やめておけば、よかった07

07 因果応報

「ここの保護施設の篠原先生が、色々相談乗ってくれるから」

あの日から数日後ーー…。私達は出来るだけ時間を作って計画を進めていた。本当は今すぐにでも出ていった方がいいのかもしれないけど、レイくんの覚悟と毒親の執念に備えて、万全な準備を整えてから決行することを決めた。

その間にも彼の身体には生新しい傷が増えていて、私は焦燥を隠すのがやっとだったけど。

「ありがとう、何から何まで…」

「いいのよ、子供が気を使うんじゃない」

見た目は大きく見えるけど、精神年齢は小学生並に幼い彼。最初の頃に戸惑っていたのが今となっては馬鹿馬鹿しい。

けど、こうしてレイくんと過ごす時間は私も嫌いじゃない。純粋な彼といる事で私まで良い人になった気がする。禊のようなモノなのか。

「ーーゲっ、またコイツか」

ポケットに入れていたスマホが震える。こんな時間に連絡する非常識はアイツしかいない。

会えないと連絡したあの日から、会いたいやら愛してるやら…どの口がそんな言葉を言ってるんだと疑いたくなることばかり吐かれていた。

「いいの?俺は気にしないから、話していいよ?」

「いいの。しつこいだけだから」

それにレイくんとの時間は僅かしかない。こんなのに構っている暇がない。

「……ありがとう、佐藤さん」

甘い声で囁くように呟くのは反則。不意打ちのように食らった言葉に、柄にもなく照れてしまった。

「今日も何も食べてないんでしょ?今のうちに食べなさいね」

私の指示に素直に頷いて、ガツガツと食らいついて。こうして見てる分には年相応の可愛い青年なんだけど。横目でチラッと見ると、珍しく目が合って…微妙な空気が漂う。

思わず生唾を飲み込んだ。

何を緊張してるんだ、私は。

「俺、こんなに良くしてもらってるのに何も出来なくて…」

「あー…いいよ、そんなの。私にとっちゃ禊みたいなもんだから」

「みそぎ?」

「気にしなくていいってこと」

あれから下手に近づかないようにしてる。迂闊に距離を縮めてしまうと、私の理性が効かなくなりそうで。その位、レイくんは綺麗だった。儚さと危うさが更に魅力になって、毒親が顔を殴らないのが納得だった。

こんな薔薇みたいな子、近づいたら擦り傷じゃ済まないだろう。社会的にも、女としても…。

気持ちを切り替えようとタバコを咥えた時、ちょっと油断した。彼の手が、私の頬を撫でて添えられた。

「ーーッ、レイくん?」

手を振り払い慌てて見た瞬間…彼の顔がすぐ傍にあって…。この距離は男女の距離。甘くて危険な匂いがする。

「何も出来ないから、せめて…お客さんにしてあげてることを佐藤さんにしてあげる」

そう言って彼は、私の手を取り合って首に手わわ添えた。指の腹が彼の首筋を撫でる。温かい…。

長い睫毛…漆黒の瞳、形のいい色素の薄い唇。彼は覗き込むように上目で窺ってきた。

「力、込めていいよ?」

ーーっ、言葉を理解するのに戸惑った。どこに力を込める?その先を想像して、胃の中身が逆流した。口の中が酸っぱい。私は彼の手を振り解きて口を抑えた。

「あなたは…客と何をしてるの?」

てっきり売春婦の真似事かと思っていた。けど違った。この子の毒親は、春だけじゃなくて苦痛まで売っていた。

普通の物差しで考えたらダメだ。私達は人の皮を被った悪魔と戦っているんだ。

「……ゴメン、私、帰る」

後ろから呼び止める声と謝る声が聞こえたけど、もう無理…。あの子を早く救わないと。足早に帰路を急いだ。明日には保護施設の人と段取りを進めないと。

私がいけなかった…。あまりにあの子が平然としていたから、ちょっと食べ物を与えて、ちょっと話し相手になって彼が笑っていてくれたら…少しは現実逃避になるかなって。最終的に助けてあげれば、少しくらいこの時間を楽しんでもいいんじゃないかって…!

「私、馬鹿だ…馬鹿だ!」

溢れる涙、化粧もマスカラもボロボロに落ちた。もう鼻水とか、色んな液でグチャグチャだよ。まぁ、もう誰にも見られないからいいんだけど。

アパートの階段を登った時、部屋の前にスーツ姿の人影が。それは連絡拒否していた不倫男、藤原だった。

「ひな、お前…ヒデェ顔してるな」

出会い頭になんて言うことを言うんだ、コイツ。それより何で家にいるのよ。

「お前が連絡してくれないからだろ。ちゃんと返事しろよ」

「もう会わないって言ったでしょ?家にも来ないで」

彼を押しのけて部屋に入ろうとした。でも腕を掴まれて中々帰らせて貰えなかった。

「無理やり入ったら、不法侵入で訴える」

「彼氏に対してつれないなぁ…」

「何が彼氏よ。浮気した挙句、結婚したのはアンタでしょ?自分から捨てた癖に勝手を言わないで!」

そう言って、強引に引き離して扉を閉めた。最悪ーー…もう何でこんな思いをしないといけないの?

けど私は…気付いていなかった。この藤原という男が、どれだけ執念深い男かを…。

次の日…会社に行ってすぐ私は、上司に呼び出しをされた。会社前に撒かれていたビラ。そこには私とレイくんが談笑している様子や、昨日の首に手をかけたシーンが撮られていた。

「佐藤くん、君は……自分が何をしたか分かっていらるのかい?」

あぁ、やめておけば、よかった…。こんな状況になっても私は、自分の保身のことばかり。他人事みたいに後悔していた。

……To be continued


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