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【短編】ステージⅡ


それは突然だった。どうしてこうなったのだろう。
私は何の用事もなく家の近所を徘徊していただけだったのだ。

そんな顔をしないでくれ。私も恐らく、お前と全くもって同じ気持ちだ。
だからこそ私とお前はこうやって向き合っている。

いつになったらここを抜けられるのだろうか。

私は右側に行くと見せかけて、左側から抜けようとした。

しかし、これは何度も試した通り、結果は変わらず、私はまた同じ体制でお前と向き合うことになる。

今度はおまえが右へ行こうとするそぶりを見せた。私はその反対へ行こうとする。

結果は変わらない。おまえはまた同じ体制で私と向き合うことになる。

もちろん、後退し、来た道を引き返してみようと試みた。

我々二人はどうやら異次元的な空間にいるようだ。来た道を戻ることは出来なかった。

お互いに逆の方向に行くことでお互い避けようと何十、何百、何千、何万と試みてきた。

そのたびに思考がかぶりまた向き合うことになってしまう。我々の間に障害物はないが、触れあうことは出来ないようだ。手を伸ばしても永久に届かなかった。無限小の様に、限りなく0に近い数字が邪魔をする

八方ふさがりだ。回避する方法はない。我々はいつしかすべてをあきらめてしまった。

不思議なことにこの空間内では空腹感その他苦痛、ましてや疲労感や眠気すら感じなかった。しかし、精神的な疲労は時間が経過するにつれてだんだんと重くのしかかってくる。すでに何年が過ぎたのだろうか。時間感覚をとっくに放棄した私には、空白が経過したことだけが感じ取れた。

しかし、その日は突然訪れるのである。

私は急にものすごい眠気に襲われ気が付けば知らない道路に倒れていた。

相手はすでに姿を消しており、周りからは生活音がきこえた。私は最初、状況が理解できなかったが、周りの風景を知覚してくるにつれて徐々に自分がもといた次元に戻ってこられたことを認識し、深い、これまた深い安堵と空腹感に包まれた。

感覚が戻っている。よかった。ようやく戻ってこられた。

しかし、ここは知らない場所である。誰かにここはどこなのか聞いて、最寄りの駅を教えてもらおう。そしたら家に帰ることができる。

「すみません」「すみません」

「ここから一番近い駅はどこですか?」「ここから一番近い駅はどこですか?」

「あの、マネしないでもらえます」「あの、マネしないでもらえます」

私ははっとして今来た道を戻ろうとしたが、それは出来なかった。

さっきまで感じていた空腹感はすっかり取り払われ、背中を冷たい汗がつるりと滑り落ちた。


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