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苦手な人がいてもいい、その人は「苦しみからの解放」の使者なのだから

私には、苦手なタイプがいます。

自分の機嫌次第で感情的に怒るタイプ」
横柄で威嚇するタイプ」
ブスッとして愚痴や文句を言うタイプ」
などネガティブな感情を全面に出すタイプです。

このタイプを前にすると、感情が大きくうねり心臓がバクバクしていました。

彼ら(モンスター)がネガティブ感情を放出し始めると同時に、私の心も暴れ出します。

【心の暴走】
どうして、そんな態度するの?
どうして、そんな言い方するの?
もっと別な言い方とか対応しても良くない?
どうして、険悪な雰囲気にするような言動をするの?
この淀んだ空気、どうしてくれるわけ?

心が暴走すると、とても疲れます…ぐったり…

心の暴走をしたくないから、
「モンスター達よ、ネガティブ感情を放出しないでくれ・・・」と切に願っていました。

学びの中で出会った観点

苦手なタイプに苦しむ日々が辛くて、
苦しみを無くすために心理学やコーチングを学びました。

その中である観点に出会いました。

「現実は内面の投影」
「出来事は人生の確かめ算」
「苦しみは90%以上、過去の記憶から来ている」

これら観点に共通するのは、
モンスターを作り出しているのは自分自身であること。
モンスターに怯えて心が暴走するのは、自作自演であること。

つまり、私がネガティブなモンスターに過剰反応しているだけだと氣づかされました。

当たり前と言えば当たり前ですが
自分の機嫌次第で感情的に怒るタイプ」
横柄で威嚇するタイプ」
ブスッとして愚痴や文句を言うタイプ」
などネガティブな感情を全面に出すタイプ
が居ても
何も感じない、何とも思わない人もいると知って、驚きました。

モンスター達に反応してしまう原因は、私の中(過去)にあったのです。

モンスターに怯え始めた過去

新しい観点を知り、モンスターに怯え始めた一番古い記憶を辿っていきました。
その記憶を別の視点から客観的に捉え直し、記憶を書き換えてみました。

「自分の機嫌次第で感情的に怒るタイプ」

このタイプの一番古い記憶は母親でした。
彼女は、自分がイライラしたり疲れていたりすると
些細なことでキレて感情的に怒るタイプでした。
それが嫌で嫌でたまらなく、怒られる意味がわかりませんでした。

その記憶がモンスターへ過剰反応を引き起こし苦しみを作り出していたようです。

その記憶を捉え直し、書き換えました。

母親は、母親の人生を生きていた。
自分で自分を追い込み、どうにも出来なくて家族に対してキレていた。
感情的に怒ることは、母親自身が選んでいただけ。
幼い私には、どうしようもなかった。

もう嫌な記憶は手放そう。

「横柄で威嚇するタイプ」

このタイプの一番古い記憶は祖父でした。
祖父は、家族に対して横柄で、言うことを聞かないと物を投げたり大声で怒鳴ったりして威嚇するタイプでした。
その態度が理不尽で納得できないので、かなりムカついていました。

その記憶がモンスターへ過剰反応を引き起こし苦しみを作り出していたようです。

記憶を捉え直し、書き換えました。

祖父は、祖父なりに苦労した人生だった。
大家族の長として、親戚とのトラブルの矢面に立ち続けた。
苦労した結果、横柄で威嚇するようになっただけ。
私が生まれる前に起きた出来事だから、どうしようもなかった。

祖父の嫌な記憶は手放そう。


「ブスッとして愚痴や文句を言うタイプ」

このタイプの一番古い記憶は曽祖母でした。
曽祖母は、ブスッとして家族や周りのことに愚痴や文句を言うタイプでした。
家族から嫌煙されていて、私も苦手でした。

その記憶がモンスターへ過剰反応を引き起こし苦しみを作り出していたようです。

記憶を捉え直し、書き換えました。

曽祖母が育った家庭は、貧乏で苦労した人生だった。
子供を9人も産み育て、戦争も乗り越えて必死で生きてきた。
けれど理解者は居なかった、守ってくれる人も居なかったのかもしれない。
私が生まれる前の事で、本当のことは分からない。

曽祖母の嫌な記憶は手放そう。

嫌な相手は「苦しみからの解放」の使者


ザ・ハイロウズ「日曜日よりの使者」という曲に、こんな歌詞があります。

流れ星が たどり着いたのは
悲しみが沈む 西の空
そして東から昇ってくるものを
迎えに行くんだろう 日曜日よりの使者

THE HIGH-LOWS「日曜日よりの使者」

それぞれ言い換えてみると、
流れ星=自分
悲しみが沈む西の空=苦手な人に苦しむこと
東から昇ってくるもの=嫌な記憶の書き換え
日曜日よりの使者=苦手な人

苦手な人は、
私が過去から抱え続けた苦しみを解放をするための使者
だったのです。

だからと言って、苦手な人は苦手です。
けれど、嫌な記憶を書き換え、手放した今、
苦手な人が現れても、私の心は暴走しません。

「ネガティブ感情を全面に出すのは、相手の選択」
「私には分からない何か事情があるかもしれない」
と冷静に対応できるようになってきました。

これからも苦手、怖れや苦しみの感情が出て、心が暴走した時、
この出来事はどんな解放の使者なのだろう?
と自分に向き合ってみようと思います。


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