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「楽しんで」

TBSラジオの番組「アシタノカレッジ」の12/17金曜日放送回で、ゲストのジェーン・スーさんと武田砂鉄さんが、「頑張って」という言葉についてお話しされていました。


最近は、安易に人に「頑張れ」と声をかけるのが良しとされなくなってきました。以前より「頑張れ」というワードを他人に対して使うことに、慎重になりましたよね。
それは、かつての「24時間戦えますか」みたいな前時代の「頑張り(の圧力)」が良いものではなかったと、社会的に共有されてきているからでしょう。頑張って体を壊したり、誰かに搾取されたり、そんな事例を沢山ニュースで見てきましたし。
また、私が子供の頃よりも、頑張ってもどうしようもないことがあるという意識が、社会に広く薄っすらと横たわっているような気がします。

そんな中で、ラジオでは「頑張りも大事にしたって良いじゃない」という事をおっしゃっていました。そうなんですよね、個人がそれぞれ自分の意思で頑張ること、それを応援することまで自粛しなくていいですし。

そんな事を考えながら、同時に自分の周りのことに照らし合わせて考えてみると、ミュージシャン同士では「頑張って」ではなく、「楽しんで」と声をかけあうことが多い。
これ、他の日常会話ではあまり使っていないのですが、普段からどんどん使っていっていいポジティブなかけ言葉かもしれないな、と思いました。英語だとEnjoy!って当たり前に使いますけど。

例えば、私がもうすぐレコーディングだ、大きなライブだ、などと言ったら、仲間のミュージシャンからは「頑張って!」より、「楽しんで!」と声をかけてくれます。

もちろん、レコーディングや大きなライブに相応の頑張りが必要なのは前提としてわかっているんですけど、本人がすでに頑張って準備していることなんて同業者にはわかりきっているので、さらに他人が「頑張って」と声を掛けるのは、筋違いに感じる。
おまけに、それぞれのミュージシャンによって頑張り方、練習の仕方、取り組み方も違う。練習しまくる頑張りの人もいるし、あまり練習せず極めてニュートラルに臨むのが頑張りの人もいる。頑張りって人それぞれ違います。

それに加え、実は演奏の中で「頑張る」という状態は、ジャズ演奏においてはあまり良いように作用しないということを、同業者は体験として皆知っているから、あまり言わないのだと思います。

「頑張る」=自分の演奏を頑張る=自分だけの音に集中してしまい、周囲の音が聞こえにくくなる=良いアンサンブルができない

「頑張る」=筋肉が緊張する=力んで、良い音やリラックスしたリズムが出せない

以上のように、「頑張る」=心身の開放とは真逆の状態を呼び込んでしまう可能性があって、本番はなるべくニュートラルで臨みたいと考えている人が多いと思います。

なので、どう声をかけるかというと「楽しんで」

これ、普通に使ってますけど、素敵な言葉ですよね。
〈あなた自身が楽しむことができたら、それがベストなのだ〉という、かけ言葉。
相手の可能性に対しての信頼ですよね。
とても相手のことを尊重した、良いかけ言葉だと思います。
英語だと Enjoy! って普通に言いますけど、日本語の会話で「楽しんで!」って、他の局面であまり聞いてこなかった気がします。

地味な練習の積み重ねには、もちろん一定の頑張りは必要です。でも、本番には頑張りより自分がリラックスしていることの方が大事。
だから、頑張れってあまり言わず、「楽しんで」になるんだと思いますが、「(それまでの準備はある程度頑張って、本番は)楽しんで!」という感じですね。

私も最近フルートの練習をゼロから始めたのですが、人前で100%力が出ることはまずなくて、家で練習している時の30%ぐらいしか出ません。ピアノなら80%ぐらいは出ると思いますが、100%以上出た時があるなら、それはまぐれか、酔拳か、共演者の力ですね。初心者の管楽器は、頑張ると如実に音が出なくなるので、毎日練習していて本当に面白いです。

ある演奏先のマスターに、しみじみと「人生を一番楽しんでいるのは、ジャズ・ミュージシャンだと思う」と言われた時は、なんとなく複雑な気持ちにもなりましたが(笑 良い意味でおっしゃってますよ)、「楽しんで」のかけ言葉、ミュージシャンのコミュニティ以外でも使っていけたらいいな、と思いました。


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