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どうでもいいような悩み

 ポーランドのヴロツワフも少しづつ気温が上がり、青空が見える日も増えて、陽も日に日に長くなってきた。ヨーロッパの冬を経験するのは初めてだったけど、想像以上に厳しかった。12月頃から2月後半までは日中も太陽は低く、昼の12時なのに早朝のような空。16時くらいには真っ暗だった。外に出ると、3日に1回くらい風の強い日があり、その風も凍るように冷たい。耳を出していては耳がちぎれるような痛みに襲われるため、外出時の帽子と手袋は必須だった。気分も、太陽光を浴びることで体内で自動的に生成されるはずのビタミンDが不足する影響で、朝は倦怠感で寝起きが悪く、とにかくだるい。憂鬱な気分で何日も過ごしたこともあった。そういう時は無理せずに本を読んだり、「進撃の巨人」「岡田斗司夫ゼミ」「映像の世紀」「100分で名著」で乗り切った。日本ではなかなか見るタイミングを作れなかったものを思う存分、自分のペースで一通り見れたことは、勉強にもなったしとてもよかったこと。

 Noteを書き始めて2週間と少しが経ったけれど、私は大学に残って何かの研究を続けたいのか(なるとすればそれは何についての研究なのか)教師になるのか(なるのであれば、いい教師になりたい)海外等で力を試してみたいのか(自分の作品をなるべく多く、世に残すことを目的にして)未だに決められずにいる。ただ、考えたり調べたりすることは、私にとっても面白いことだということに気づけたのは収穫。だから、自分のためにも続けてみる。

 私じゃない人間にできることに時間を多く費やしても意味がない、けれども、どこにいたとしても私にしかできないことはあるはずで、それさえ見つけながら生きられたら幸せなんだろうとも思う。例え教師の道を選んだとしてもいろんなことを学べるだろうし、3年くらい続けてJAICAとか海外青年協力隊に申し込む資格を得て、海外で何らかの活動することもできる。一方、35歳くらいまでなら、体力的にも、周りに迷惑をかけて生活することもできるだろうって思ってる。甘いって怒られるかもしれないけど、本気で説得すれば私の家族はきっと、私を信じて許してくれる。だからこそしなくてはならない選択の重みが、私にのしかかる。ほとんどの人に変わってるって思われるかもしれないけど、私には個人的な夢がある。老後は静かな場所で(できればドイツのドレスデンで)絵を描き、犬や猫を飼って、1人でひっそり隠居生活がしたい。そのために十分なお金を貯蓄できる仕事を持つことは最低条件である。

 いい隠居生活を送るためにも、この先も保守的にならずに面白そうな方へ、ワクワクできる方へ、少しでも日本や世界の明るい未来のために貢献できる方へ進んで行けたらいいんだけれども。

 そういえば今日は3月9日。普段はクラシックばかり聴いている父は、レミオロメンのあの歌だけは格別に好きだけど、ちょっと気になるのは、父のまぶたの裏にいる「あなた」は一体誰なのだろう、ということ。父の母親だろうか。家族のみんなか、少し限定して子どもか。孫や義理の息子娘は含まれるのだろうか。もしかしたら父は、自分に投影して聴いていないのかもしれない。もっと漠然とした「いいな」で聴いているのかも。義母が俳句の師範だという友達が教えてくれたのは、いい俳句はフラクタルの構造を持っていて、詠む人によってその意味や情景を様々に変化させながら人々の中に拡散していくものなのだそうだ。そういったものを社会に提供し、人の心を癒すことのできる人間は、半端な政治家や脳科学者、批評家などよりも一段尊い仕事をしているように思う。


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