「うん、話しはちゃんと聞くから・・・。」

妹の体温の低さに驚いたのか、姉は一瞬びくりとする。

動揺のさなか、姉はそれでも片方の手で落ちた妹の髪を拾い集め続けていた。無意識でやっていたのだろう。

戻るように。もとに戻るように、と願いながら。

「おねいちゃん、いる?いるよね。もうかえろうよ。真っ暗だよ。夜はお家にかえらないと…」

姉は頷くことしかできなかった。まだ正午過ぎだというのに、妹の言葉に混乱しつつも、現実を受け入れようと必死だった。目を強くつむり、体を強張らせながら、手を握るしかできない。無力さが、姉のなかで罪の様にのしかかっていた。

”どうしよう。どうしよう。このままだと・・・”

その時だった。黒髪の細身の女が颯爽と二人の間に入った。
その姿は0だった。

ざわめく空間の中で、ひと際よく響く声で、落ち着きと、芯のある深く響く声で女の子に話しかけた。

空気感が少し変わる。清涼な風が吹き込むようだった。
周りとは異質で、究極の個別の意思を持ち動き回る存在かのようだった。

「ねえ、私の声きこえるかな?もうすぐ救急のお兄さんたちがくるから、大丈夫よ。わたしとおはなししようか。なまえは?」

はっきりとゆっくりと、倒れた少女に語りかけた。
「・・・ま・り。」
「ミツイ マリ。」

0はゆったりと微笑んだ。

「そっかあ。マリちゃんていうんだ。おねいさんは0っていうの。」
「ぜろ?変な名前だね。」

薄紫の小さな唇が微笑んだ。

大丈夫だ。この子はきっと助かる。0は確信した。


生きて。

わたしに出来ることは限られているけど。

0もマリの手を握る。

マリは目をはっきりとひらいて、0と瞳を重ねた。鼓動が高鳴る。0の瞳にはマリの姿がはっきりと映し出されていた。

穏やかな水面が鏡のように、すべての景色を反転させるように。

「面白い名前でしょ。」

「うん。忘れないよ。なまえ。」

「まりちゃん、まりちゃんのお姉ちゃんも、ちゃんと居るからね。大丈夫だからね。おうちにかえったら、好きなおやつをたくさん食べようね。私もマリちゃんの家に遊びにいきたいな。いいかな?」

「うん。いいよ。ちょっとお腹があったかくなってきた。なんだか痛いかもしれない。」

「うん。痛いんだね。痛いとわかることは、生きる上で大事なこと。立派なこと!いいことだよ。怖がらないで大丈夫だよ!

ここにいるみんな、まりちゃんを応援しているからね。大丈夫だからね。」

女の子の乗っていた自転車は、ひしゃげていた。自転車がある程度この子への衝突のダメージを防いだようだった。

サイレンの音が響いてきた。
「まりちゃん。がんばれ。大丈夫だから。」

女の子の姉は、放心状態だった。あとから駆けつけた母親と共に、救急車に乗り込んで病院へと向かった。
現場には話し込んで居る野次馬達がのこった。

0は見えなくなるまで、その緊急車両のサイレンをみていた。

赤いサイレンが、0の視界に入ったり消えたりしていた。

何かの境界と境界が、規則正しく交互に切り替わりしていた。

10101010101・・・

0の視野を、0と女の子の意識が、切り替わりながら共有していた。

「また会おう。マリちゃん。
今は辛くても生きて。また会おうね。約束だよ。

・・・待っているよ。いつかきっと。約束は、果たされるから。信じているから。」


「おねいさん…0。ありがとう。またね。」

交差した空間から意識が遠のいていく。



はっとした瞬間、マリは夢から醒めた。

古い記憶の中で何かを確かめていた。忘れてはいけないこと、0の声と言葉が鮮やかに蘇る。

0の姿。黒髪で、まっすぐな眼差し、奥深い色で鏡面の様に私を映したあの瞳。少し悲しげでありながらも、強い意思を潜ませた表情。
深い響きの中に、芯のある声。堂々とした動作。私の手をとってくれた力強い感覚。

0の言葉。私の願い。

「まっているから…信じているから…」

力強く、この胸に残っている。

胸の中心がじんわりと電気を帯びているようだった。鼓動が強く打ち付ける。あの時あの瞬間に感じた鼓動の感覚が蘇る。

「おはよ。マリ大丈夫か?随分うなっていた…って、汗がひどいな。具合でもわるいのか?」

1は、心配そうにマリの顔を覗きこんだ。

「大したことないよ・・・。結婚前のジレンマ?なんてね…らしくないか。」

いつもの調子でマリがおちゃらけた。声は本心を隠せてはいなかったが。

その声が、なにかに揺さぶれれているのは確かだった。

「それ、あんまり笑えないよ。
…無理すんなよ。何か飲む?水持ってこようか?」

「ありがとう。でも今は何も要らないかな。
・・・シャワーしてくる。もお、辛気臭い顔しないでよ。笑ってよ。」

1は、動揺しながらも、様子を伺っていた。

「無理しないほがいい。汗はひどいが、それ以外は・・・顔色も少し赤いようだけど・・・。やっぱり水もってくるから。待ってて。」

1はキッチンへ向かった。

マリは、「0」
と口の中で呟いた。

私のこの言葉は、心から現れたものなのか?一瞬疑問が湧いた。


なぜなら、今、何を発したとしても0の響きが混じり込んでいる。もしくは、0のなかに私が混じってしまったような感覚があった。それが、自分の所在を曖昧にしていた。

”私の中のなにかが、0を目指している。”

サイレンをみていたあの記憶画像。共有した意識と視野。その感覚の延長のようだ。

私なのか?私の延長線に、0は居るのか?0は私の中?私は0の中?

意思とは別に何かを認知していた。
自然な流れがあり、その中に自身が浮かび流されている。直感だけが自覚としてぽつりぽつりと、言葉としてマリの意識に浮上してくる。

「何か言ったか?」
手にグラスをもって1が戻ってきた。

「ううん。昔、事故ったときの記憶がね、蘇ったの。姉がさ、酷い顔してたなーとか。思い出してた。」

1は、今も心配そうにマリをみていた。

「ねぇ。私さ、結婚したらミツイマリじゃなくなるよね」

「…。世間的にはそうだけど…、マリ?本当に大丈夫?」

「いーの。いーの。気にしなくて。確認だよ。確認。でね。私、言いたいことあるの。」

マリの心情が掴みきれないまま1は黙って聞いていた。

「私。別れたい。1と別れる。結婚はしない。」

一瞬、二人の間に空白ができた。

「・・・・え。・・・え?・・・。」
1は面食らった。
思いも寄らなかったマリの言葉に頭は真っ白になった。

「私、一人になろう、一人にかえろうっていうか・・・自分の事なにもわかっていなかった事に気づいた。

気づいてしまったから、正しくありたい。」

「自分の問いかけに始めて向き合ったから。正しく自分を持たずに、あなたにもたれかかっていくことは堕落のような気もする。なにも、お互いの為にならないんじゃないかって。」

「うん。言いたいことはわかるけど。」

「私、夢っていうか記憶で大事なこと思い出したの。」

1は真剣に相手の話の続きをまっていた。正座になって、マリの正面に座った。

「聞くよ。俺はマリを理解したいからね。」

「ありがとう。でも、真剣なの苦手だからさ。こんな話し方で、ごめんね。
そもそも、1は私にプロポーズしていないよね。私が勝手に決めて1に受け入れてもらってただけじゃん。本当は焦っていた。

本当の私がみんなにバレてしまうんじゃないかって。結婚すればなにか変れそうな気がしていた。そしてそれは、期待だった。」

「まあ、プロポーズのことは、そうだけど。きちんと意思はあったよ。君を幸せにしたいし。」


「…違うでしょ。幸せになりたいのは1、あなた本人でしょ。」
笑いながらマリはあっけらかんと答えた。

「私たち依存してた。それにお互いに自分を偽って居た。
・・・それに途中で気づいてたの。だから余計焦ってた。

希望と期待は別物でしょう。


そして、あなたは私が、あなたに依存して幸せそうに振る舞ってることで一応安心していた…お互いに必要として居るって思い込もうとしていた。そんな気もするの。」

「・・・うん。」
1はマリの言葉を傾聴した。一語一語漏らさずに受け止め、理解しようとしていた。

「でね、わたしは、世間でいうフツーの、そうね。幸せっていうロールモデルっていうのかな・・・結婚する女性っていうのになれたら、幸せになれるっておもっていた。

事故にあったあの時から強く意識してた。幸せになるんだぞ。って。

生かされている自分っていうものを。

だからこそ、幸せにならなきゃって。心から思っていた。

でも、見失っていた。自分を見失って、焦りが自分を取り繕うとしていた。

1と出会って確かに幸せを感じていた。分ちあうことがすごく嬉しくて。本物の幸せ。それも一つの幸せであったよ。

1といると、本当の私をあなたにだけ、解放している気持ちにもなった。

でも、気持ちだけなってた。持続しなくて、なんでかなって。

なんで幸せだと思っていても、とぎれとぎれなのかな?って。

一瞬で味わって、消えてしまう。

それって、与えられる一方で、私は与えられなかった。

・・・自分自身に与え受け入れること自体ができないのに。あなたから何かを受け取っても儚いだけに思えて。
何か上っ面で。

大事な人だからこそ、向き合おうとしたとき、自分のことをいかに知らずにどうやってあなたを知るすべがあるのだろう・・・。」

彼女は想いを打ち明けながらも、同時に自分の発言の意味と、思考とを働かせ自分の意思を確かめているようだった。魂が、自動的に口を借りて1に訴えている、そう彼は理解した。

1は黙って聞いていた。

「私が私であるために、これからは誰にも嘘をつかないで、自分にも嘘つかなかないで、自分にいいんだよって言える私になりたい。って願いがあることに気づいたの。

そうしないと、自分自身のことがわからないままじゃないかな。

それは、あなたを知ることもできない私だと言える。



結婚とか、彼氏彼女の関係じゃなくてもいいじゃないか?自分と向きあってもっと素直に生きて生く関係性って他にあるんじゃないかな。」


少し沈黙があった。彼女の言葉のあとにのこる、暖かさを彼は感じていた。

「ずっと悩んでいたのか?気づけなかった。言ってくれれば・・・」

「違うよ。あなたのおかげで気づけたことだし。最初はね、1の優しさに甘えていた。でも、だんだん1をみていて、”あなたはもっと自由にふるまえばいいのに”って思うようになったの。」

「そうか・・・。」
1を見守るようにマリは語りつづけた。

「その、自由にふるまえばいいのに。って、まさに私自身への本音でもあることを知ったの。


・・・語りかける言葉が全部自分に跳ね返ってくるようだった。鏡みたいに。全て反対で。自分の外側にある全てに対して思うことが、わたしそのものの外郭を描くもの・・・。」

1は一度伏せていた目を、もう一度マリに合わせた。

マリの目は光を放っていた。

その目は0の眼差しそのものだった。力強い、迷いのない、深淵を覗きみるようなまっすぐな瞳で、魂の光を帯びていた眼差しだった。

マリの瞳に1の顔が映し出された。

「私、私を隠すんじゃなくて、解放していくね。そういうやり方はまだよくわからないけど。でもそうしたほうがいいと思うんだ。

自分の道ってやつ?かっこいいじゃない?

それにさ、そういう道を歩いていったら、逢いたいひとにまた会えるかもしれいじゃない。

いや、再会の為に今やるべきこと、かな。

今まで、自分の印象と、周りからの評判や、期待に応えることばかり気にしていた。

だからこそ、他人との関係性を理想どうりにって、続けることに躍起になってた。

自分に嘘を重ね続けることに疲れた。

疲れるために生きてるじゃないもん。私。

楽しみたいじゃない。私を味わいつくしたい。そう思うの。

怖いのは自分を知らないでいるから。

相手はただ目の前にいてくれるだけ。さらけ出していく強さが、私にはちゃんとあって。怖いと恐ることよりも、勇気をもって出していく嬉しさを今は感じられるようになった。

そうやって自分を知ることは不安もあるけど、確かな実感があるよね。自分を知ることは楽しいこと。」


本当に楽しいことはやがて、喜びにかわる。楽しいことは、向き合い揺れ動く。心が揺れながらも、人の内面を外へと開いていく。

喜怒哀楽・・・円環の形。
円環の外と内。

うちとそとの切り替わり。境界線のうちとそと。


喜怒哀楽・・・楽から喜の間になにがあるのか。私しかしらない。人々それぞれの繋ぎがある。それが個人の持つ最大の個。


一息に語りつくすと、彼女は、おおきな伸びをして、すっきりとした表情に切り替わっていた。

彼女は1に話ながらも、また自分自身と対話しているかのようにも見えた。
眼差しは遠くを見据えながら、何かを確信していた。

そしてどこか、満たされていた。
1にも伝わってきた。

自分が相手にしてあげる、幸せにしよう、守ろう、としていた想いのうしろに、なにが隠されて居たのかを1は自覚した。

「ありがとう。わたしは、小豆沢 玲と一緒にいれてよかった。出会えてよかった。小豆沢マリってのもわるくなかったんだけどねー。」

「そうだよ。小豆沢 玲だ。」
1は大事なことを思い出したようにかえした。

「なによ。へんなの。・・・お互い様か!」
笑いながら言った。

「逢いたい人って?初恋のひと?」

「え。ええっと・・・、恩人っていうのかな。事故の時、女神みたいに鮮やかな人がいたの。その人によばれてる気がして・・・いつか会う約束をしたの。」
「だれ?女のひと?気になるな。」

「うーん。女で男で・・・なんとなく・・・大人で子供で。いろんな境界線を超えた感じの人。・・・多分、未来のわたしでもあるのかも。」

マリは自身の発言に何か自覚した。そうだ。あの存在は、私の本来の姿で、未来で、過去なのだ。

玲はも、同じく何か感じ取った。マリの見ていた人物を。はっきりと。

まりの瞳に映し出された玲の瞳の奥に誰かがいたこと。

お互いを渡りあう者を。世界を超える存在があること。私たちには、可能性があること。

まりは無邪気に笑った。
「へんだよね。私も、私たちも。でもさ、これこそリアリティ感じちゃうんだもの。ほんとおもしろいな。」

玲も微笑んだ。

腹の底から本音を語ったマリは、これまでにない幸福感が漂っていた。

自身の中で満たされてくということは、そうなのかもしれないと玲は隣で実感していた。

自分のうちを出していくことが怖いことだと思っていたが、こんなにも力強いものなのか。
マリに持っていたイメージは、か弱く優柔不断で頼りなかった。そのイメージは俺の作り出した虚像だった。

自分の中に仮面がある。それは、相手に対する警戒心から作り出した仮面。そこから覗いたものは、マリの虚像だったのだ。
マリに限らず。世界をそう見ていた。

彼女は、今まさに、自分に誠実であり、力強い生命力を発していた。本来の姿を現しかけている。

俺はマリをみているつもりで、見ていなかった。

そして、俺自身を見ていなかった。

もしくは、逆だったのか。俺自身が、自分を見ようともせずに相手をみようとしていた。結局はマリと同じなのかもしれない。

そして、0は、俺だ。
1であり、0であるのは俺だ。僕だ。私だ。

こたえは全部自分のうちにあったし、すでに直感で、わかっていた。

知ることが怖いのではなくて、認めたくなかった。知った上でさらけ出した時、世界から摘み出されるのではないかと怖かった。

知らないからこわい。知るからこわい。矛盾が対立する。


なんだって、真実は摩擦する場所にいたりする。


見定めるしかない。根気強く。性急さに耐え抜く。

根源の恐れは、自分を知らないから。多様な自分を知り尽くすのは途方もないことだ。

それでもだ。

何かを守ろうとしていたけど、何もない。守ろうとしたのは虚像で、偽りを守り続けていた。そこに期待を持っていた。そしていつも裏切りが待っていた。

そのことに気づくのがこわかった。無意識ではわかっていた。だから余計に空回りしているようだったのかもしれない。

自身を知らずいる恐怖で開いた隙間に、マリの虚像をおいていた。あるときは弟を。守りの対象が欲しかった。穴を隙間を埋めたかった。安心したかった。

自分を守るために。恐怖から。守るものを守れたなら、強さを確信できると期待していた。得た強さで、また守れると期待して。

本当は、守ることはしなくていい。攻めてくる者がいるという思い込みにしばられていたんだ。

全ては自分を偽ることから生まれた嘘か。


本当の自分と対峙することの恐怖が、その嘘や虚像、思い込みに縛り付けていた。不自由さはそこから始まった。


他人は、誰も攻めてはいなかった。
責められているように感じていたのは、自分の焦り。その嘘の連鎖から直感的な警告を感じていた。「このままでいいのか?」と。

「どうしたい?」と、0に問われていたのは、自分自身への問いだ。どうするかを今考えよ、という要望だったのかもしれない。

どうしたいかと、自由に自身で選択、決断できることと、それを攻撃してくる者などいないのだ。

俺には常に今があり。今はいつだって選択の自由を、決断する主導権は俺にあった。
過去は変わらずそうだった。それは今も。

俺は自身の要望を叶えるために生きてもいいんじゃないか。決断のために。今、最善と思える選択肢をもって判断し、決断する。

それだけじゃないか。


自分に応えるように生きたいと思えた瞬間だった。それは自由だった。

自分の人生として俺が、答える人間になる時じゃないか。

今というこの時に。

マリは玲の名を呼んだ。
「時に。明るく別れてみようか。」
「なんだそれ。」
「私たちは私たちへ一度戻ろう。きっと繋がるべき時には必ず繋がれる。

そう在るように。

未来がそうであるように、今やるべきことをそれぞれが向き合えばいい。」

二人は笑った。

二人は別れた。

それぞれの人生に向き合うために自分の時間を使う約束をして。



それから、この思い出を時々振り返る。

思い出の中に、あの時の空気感がいつだって生き生きと溢れている。とぎれることのない流れが今と重なっていると感じていた。

それは”豊かさ”だった。
そして、確かに満足をともなっていた。


”豊かさって、個人の原点の中にある。何度も螺旋を書くように原点にもどってくる。この世界にはそこに辿りつく象徴や言葉がある。わたしはそこに居る。”

それはだれの声だったろうか。

0なのか、1なのか。

もしくは、あの訪問者か。

形の外側にある世界。自分以外の他の世界とが浮かぶ世界、泉のように溢れる。流れの中で浮かぶ。

溺れる者、泳ぐ者、漂う者

そこに正しさはない。
あるようにあるだけだ。


感情の面の外側へやっと出ることのできた1。

0を探し、1はまた歩いていく。


人々の意識を橋渡しをしながら、1の足跡をたどりながら。0もまた同じように。
人々の感情という泉を覗きながら橋を渡り歩いていく。

境界線という橋。

広がる世界。宿主を失った感情たち。歴史の下で純粋な音へと進化してゆく。この地球の上で響きあうために。

一人一人の孤独の中でその音を聴いたなら。

もしあなたが、あなたの中の0に、1に気づいたなら。
話をするといい。

コーヒーでも飲みながら。


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