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PIANO TRIO FROM RUSSIA

なんとなく思い出して、こちらを聴いていました。

NIKOLAY SIZOV TRIO / PIANO TRIO FROM RUSSIA - Vol.1


ウクライナ、ロシアのニュースを見るたびに心を痛める毎日ですが、ロシアのジャズ・ミュージシャンはどうしているのだろうと思って、このロシアのピアニストのアルバムを思い出したんです。

ウクライナやウクライナの音楽家にはこれから国際的な支援があるでしょうが、おそらくロシアの、しかも商業規模の小さいジャズ・ミュージシャンは、今後の活動はかなり困難なものとなるでしょう。ヨーロッパ中に難民がいるなかで、ロシアから演奏に出かけて行けるとはとても思えない。
国籍がどこであれ、自由と解放を目指すジャズをやっている以上、戦争は勿論のこと全体主義的な思考とは相容れるわけもなく、国家の選択のためにジャズを愛しジャズに取り組むミュージシャンの活動が難しくなるのなら、こんなに不幸なことはありません。
Appleが撤退ということでロシアのアーティストのApple MusicやSpotifyなどは今も聴けるのだろうかと気になり、聴いたことのあるミュージシャンを色々探していました。これを聴いたところで、ロシアにいる本人にお金が届くのかはわかりませんし、ロシア国内でこれらのサービスにアクセスできるのかもわかりませんが。

上記のアルバムは、2010年代前半に日本のジャズ・リスナーのシーンで話題になったものです。結構売れたと思います。
なぜ話題になり売れたかというと、「新品にして廃盤の風格」という天才的なキャッチコピーで紹介されたから。
私はこれを見た時、悔しいけれど、キャッチとしては近年見たことのない切れ味のパンチラインだと思いました。
長年のヨーロッパもののリスナーであり、ヘヴィー消費者としては、思わず笑ってしまうし、こう名付けるのは理解できるし、商売としてはとても引きの強い良いキャッチだと思う。

だけど、アーティストとしてこんなキャッチを付けられたら、結構辛いなあと。せっかく作ったばかりなのに廃盤っぽいとか言われたら、酷いよ!売り手がそんなこと最初から言わないでよ!と、秒で突っ込みます。多分がっかりしますし、アートワークから何から関わってくれた方に申し訳ないなあと思うでしょう。
実際に売れていたし商売としては大正解でしたが、ミュージシャンへの愛とリスペクトがあるかどうかといえば、私はあるとは言えないと思います。
ヘヴィーリスナーとしての私にはぎりぎりセーフライン、アーティストとしての私にはアウトと感じ、なんというか複雑すぎる感情になったと同時に、リスナーの面白がり文化は、一リスナーとして考え直さないといけないな、と思いました。

このフレーズは、ロシアだから付けられたのだと思います。
ヨーロッパの外縁部でも、北欧ジャズは早めにスポットが当たったし、東欧ジャズも時間をかけてじわじわとファンが多い。
一方ロシアの方はスターリン時代からしばらくの間ジャズは敵性音楽だったためか外のミュージシャンとの交流が他のヨーロッパ諸国に比べて非常に少なく、情報が非常に少ない時期が長かった。今でこそ、アメリカで活躍するロシア系のアーティスト、ミシャ・ピアチゴルスキ、ボリス・コズロフみたいな人もいますが、こうなるともうロシアのドメスティックなアーティストとは言いにくいです。いまだに本国のドメスティックなジャズはそれほど入ってこないから、廃盤の風格なんて言われるのだと思います。



NIKOLAY SIZOV ニコライ・シゾフに戻りますが、このアルバムの選曲はわりと定番のスタンダードが多く、1曲目はクリフォード・ブラウンやケニー・バレルが演奏していた「Delilah」、「If I Had You」や「Out Of Nowhere」などのかなり古いスタンダード曲でトラディショナルなアプローチをしたかと思えば、わりとストレートに「Maiden Voyage」をやっていたり、甘々のロマンチックに「Sometime Ago」、「Falling in love with love」を弾いています。

しかし、そのアーティストのヴィジョンを一番具現化しているのは、オリジナル曲でしょう。「Steps in the sand」、「Fact」、「Closed Door」は、非常に硬質のピアノトリオとなっており、スタンダードと温度感がかなり違いました。もっとこちら系の演奏を聴きたいです。



この、収録曲のテイストがバラバラなのも、もしかして廃盤っぽいと思われる要素なのかもしれませんが、批評したり感想を述べるのは良いのですが、茶化すのは良くないと思います。
アルバム一枚を作るって、大変なことですよ。
これまで、批評家に「ならお前が弾いてみろ」とアーティストが言ったという話も沢山聞いてきましたが、それに関しては筋違いだと思っています。プロとしての仕事内容が違うし。
人生を賭けて表現物を作ろうと、熟慮を重ね実行に移した人に対して、同じぐらいの気概とプロフェッショナルな技術で向き合って書いてくれるのなら、皆文句ないと思います。だからこそ、茶化したらだめだと。
廃盤云々は、アーティストの行動と音楽への気持ち全体が茶化されたように感じて、アウトだと感じたのでしょうね。

今、ロシアのジャズ・ミュージシャンが何をどういう風に感じているのか、ちゃんと情報を得ることができて、ちゃんと表現ができているのか全くわからないのですが、世界中のジャズ演奏に取り組む人は、それぞれが自立した個であり、お互いを尊敬し合い生きて音楽する美しさを知っているので、プロ・アマ・国籍に関わらず、うっすらとした連帯の意識があると思います。
国家の侵攻には一ミリも同意しませんが、ジャズを愛して人生を賭して取り組んでいるミュージシャンがいることは忘れたくない。

ちなみに、「PIANO TRIO FROM RUSSIA - Vol.2」もリリースされており、こちらは別のピアニストのトリオです。抜けの良い明るいスタンダードジャズです。ピアノのタッチがパキッと明快で良いですね。

NATALYA SMIRNOVA / PIANO TRIO FROM RUSSIA - Vol.2


特に「Bessame Mucho」は素晴らしい演奏でした。それに加え、「Speak Softly Love」は、この曲をどう弾くか解答を得られた、良いアレンジでした。
一定の年齢より上のジャズ・ミュージシャンあるあるなのですが、昔は酒場でリクエストが多かったんですよ。ロシアでも酒場でリクエストされるのかしら。


とにかく戦闘状態が早く終わることを願っています。


4/12 追記:
なぜロシアのミュージシャンが頻繁に「ベサメ・ムーチョ」を演奏しているのだろうと気になって調べたところ、1979年『モスクワは涙を信じない』という映画で使われていたことがわかりました。


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