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高性能NPUが切り開く世界の明暗~Snapdragon X 搭載Copilot+ PCの発売開始~

6月18日、Snapdragon X搭載Copilot+ PCの発売が始まった。
AIのために設計されたARMであるSnapdragon Xが発表されてから、かなりの時間を待たされた印象である。Windows PCでのARM搭載は、Surface Pro XなどのSQ、ThinkPad X13sなどのSnapdragon 8cx Gen 3と今までも何度か実現はしている。SQはSnapdragonベースのプロセッサということなので、WindowsにおけるArm使用はSnapdragon一色といっても過言ではない。

こう見ると、今回のSnapdragon Xも「強化版のSnapdragon」と思われるかもしれないが、中身は「AIのために新設計されたSoC」であり、今までの流れとは一線を画すものになっている。SQやSnapdragon 8cx Gen 3はIntel、AMDのCPUよりも省電力でモバイルPC向けという立ち位置であるため、お世辞にも性能が高いとはいえないものばかりであった。
ところが、今回のSnapdragon XはPCローカルでAIを使えるようにするためにNPUを搭載し、CPU・GPUもコア数の増加、動作クロックの上昇など明らかに性能が底上げされている。

Snapdragon Xには現在、CPUが12コアの上位版「Snapdragon X Elite」には「X1E-84-100」「X1E-80-100」「X1E-78-100」、CPUが10コアの下位版「Snapdragon X Plus」には「X1P-64-100」という4種類のSKUが用意されている。下位版の「X1P-64-100」であっても、Cinebench R2024のスコアがシングル104、マルチ536であるため、シングルであればCore i7-12650HやRyzen 7-8700Gと、マルチであればCore i9-9980HKと同等の性能を有するので、その性能の高さが窺える。処理能力の高さに加え、Windowsの新しいエミュレーター「Prism」のできがよく、意外と多くのアプリがそのまま動くのである。フリーソフトのように対応が遅れがちなアプリであってもx64版で動かなくてもx32版であれば動くものも多いので、インストールに躓いたときはx32版を試すことをお勧めする。Snapdragon Xに合わせてDavinci ResolveのようにARM版をリリースしたり、対応したりする有名メーカーが出てきていることは、Snapdragon Xに対する期待値の高さの現れだろう。

PC業界全体が注目しているSnapdragon Xであるが、個人的に気になる点がある。それはNPUである。すでに多くのSoCでNPUは搭載されているが、Ryzen8040は16TOPS、Core Ultraは11TOPSというNPU性能に対して、Snapdragon Xは45TOPSと段違いに高いNPU性能をもっている。AMDもIntelも45TOPS以上のNPU性能を持たせた製品を投入するのが今年後半になるそうなので、NPU性能という点ではSnapdragon Xは他社製品に比べて頭一つ抜きに出ている。このNPU性能があれば、クラウドで行なわれることが多かったAI処理が、ローカルでできるようになり、プライバシーとセキュリティ、応答速度の速さが確保され、インターネット接続の有無などに関係なく、いつでもどこでもAIを利用できる環境が手に入る。ここまで環境が整うとAIの敷居も下がるので、誰でもAIを利用する時代が到来したといえるかもしれないが、現実はそうとはいいきれない。

なぜなら、NPUを活かせるアプリやサービスが少ないからである。現時点でのCopilot+ PCは、Windows Home Editionをベースとし、そこに「Cocreator」「Windows Studio Effect」「Live Captions」「Recall」が追加で提供されている。具体的にはAI機能を提供するこれらのアプリを添付したWindows HomeがOEMパートナー各社に提供され、それをプリインストールして出荷されることになる。これらのAI機能はCopilot+ PCであることがOSによって検知された環境でのみ有効となり、過去の製品がCopilot+ PCと同等にこれらの機能が使えるようになることはないそうである。

つまり、今回のCopilot+ PCのNPUを生かせるアプリやサービスが続々と登場という状況が起こらない限りは宝の持ち腐れになる可能性だってある。そもそも、今回の追加機能のうち完全にローカルで行なわれるAI処理はそれほどでもなく、40TOPSを持て余しているかもしれない。ハードウェアの進歩にアプリやサービスが追い着いていないのである。この状況は、CPUのマルチコア化が普及し出した頃、ほとんどのアプリがシングルスレッドアプリのままでマルチコア化が活かせなかった過去を思い出させる。

ハードウェアの進歩は目覚ましいものがある。しかし、アプリやサービスの進歩は、ハードウェアが普及しユーザーが増えたタイミングで対応する傾向があるため、どうしても後発になる。AppleのM1が登場したときは、アプリの対応をM1発表のかなり前から各メーカーに依頼するという根回しをしていたらしい。そのお陰もあり、M1発表と同時に多くのアプリが対応し、一気に普及することになったことは記憶に新しい。これはAppleというブランド力があってこそ実現したことだと思える。

M1はMacユーザー全員を対象にできたが、Snapdragon XはWindowsユーザーの半数も対象にできていない。残念ながらAppleほどの影響力がなかったと言わざるを得ない。このままではローカルAI処理を目指して登場したSnapdragon Xの価値がなくなってしまうかもしれない。
しかし、WindowsにはAMD、Intelといった大手ベンダーが控えている。後発ではあるが両社とも高性能NPUを搭載したSoCを準備している。AMDやIntelの新型SoC搭載PCが発売されれば、互換性の問題も解消され、高性能NPU搭載PCが一気に普及する可能性もある。そうなれば、二の足を踏んでいるメーカーも無視はできないはずである。

ローカルAI処理の環境が普及すれば、対応するアプリやサービスは必ず増える。ローカルAI処理の起爆剤としては弱かったかもしれないが、Snapdragon Xは間違いなくローカルAI処理の扉を開けたに違いない。

2023年が生成AI元年と言われることがあるが、2024年はローカルAI処理元年と呼ばれる日はくるのだろうか。残り半年、2024年の動向を期待して見守っていこうと思う。

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